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  toile de font ―エリク―

ワールド解説回

次回、爺や視点で通常回(調理つき)+α




〇side:エリク




 ……なにか俺の知らない世界が展開されている……


「つまり、一定期間ごとにある程度のイベント……えーと、大きな節目の『動き』があるんですよ。そこでだいたい事態が大きく変わったりすると思います」

「ああ、今回のパーティーのようなものだね!」


 アリス『嬢』と、その向かいのクルトが話し合っている中、


「アリス様、男性型だと手がおっきいですわね~」

「ですねぇ。見てください、ほら! 私の手との違い!」

「指長いですわねぇ!」


 アリス『嬢』の左右に陣取った女性陣がその体をあちこち触っては確認している。

 ……貴婦人として、これはどうなんだ。


 場所はパーティー会場の端、小さな噴水の縁。

 ようやくレティシア殿の惚気が終わって話が進んだのはいいが、女性陣の「殿下のことなんてどうでもいい」空気がひしひし感じられて俺の胃がとても痛い。


「最初は学園の中だけで、入学式で『出会い』、そこから人脈を積み上げての『ダンスパーティー』。ここで一定の成果を出したら、次は夏から始まる『強化合宿』、それを経て発生するのが『魔物討伐』です」

「カリキュラムにあったね。あれって確か、精霊魔法を一定以上きちんと収めた人限定だった気がするけど」

「それにお肌がすべすべですわ~」

「指の形も綺麗ですわよねぇ」

「ピアノが得意そうな指ですわ! 武器だと何が良いかしら……」


 クルト達が真面目な顔で話をしている中で、この有様。

 ……殿下よ。男として、いや、人として、たぶん泣いていいと思うぞ。

 しかし、女性陣よ。いくらなんでも『男の体』に触りすぎではないだろうか?

 ――いや、若い男の姿をしているから微妙な気分になるが、実際には女性であるアリス『嬢』が相手だ。

 本物の男にやっているのであれば「慎みが足りん!」と注意もできるが、本当は女性な男が相手……うむ……どう反応すればいいのだ?


「そうです。なので、その(ふるい)にかけるための『強化合宿』が先に行われるんです。合格しないと、先の選抜組が学園の外での鍛錬に励める中、定期的な合宿をえんえん繰り返させられます」

「うはぁ……そういうシステムなのかぁ……ってことは、中間の試験とかでBクラスに落とされるような状態だと、クリアは難しいかな……」

「肩幅もありますわね~。爺やほどではありませんけれど」

「でもやはりちょっと華奢ですわよね! そして爺やさんは恰幅が良すぎですわ!」

「もともと女性ですもの。やはりそう大きく骨格は変わらないということでは無いでしょうか? そして爺やさんは理想的なプロポーションですから」

「……そこの女性陣。そろそろ真面目に話をしないか?」

「「「はぁい」」


 合唱。

 見ろ! アリス『嬢』がとてつもなく苦笑顔だぞ!

 まったく。あんな騒ぎを起こした後でこの状況。大丈夫なのか? 彼女達は……





 俺の名前はエリク。バルバストル家の嫡子で王宮騎士を目指す者だ。

 我が家は代々武門の出だが、ここ最近は内政に関わることが多い。それは家風にも影響を及ぼしていた。

 曰く、武技だけでなく勉学も修めねばならない。

 また、見識を広げ、あらゆる意見を取り入れる器を磨かなくてはならない。

 結果として、一定年齢に達した時、我が家の人間はそれぞれの素質にあわせて様々な場所へ修行に出されるのが常となった。

 俺が学園に入学させられることになったのも、俺のもつ素質のせいだ。

 ちなみにその素質とは、精霊術のことを指す。


 我々の住む世界は、善き隣人であり敬意の対象でもある精霊達によって成り立っている。

 遥かな過去、我々の祖先は恐ろしい災禍に襲われたという。

 そこから逃すため、神とも称えられた偉大なる王が、臣民である我々の祖先を命がけで遠い場所へと逃してくれた。

 それが、この世界――“プリエール”だ。


 だが、この世界は故郷から遠く、そして祖先を襲った災禍の呪いは強力だった。

 ――滅びの呪い――

 解呪できる者は無く、逃れることも出来ない呪いだ。自分達が異なる世界に飛ばされたと気づいた時、茫然とする祖先たちの前で地は腐り、風は濁り、水は乾き、火は絶えたという。

 そんな場所で今のような生活が出来るのは、ひとえに精霊達のおかげだ。

 偉大なる王の願いに心動かされた数多の精霊が、我々の祖先を助けてくれた。

 空を、地を、水を、火を、生命の営みに耐えれるレベルにしてくれたのだ。

 だが、その精霊といえど、無限に力を貸してくれるわけではない。

 特に大切なのは精霊王との契約だ。

 その契約は、普通の精霊との契約とは違う。


 世界を維持する為の契約だ。


 かつて偉大なる王の心に動かされ、加護を与えてくれた精霊王といえど、永遠の加護を約束したわけではない。

 なによりも、我々の祖先を逃してくれた王は、とうの昔に滅んでいるというのが通説だ。死した王との契約に、いつまでも縛られてはいないということだ。

 だが、契約の更新は出来る。

 そのため、契約者が死ぬ前に――あるいは、死して契約が切れてしまってからは出来るだけ早い期間に――精霊王と新しく契約を結び、その魔力を捧げることで『世界の加護』を得ることが、この世界に生きる『素質ある者』達の重大な使命となっている。


 俺は王宮騎士を希望する身ではあるが、精霊術の素質があった。

 故に判明した直後に学園入りが決定していた。

 シュエット殿や、クルトやユニ殿も同じだろう。

 入学し、その素質を伸ばすことは義務なのだ。

 ――例え望んだ道と違うものであったとしても。


 いや、私心はこの際、どうでもいい。

 それぞれの事情を抱えつつ、己の素質を磨いて強くなる。シンプルに言えばそういう場所だ。また、この場所に集う者はその身分も背景も千差万別であることで知られている。いい経験になるだろう、と父も言っていた。


 だが。

 だがしかし、だ。


 ……この経験は、いらないな?


「ほら! エリク様とアリス様の手の大きさの違い!」

「エリク様の手のほうが大きいですわねぇ!」

「掌の部分が特に大きさが違っているのですわ!」


 ……耐えろ。

 耐えるんだ、俺。

 無理やり手を合わさせられている相手が、実は女性だということは今考えてはならない。今は男! 今は男!!

 ――というか、性別が変わるとはどういうことだ……!!


「……なにかすみません……とばっちりでご迷惑を……」

「……君が謝ることでは無い。そして女性陣に逆らえないのは、こちらも同じだ」


 アリス『嬢』は良い方のようだ。

 俺はもう少し、人を見る目を養っておくべきだったな。

 その思いはレティシア殿のことを考えるだに痛感する。

 いくら悩みを聞いてもらい、心を軽くしてもらったからと言って、他者への誹謗中傷を鵜呑みにするなど、俺は愚かだった。

 ……道を誤った期間が短くすんだのは、ひとえにシュエット殿のおかげだ。彼女にはどれだけ感謝しても感謝したりないだろう。

 ……そしてユニ殿よ。頼むから時折怖い笑顔を向けてくるのはやめてくれたまえ。俺はもう、レティシア殿の心を疑ってはいない。


「うふふ。でも爺やの手よりは小さいですわね~」


 ……そのレティシア殿が、今、地味に大変な状態なのだが、大丈夫なのだろうか……?


「うーん。アリスさんのお話を纏めると、節目とか区切りになるあたりで殿下がまたぶつかる可能性があるってことだね?」

「そうなります。あちら側だと、マリア様の動向次第でもあるんですけど……こっちからぶつかりに行くことは無いでしょうから、やっぱり鍵はマリア様かなぁ……」

「いや、それ以前に陛下達の反応も怖いよ。絶対、今回のこと、騒ぎになるはずだから」


 ……というか、もうすでに情報が回って騒ぎになっていると思うぞ。会場に騎士団の人間、いたからな。


 俺の父が王宮騎士団長である関係で、騎士団の人間には顔見知りが多い。シュエット殿を見つける前に、少し話もしている。

 どうやら、殿下の近況に対して妃殿下がずいぶんとお怒りのご様子で、その関係で警備がてら諜報活動に来ていたらしい。

 ……殿下、すでに詰んでるんじゃないか?


「学園を卒業するまでは大きな騒ぎにならないと思うけど、どうだろう……一応、学園に身を預けた限りは、実家の影響は最小限になる規則だったはずだし。王族でも、公爵でも」

「うーん。確かに規則ではそうだけど、どうだろう……?」

「精霊術の向上と精霊王との契約は至上使命だから、どうしても学園の意向が優先されるんですよね。だからこそ、ここで実家の力をもちだして対立するのは、避けられる傾向にあるんです。例えば、市井の人間だからっていじめてた相手が精霊王と契約したら?」

「うわ。圧倒的逆転劇!」

「そうなりますよね? だから、目端が利く人ほどあからさまなことはしないわけなんです。かわりに、あからさまじゃない内容はやってきますけどね」


 アリス『嬢』はそう言って苦笑した。

 ……アリス『嬢』は市井の出だ。Aクラスでは唯一と言ってもいいだろう。色々とあったことは察せられる。

 そういえば、マリア嬢の周りにいたメンバーの中にも、彼女を見下す男がいたな。会場では姿を見なかったが、あいつは今回、参加しなかったんだろうか?


「そういう意味で、学園卒業まで王子に公爵家が、あるいはレティシア様に王家が、直接何かすることは無いと思います。本人同士ではあるかもしれませんけど。主に殿下の方が」

「僕が言うのもなんだけど、殿下、正義感が暴走しがちだからなぁ……」


 クルトが的確に殿下を表現していて、反応に困る。

 殿下は、決して悪い方では無い。

 だが、かつての俺同様、視野が狭いのだ。


「殿下も、目を覚ましてくだされば落ち着くのではないだろうか」

「と、思うけど、殿下って今まで思い通りにならなかったことってあるのかな? そこが心配。失敗や挫折を知らないまま突っ走ってきちゃったらさ、いざ失敗した時の反動がすごいから」

「それを糧として成長してこそ、男児の本懐だろう?」

「そういう風に思えたらいいんだけど、意固地になっちゃったら事だよ。どっちに転ぶのか、今じゃ見当もつかないや」


 ……ふむ。クルトの言うことももっともだな。

 殿下も、様々な意見を汲む度量はおありだった。

 だが、そこに何かしらの悪感情が入り込んだら、もちまえの正義感が悪い風に作用してしまう可能性は高い。レティシア殿のことも、そうだったしな。

 ……考えたら、マリア殿は、何故あれほどにレティシア殿を悪し様に言っていたのだろうか?


「……話を違う方へもっていってしまってすまないが、一つ尋ねたい。レティシア殿には、マリア殿があのように悪し様に言ってくることへの、心当たりは何かないだろうか?」


 レティシア殿はきょとんと首を傾げられた。

 ユニ殿! 目が怖いぞ!!


「エリク様?」

「違うぞユニ殿! 疑っているのではない! 純粋に不思議なだけだ!」


 誰かあの恐ろしい目をなんとかしてくれ!!


「僕も不思議なんだよね。……もしかして、殿下の婚約者だったから、とか?」

「ありえますわね! 恋敵を蹴落とす為なら、悪い噂を流すぐらいは平気でやるでしょうから!」

「卑劣ですわ……!」


 クルト!

 憶測で油を注ぐな!

 俺に向けられているのではなくても、耳に入る声音が怖い!!


「あの方に何かされるような理由が、私にあったかしら……?」


 ……そしてレティシア殿は、この反応……

 ……殿下よ……本当に彼女にとって、あなたはどうでもよい存在だったようだぞ……


「……殿下の婚約って、そういう理由としては、薄い感じ?」

「陛下が変えてくださるのなら、いつでも別の方に御譲りさせていただく案件ですもの」


 にこ~と。

 あまり見ない無邪気な笑顔に、俺もクルトも顔を覆ってしまった。

 なんだこの笑顔。

 破壊力高すぎだろう……!


「酒の威力は、まだ消えんのか……!」

「いろいろ珍しいもの見えてる気がするけど、僕達が見ていいのかなこれ!? 爺やさんに連絡したほうがよくない!?」

「あー……効果時間までは書かれてなかったなぁ……爺やさんはもう戻っちゃってるし、もうちょっと待ってみましょう。そのうちきっとお酒も抜けますよ」


 アリス『嬢』はよくその無邪気なレティシア様に平気で触れるな……

 いや、本来は女性か……そうだな……意識したりはせんな……

 ……なんだか今、壮絶に寒気がしたんだが。誰だ!? この殺気は!? 二人分あるんだが、探るのが恐ろしい……!

 しかし、この状態のレティシア殿、どうするんだ!?


「アリス様。アリス様。ところで、ずっと気になってましたけど」

「え? なんでしょう? レティシア様」

「あのね、あのね、お店とかで、よく爺やと内緒話をされてたと思うのですけれど、何を話してましたの?」

「え!? えーっと、今回のこととかを、ですね」

「私は仲間にいれてくれませんの?」

「いや、その、驚かせたかったというか、ギリギリまで実際に出来るかどうか怪しかったので、ぬか喜びさせたくなかったというか」

「もう仲間外れにしません?」

「しません! 多分!」

「爺やとコソコソしません?」

「え!? どうだろう? 多分?」

「多分!?」

「そこは反応するんですね!?」


 ……アリス『嬢』に任せておくか……


「え、えーと! そうだ! レティシア様! 殿下をはねつける時のことなんですけど! ええと、なかなか過激でしたね!? 私、まさかあそこでキル指定されるとは思いませんでしたよ!」

「あらあら。うふふ。あのサイン?」


 ……処刑サインだな。俺でもピンときたぞ。


「元々、困ったちゃんだって思ってても、嫌ってなかったですよね? 殿下のこと」

「そうですわねぇ……ですけれど、人間、我慢がならないことの一つや二つ、あるのですもの」


 ……おい。寒気してきたぞ。

 なんだこれ!?


「あの方、私の爺やとお話していた時、一瞬、お腰の剣を抜くような素振りをされたことがありますのよ? 逝って良し、でしょう?」

「そ……そうですねぇぇぇ」

「ねー?」


 怖い……!!


「まぁ……その台詞、ぜひ、爺やさんに聞いていただきたかったですわ……!」

「お酒のせいかしら……レティシア様、とても素直でいらっしゃりますのね……!」


 女性陣!

 どうしてそこで嬉しそうにしている!


「……レティシア様、ほんっと、感情幅、極振りだよね?」

「クルト。その話題を俺にふるな……俺は恐ろしい……」

「いやぁ……殿下、絶対勝ち目ないなぁ……」

「そこは同意しておく……」


 そして、殿下よ。

 早く『爺や』殿に謝罪してきたほうがいいぞ……!


「えーと、ほら、今回追っ払って溜飲下げたり……は、しないんですね、レティシア様」

「うふふふふふふ」

「えーと、えーと、お酒入って素直に吐露されてるってことは、内面のふかーいところで相当怒ってるってことですよね?」

「うふふふふ。先程は私自身では動きませんでしたから、おいおい、殿下には私から色々とさせていただく予定ですわ!」


 殿下、逃げてくれ!!




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