Bourreau 2
〇side:レティシア
「誰だ貴様は!」
殿下、いきなり激昂されてますわね。
言いたくなる気持ちも分かりますけど。
そして腕を払いたかったようですけど、力負けしていらっしゃるご様子。
あら~まぁ~……
「放せ!」
「はい」
あらあら、殿下ってばくるっと回っちゃって。
バッと振り払おうとした動きに合わせてパッと放されたのですからそうなりますわよね。そうね。
華麗なターンでしたわよ?
「く……貴様……!」
顔、真っ赤ですけれど。
「少し落ち着かれた方がいいんじゃないですか? 殿下、ここにいるのは学生だけじゃないんですよ?」
青年がちょっと困り顔でそう言います。
もともと優しそうなお顔だから、魅力的ですわねぇ。
「……それが、どうした!」
「あまり話題を提供しすぎるものではない、と思いますけれど?」
一瞬。
ええ、一瞬だけ、ヒヤッとするものが流れました。
まるで爺やみたいです。
……爺や、分身して後ろに張り付いたりしてますの? それともお二人でコソコソしてる時に極意でも授けられましたの?
……私には授けてくださいませんの?
「……ッ」
あらぁ、殿下。
そこで怯むのですか、殿下。
そうね、そうね。とっても醜聞ですものね。
「そもそも、殿下、現在のご自身の状況を分かっておられますか?」
「何がだ!」
「王家と公爵家の間で決められていた婚約者がいらっしゃる身で、陛下にも公爵にも何も言わず、殿下の方から先に他の女性を勝手に伴われてダンスパーティーに臨まれた。――つまり、現国王陛下と公爵閣下、王家と公爵領当主のお顔に泥を塗られた状態なんですよ?」
「ッ!?」
あら~。
人間の顔って、一瞬で赤から白に変わるのね?
「公爵家の方が気を利かせて別のパートナーの方を用意されたから、黙っていれば場内での騒ぎにはならなかったというのに。この有様はどういうことです? おまけに、家同士の話で決定している内容を、当事者だからと個人が勝手に破棄ですか? 普通、出来ませんよ? その場で騒いで衆目を楽しませてるだけですけど、ご理解されてます?」
「なにを言っている! 私は――」
「陛下が決めたことを、殿下が勝手に覆していらっしゃる、という状況なのですよ?」
「――ッ!」
あら。
今度はひきつったお顔に。
こうなると美形も台無しですわね?
私、あのお顔はけっこう好みなのですけれど。爺やの四割減……いえ、五割減? ぐらいのレベルですし。
ええ。皺があればもっと好きかもしれませんけれど。
うちの爺やは皺も素敵ですもの~。
「……」
あら、青年がチラッとこちらに。
アイコンタクト?
殿下をどうするか?
「……」
私はにっこりと微笑みました。
優雅に手を顔の近くに。軽く握って親指立てて。
首元で真横にビッ!
「――」
青年、コクリ。
私、コクリ。
青年、ささっと視線を殿下に。
「そして殿下。貴方は忘れておられるのではないですか?」
「な、なにがだ!」
追撃は基本。
「貴方が先程からご自身の王子という立場にあかせて虐げようとしているご令嬢は」
蹂躙はお約束。
「貴方と同じく、王位継承権保持者なんですよ?」
殲滅は確定ですわ。
「ちなみに、ご令嬢のお父上である公爵閣下も、王位継承権保持者です」
「……だから! なんだ!! 公爵家の人間は王家の人間では無い!」
青年は呆れたような顔で殿下を見てから、ぽそっと殿下にしか聞こえないような音量で何かを言いました。
その瞬間の殿下のお顔ったら!
先の顔色の変化も見事でしたけど、見事に真っ青ですわね!?
ちなみに唇を読んだ結果、青年の一言はこうでした。
『廃嫡、って言葉、知ってます?』
よろしくてよ!!
殿下は絶句していらっしゃるけど、本当に、どうしてそういうことを思いつかれなかったのかしら?
不思議ですわねぇ。
ねぇ、爺や……。……。……そういえばもう行ってしまったのでしたわね。夢の中でもずっと傍にいてくださらないなんて、相変わらず爺やは厳しいですわ……
「騒ぎを大きくせず、お帰りになったほうがいいと思いますが?」
「…………」
殿下が呆然とした顔でやや俯きます。
色々とようやく気付けたことがあるのかしら?
「ちょ……ちょっとあんた!」
そしてそこへやって来るのがマリア様。
すごいわ!
胸が揺れてるわ!!
「なんでその姿……! というか、あんたの差し金ね!?」
その瞬間、青年がすっごくイイ笑顔で両手を広げました。
「やぁ! マリー! 色々積もる話はあるけど、ここで言うのもなんだから後でゆっくり話そうか?」
「なにが……だいたい、なんでレティシア様と仲良くしてるのよ!? そんなルート聞いたこともないわよ!?」
「当たり前だよ。リアルだもの」
「は!?」
「……待て。貴様、なぜマリアに馴れ馴れしくしている!?」
「あー、はいはい、殿下はそのこと、マリーちゃん、じゃなかった、マリア様にくわしーく尋ねてください存分に。向こうで」
「どういう意味だ!? 貴様が話せ!」
「え~? 私の言うこと、信じます~?」
青年、なかなかの笑顔ですわね。
とてもよろしくてよ。
「ッ! ……マリア、行くぞ!」
「え? ちょ……あんた! 後で絶対問い詰めるからね!」
あっ!
あんな動きでも揺れますの!?
すごいわ。はみ出そう。……ええ、どこがとは言いませんけれど。
あのボリュームの半分……いえ、二割でも、私にあれば……
「……やれやれ。後でぜったいつかまるんだろうけど、マリーちゃんの中の人ももうちょっと色々考えてくれないかなぁ……」
中の人?
「あ、レティシア様達は大丈夫でした? なんかギリギリの介入になっちゃいましたけど」
「ええ、阻んでくれて助かりましたし、問題ありませんわ?」
一秒でも遅かったら、私の拳が唸っていたところですけれど。ええ、爺や直伝の足技もありますのよ?
「それでは、えーと……ちょっと場所移動しましょうか! 色々目立ってますし! ね!?」
あら。
行くの?
まだ殿下生きてますけど……まぁ、かまいませんわね。後でもたっぷり時間はありますもの。うふふ。
皆で移動した先は庭の隅の方でした。
あら、噴水。
隠れ家みたいで素敵!
ここは是非爺やと……あ、でも爺やもう厨房に……いやだ、もっと早く来ておくべきでした。
爺や、戻って来ないかしら?
私の夢なのですから、それぐらいのサービスはあっていいと思いますのよ? コイコイ?
「ここまで来たら大丈夫かなぁ……? だいぶ目立っちゃったから、この状態でのダンスはもう無理かも」
青年が来た道をチラチラ見ながらため息をつきます。
思わず皆して青年を見てしまいました。
ちなみに『皆』とは、私、ユニ様、シュエット様、クルト様、エリク様です。
「まぁ! 諦めてはいけませんわ!」
「そうですわ! せっかくなのですから、その姿でも踊りませんと!」
「え!? でもほら、もともと、男性パートってほとんど踊ってないから下手ですよ!?」
「「それはそれ! これはこれですわ!」」
「え……え~?」
な、仲良しね?
ま……混ぜて?
「ゴホンッ」
咳払いが一つ。
あっ。私ではありませんわ。
一瞬自分かと思ってしまいましたけど!
「あー……シュエット殿、その、そこに居る彼は、誰だろうか?」
あら、エリク様。
やきもち?
あら~。ふふふふふ。
「僕も気になるかな。というか、殿下にあんなこと言って大丈夫なのかな?」
クルト様もちょっとだけ警戒したお顔。
それにしても、お二人とも、どうしてそんなことを気になさるのかしら? 同じクラスでしたのに。
あ! もしかして、気づいていらっしゃらないのかしら?
「ん~。多分、大丈夫だと思いますよ。学園の方針にも引っかかりますし、そもそもこの姿、爺やさんと一緒で今晩限りですしね~」
「せっかく素敵に出来上がりましたのに、残念ですわよねぇ。ね? レティシア様!」
「そうですわ。改めて見ても良いお姿ですのに、残念ですわ。……あ! レティシア様にはまだ伝えてませんでしたわ!」
「あ! そうでした!」
三人が慌てていらっしゃいますけど、何かありましたっけ?
「あー、えーと、あの、私、こんな姿ですけど」
「アリス様ですわよね?」
「「「「「え!?」」」」」