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Tel maitre, tel valet.


〇side:爺や



 そろそろ全体的にスィーツに切り替える頃合いでしょう。

 私が新たに作りますのは、フルーツを扱ったものです。

 その中で簡単に作れるのがこちらでしょう。


 用意いたしましたのは、先にリキュールに漬けておいたカットフルーツ。

 果物は旬のものがベストですが、そうしなければならない、というのではありません。取り寄せ等で良いものが揃うのであれば、色々変えてみるべきでしょう。

 甘味の強いものであれば、リキュールのみで。

 酸味の強いものであれば、蜂蜜を加えます。

 蜂蜜を加えるのは、酸味の強いフルーツに対し、果実本来の甘みを引き出すためですな。

 ……ふむ。良い味になっております。


 む? 部下A、何を見ているのですかな?

 味見は一人で良いのです。そんな目で見てもあげませんぞ?

 お嬢様であれば、また話は別でございますが。

 ゴホン。

 器に入れれば終わりですが、これだけでは華やぎに欠けます。

 チーズクリームを周囲に飾り付けておきましょう。重くならないフレッシュチーズを使うのがコツでございます。

 ふわっとさせる感じで飾りましょうかな。……ふむ。少し華やぎましたな。


「こちらはもうお持ちしても大丈夫ですか?」

「……そうですな」


 会場の様子を思い出しますと、この量では少し足りないような気がいたします。

 ……追加をつくっておきましょうかな。

 ああ、こちらは出しておいてもらいましょう……おや、すでに持って行かれている……




 さて。追加分です。

 用意したのは、オレンジ、リンゴ、イチジク、ラズベリー、ストロベリー。調合する相手として蜂蜜やレモン汁に、砂糖、白ワイン。

 オレンジの一個は果汁を絞り、他は房から果肉をとります。

 やり方としては、外皮を剥いて袋の間に刃を入れ、身を取り出す感じで。

 リンゴとイチジクは一口大にカット。

 ストロベリーは食べやすい大きさに……乱切りですな。


 カットしたフルーツをガラスボウルに入れ、蜂蜜や搾ったオレンジ果汁、レモン汁等を加えて混ぜ合わせて約五分。

 馴染んだ頃に白ワインを加えます。

 出来上がったものは温度が三度から六度内のひんやりとした場所へ。漬け込む時間は三十分以上ですな。

 味をしっかりと馴染ませることが肝要でございます。

 次はクリームですな。

 フレッシュチーズに砂糖を加え、泡だて器でクリーム状に。こちらも先と同じ冷たい場所で冷やします。

 漬け込みが終わったものを器に盛り付け、ふわっとクリームチーズで飾れば完成です。第二弾が出来るのはもう少々後でしょうが――


「支配人。タルトはもう切れてしまったようです」

「セミフレッドを出しなさい。いささか早いですが、そろそろ切り替え時でしょう」

「かしこまりました」


 貴族のパーティーでは料理は飾りのような時も多いですが、なかなか盛況ですな。


「公爵家のパーティーとはやはり何もかも違いますね、支配人」


 おや、部下A。手がお留守ですよ。

 部下Bを見習いなさい。先程から休む間もなく動き続けて……おや、お帰りですな。足が速いですな? もう会場に置いてきたのですかな?


レティシア様(お嬢様)とご学友の方に丁度お会いしましたので、お渡ししておきました」


 それは重畳。


「お会いしなくても構わないのですか?」

「なぜだかこの近くの噴水に来てますよ?」


 なんですと!?

 ――む。いけませんな。邪念が入りました。

 厨房(聖域)で調理以外のことに現をぬかしてはなりません。なぜならここで作った料理の一部が、お嬢様のお口に入るかもしれないのですから。


「先程、沢山、お会いしてきましたのでね」


 余裕たっぷりに言っておいた私に、部下AとBが表情を変化させます。

 ……なんですかな、その、生暖かい微笑みは。

 これは処刑案件ですな。


「またまた~。それとこれとは別腹でしょうに~」

「ここはやっておきますから、また抜け出しても構わないんですよっ? よっ?」


 どうやら慈悲はいらないようです。


「部下Aは玉ねぎのスライス百個分。部下Bは衣服を変えて同じく玉ねぎスライス百個分です」

「呼び名が酷い!」

「そのたまねぎの消費先が分からない!」


 師匠をからかおうとするのが悪いのです。

 たっぷりとお泣きなさい。


 この部下達は私が公爵家から引っ張ってきた料理人です。

 幼い頃からみっちり鍛えてありますから、腕前の方はかなりのもの。私の店の手伝いをこなしてしまえるのも、この者達だからでしょう。

 部下Aの名前は「ア」から始まりますが、師匠をからかおうとするのですから部下Aで構わないでしょう。

 部下Bの名前は「ベ」から始まりますが、これも同様です。

 名前を呼んで欲しくば精進することです。せめて私を超える腕になってもらわなくては。


「……なにか不条理なことを思われてる気がする!」

「俺もそんな気がする! そして不可能なことを願われてる気もする!」


 何気に人の気持ちを読む弟子兼部下達が不気味ですな。

 そして部下Bは手早く衣装を変えて来ました。給仕から料理人に早変わりです。

 ちゃんと手は洗いましたか?


「でも、本当にずっとついてなくて大丈夫ですか? あのいけすかない婚約者も来てるんですよね?」

「なんだか騒がしいことになってたみたいですけど、お嬢様、大丈夫だったんですか?」

「……ふむ」


 厨房に詰めていても、それなりに情報は入ってまいります。

 そもそも、状況を把握する為に、会場内の様子を見れるよう水晶玉が設置されているのです。

 テーブルの上などに飾りのように置かれた水晶に映るものが、厨房の水晶にも映るという寸法です。

 それに、厨房に近い場所には給仕の者が行き来しています。部下Bも給仕を手伝っていましたから、尚更ですな。

 何故か私が会場入りした途端、高速で視界の端から消えましたが。

 ……あなたは何か、私に見つかってはいけないことでもしていたのですかな? ん?


「あなた方が不安に思われるのも分かりますが、お嬢様はそこまで柔な方ではありませんよ」

「支配人はそう仰いますけど、お嬢様はレディではありませんか。心配にもなりますよ」

「そうですよ。例え熊と一騎打ちして勝ってしまう方であっても、公爵令嬢なんですから」

「部下Bは玉ねぎスライス百個追加です」

「何故!?」


 うちのお嬢様の強さに武術をもってくるのがいけないのです。

 ええ。

 ……私もちょっと鍛えすぎた気がしないでもありませんが。


「あの方の強さはまず心にあります。だから、心配することはないのですよ」

「ですが、支配人……殿下が別の女性といたのは、こちらの水晶でも見えました。声は聞こえませんでしたけど、お嬢様ともなにか対立しておいででしたでしょう?」

「そうですよ!……グスッ……あれを見て、私は悔しくて悔しくて……!」


 涙は拭きなさい。

 その涙の九割は玉ねぎ臭のせいでしょう?


「その悔しさは後々のためにとっておきなさい。そもそも、お嬢様は何とも思っていないようでしたよ」


 ……どうみてもあの殿下、お嬢様の眼中に無いようですしなぁ……


「あー……分かる気がします。支配人のあの若い姿、とんでもなかったですもんねぇ」

「もうあの姿でお嬢様を篭絡しませんか? 我々家人一同、応援してるんですよ!」

「部下Bは玉ねぎスライス百個追加です」

「酷い!」


 高速で増える玉ねぎスライスを別の者へ渡しながら、私もせっせと新しい料理にとりかかります。

 ……部下B。こちらに近づくのはよしなさい。

 量が多いせいでこっちにまで臭気がきます。


「お嬢様はアストル家の公爵令嬢ですからな。そのようなことは言わないものです」

「「家名とかより本人の幸せが大事だと思いますけどねぇ」」


 なぜ、ハモるのですか。


「支配人だってわざわざこの都市にまで来たじゃないですか~」

「お嬢様の料理番は私でなければ務まりませんからな」

「作る料理だってお嬢様の大好物ばっかりじゃないですか~」

「今まで数をこなしている分、得意ですからな」

「今お嬢様がどうされてるのか、実のところすっごく気になってますよね? ね?」

「気がかりではありますが、職務を放棄するものではありませんよ。むしろお嬢様に叱られてしまいます」


 そして部下B。

 そんなに私に玉ねぎを追加させたいのですかな?


「ちょこーっとだけ、水晶いじって様子見ませんか?」

「見ません。今は別の方にお任せしておりますから、心配は無用です」

「気になるくせに……!」

「気になるのと気にしすぎるのとはまた別ですよ。あなたは気にしすぎです。料理に集中なさい」

「お嬢様の晴れ姿じゃないですか! チラッと! チラッとだけ皆にも!」


 ……む。

 それを言われると、少し弱いですな。

 この調理場、実はほとんどアストル家の家人で構成されています。

 ええ。協力を申し込まれたときに、交換条件としてねじ込みました。

 何故か?――最もスムーズにアストル家の家人を会場内に潜入させる為ですとも。

 リアルタイムで様々な報告がいっている公爵家は、今頃どんな騒ぎになっているのでしょうかな。


 ちなみに、アリス嬢のお父上は今、別室で休憩中です。アリス嬢もダンスに行っておりますしな。

 ……まぁ、少々、お姿がいつもと違いますが。


「水晶にお嬢様の姿映ってもチラッとだけですし、お姿も遠目すぎてきちんと見れないんですよ~。支配人なら『遠見』の魔法とリンクさせて精密に見れるでしょう?」


 部下Bがなかなかに食い下がります。

 ――いえ。部下Bだけではありませんね。皆、料理をしていながら私の方に意識を集中させています。なんということでしょう。料理人は料理のことだけ考えていなさい!


「部下B。あなたは給仕の時に遠目にでも見ているでしょう?」

「うう……そろそろ名前呼びに昇格したい……! 私以外の者は見ていないじゃないですか」

「仕方ないと諦めなさい」

「あれだけ美しく着飾ったお嬢様に、悪い虫が言い寄ってきてたらどうするんです?」

「仕方ありませんな。少しだけですよ」


 まったくもって仕方ありませんな。

 アストル家の家人達は心配性ですからな。

 落ち着かせるためにもこれは仕方のないことでしょう。


「……支配人……」


 部下A。そこでその眼差しはやめなさい。

 たまねぎの追加、いっておきますか?




 さて。

 調理の途中ですが、水晶玉の窓からこんばんわ。

 軽く調理場全部の子水晶に介入しての覗き見、もとい、監視です。

 む? この水晶でもありませんな……この付近の噴水近くの水晶はどれでしたか……

 おや? これですかな?

 ……ああ、この角度はいけません。後ろ姿しか見えません。

 なにやら女性陣が集まって話し合っているようです。

 女性陣?

 ええ、女性陣です。アリス様もドレス姿のようですな。

 ――あのお姿はもう解いてしまったのですか。なかなかに好青年であったと言えましょう。ええ。ちょっと私が危機を覚えたほどでございます。どんな危機かは口にいたしませんが。


「男性が二人、いますね」

「お嬢様のご学友で、別の方のパートナーですよ」

「成程」

「あ! 私がさっき料理を渡したのはあのお嬢さんですね。お嬢様達と一緒に動いておりました」

「ああ、アリス様ですか」


 推測するに、元のお姿に戻って衣装を変えられた後、噴水に戻る時に鉢合わせたのでしょうな。

 着替えの場所は調理場の裏口に用意してありましたから、そちらで行ったのでしょう。……いけませんな。私としたことが、この近くまで来ていらっしゃったのに気づけなかったとは。やはり、色々と衝撃的だったのでしょう。特にお嬢様の……いえ、いけません。あまり深く考えてはいけないのです。邪念は捨てるのです。


「……支配人。なんだか、お嬢様がびっくりするぐらいにこにこしていらっしゃるんですが……」

「お嬢様は日常でもにこにこしていらっしゃると思いますが?」

「それは支配人の前だからでしょう? そうでなくて――ほら、どちらかといえば、子供時代のお嬢様みたいな感じですよ?」


 なんですと!?

 ……これはなんという危険な状態。お嬢様、去り際も微妙に様子がおかしかったですが、まだ継続中なのですかな!?


「なんだかあの様子って、昔、シャンパンで酔って大暴れした時みたいな感じですね……」

「ああ、支配人がお馬さんさせられたあの伝説の」

「部下B。玉ねぎのみじん切りを百個分です」

「鬼……!」


 そうですか。敵はシャンパンですか。

 ……おかしいですな。料理には入れておりますが、ドリンクにはアルコールが無いよう、手配しておいたはずですが。

 誰があれを持ち込んだのでしょうか……


「あの様子では、早めに切り上げさせたほうがよくないですか?」

「……そうですな。状況によっては早めにお帰りいただいたほうがよいでしょう」


 なにしろあの状態のお嬢様は危険です。

 いろんな意味で危険です。

 かつて小さなレディだったお嬢様が、ちょっと舐めただけのシャンパンでどんな騒ぎを引き起こしたのか――いえ、思い出すのはやめましょう。散々お馬さんをした記憶は封印するのです。


「あ。踊りだしましたね」

「お嬢様はあちらのレディとですね。よかったですね支配人!」


 ……部下B。

 あなたはそんなに私に玉ねぎを追加してもらいたいのですかな?

 そして気づけば厨房中の者が近くの水晶に見入っています。失敗しましたな。料理が止まってしまっていますぞ?


「楽しそうですねぇ……お二人で踊りながら何を喋ってるんでしょうか?」

「支配人! 音声を希望します!」

「出来なくもありませんが、不要でしょう」

「もしかしたら今日の食事のことを話してるかもしれませんよっ?」

「それならばまた店で聞けばよいだけのことです。レディの会話を盗み聞きするなど、無粋なことをしてはなりません」

「支配人の若い姿の感想かもしれませんよっ?」

「仕方ありませんな。ちょっとだけです」


 声を拾うとなるとなかなか難題ですな!

 おっとこれは音楽が大きすぎる。ピンポイントで抽出するのは難易度が高いものです。

 ああ、部下A。ポカンとしてないで玉ねぎをやっつけてしまいなさい。

 あなたのそれは、まだ三十七個目ですよ?


「支配人……」


 部下Bはそのまなざしをやめなさい。

 ん? 拾えたようです。

 リンクさせますぞ!


『やっぱり、首飾りも一緒に揃えておくべきでしたねぇ』

『く、首飾りまで用意していただいたら、私の借り分が大きくなりすぎですよ! ドレスだけでもすごい額なのに……!』

『交換条件ですもの! 私も着飾ったアリス様が見たかったですし!』


 アリス嬢のドレスのお話のようですな。

 相変わらず、とても仲が良いようです。

 ……妬いてなど、いませんぞ?


『それよりも、爺やさんの若い姿、びっくりでしたよね!』


 ……おや?


『そうかしら? 予想の範囲内ではありませんか?』


 ……おや。


『確かに若い頃もかっこよかったんだろうな、って思ってましたけど、やっぱりびっくりでしたよ! すっごい美男子で!』


 アリス様。今度、私のとっておきのフルーツタルトをさしあげましょう。


『元々、無駄に美形ですもの』


 そしてお嬢様は相変わらずのつれなさっぷりです。

 にこにこ笑顔な分、さらに追い打ちがかかりますな。

 なんという胸キュン案件。流石です。

 さて、そろそろ切りましょうかな。初めての顔合わせの時分で察していましたが、お嬢様はやはり何の動揺もしてくださらなかったようです。……何故か一発で見抜かれてしまっておりましたし。


『けど、やっぱり年齢の違いって大きいですよ。その爺やさんを見抜いちゃうレティシア様はすごいと思いますけど』

『うふふ。だって私の爺やですもの』


 ……一斉に私を見るのはやめなさい。周り一同。


『それを爺やさんに直接言ってほしいなぁ……。若い爺やさんのこと、素敵! とか、かっこいい! とか、ドキドキ! とかありませんでした?』


 ……アリス様……

 なんだか異様にプッシュされている気がしますが、アリス様……

 どういうおつもりですかな……?


『素敵なのもかっこいいのもドキドキなのも前からですわよ?』


 周り一同!

 その目はやめなさい!

 これ以上は危険です!

 私は即座にリンクを切るべきですな!


『それに、私、いつもの爺やの顔が一番好きですわ!』


 ――プツンッ――


「「…………」」


 音すら聞こえる勢いで切った映像と音声の余波があちこちに。

 全員、手が止まってますよ!


「いつものお顔が一番好きだそうですよ!」

「押していくべき案件ですよっ!」


 部下A&B!!


「玉ねぎのみじん切り千個追加です!!」





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