Un mot et tout est sauvé. Un mot et tout est perdu.
〇side:レティシア
ああ、起きて見る夢って素晴らしいわ! あの爺やがあんなことを言ってくださるなんて!
うふふ。うふふふ。今なら私、世界すら救えそうな気がします! 自分一人も救えない非力ですけれど。
でも、夢はすぐに覚めてしまうものですわね。
ねぇ、爺や。
夢の終わりの先でも、貴方は私の傍にいてくださるかしら?
「お帰りなさいませ! レティシア様、爺やさん」
「素敵でしたわ!」
ふわふわした足取りでテーブルへ戻った私を迎えてくれたのは、満面笑顔のユニ様とシュエット様でした。ただいま、ですわ!
さすがに「爺やさん」と呼ぶときだけは小声でしたが、若作り中の爺やはにっこり笑って頷いてみせます。
「只今帰りました。お二方にはご協力に感謝を」
「お気になさらないでくださいませ。こちらも眼福でしたもの!」
「ええ。どうかこれからもレティシア様をお願いいたします」
「もちろんですとも」
……なんでしょうかね、その「やってやりましたぞ」と言いたげな、何かをやり遂げた男の顔は。……いえ、文句はありませんけれど。素敵でしたとも。
……ちょっと素敵すぎて未だに足がフワフワしますけれど。
あら、シュエット様、ドリンクを?
ありがとうございます。丁度喉が渇いてましたの。
なんだかふわっと喉を焼く不思議な飲み物ですのね?
「いやぁ、流石の貫禄でしたよ。会場中の視線をさらってましたね」
クルト様がにこにこ仰っている隣で、エリク様が無言で大きく頷いていらっしゃいます。
うふふふふ、ええ、分かりますわ! 今の爺やが傍にいるのですから、それはそれは目立ったことでしょう!
なにしろ、いつもの老執事姿ですら衆目を集めてしまうのが爺やですもの。今の過剰に男の色気満載な状態なら、どれほどの目を集めたことか……!
「…………」
あら? 爺や、どうしてこちらを見て微笑むの? 素敵な笑顔ね? あまりドキドキさせないで?
「お嬢様は、どうかそのままでいてくださいませ。爺やが非常に安心いたしますので」
「え? ええ……よろしくてよ?」
よく分かりませんけれど、このままでいいのね?
……私、知らない間に爺やが心配するようなことをしたのかしら?
それにしても先程のドリンク、美味しくて気持ちがフワフワしますわね。もっと無いかしら? あら、品切れ? ……それは残念……
「ウフフ。本当に仲がよろしくていらっしゃいますわね」
「ウフフ。眼福ですわ~」
まぁ、ユニ様にシュエット様、ご自身のパートナーを放って爺やに見とれてはいけませんわ。ええ、私も見とれているのですけれど、そこはどうかご容赦を。
「うふふふ~」
「? お嬢様?」
あら。
爺やが不思議そうなお顔をなさるなんて。
どうかしたのかしら?
ところでそこの腕がお留守ですわよ?
ぼうっと垂れてますけど、そのままですの?
私の後ろや横側が寒いのですけれど?
「? ???」
あら。不思議そうな顔も良いものね。
うふふ。今日は沢山爺やの表情を視れて幸せですわ!
あら、シュエット様、先程のグラスを凝視してますけれど、いかがなさったの? 顔色が悪くてよ?
エリク様はあのシュエット様を放っておられるなんて、どういうことなのかしら……あら、お水を取りに行ってくださってたの? え? 私? シュエット様でなく? ……ところで、エリク様も顔色が悪くていらっしゃいますけど、どうなさったの?
あら。テーブルに新しいお料理が。
「うふふ。爺や、爺や、あちらのテーブルの、取って?」
「こちらですかな?」
美味しいですわねー。
「爺や、爺や、あちらのデザート、取って?」
「これですな」
美味しいわー。
「……ご機嫌ですな?」
うふふ。
だって、こんなに楽しいパーティは初めてなんですもの。
周りにあるお料理は全部食べられるものばかり。
なにより、爺やが一緒!
ああ! 一生分の楽しみを味わっているかのようですわ!
シュエット様達もお楽しみになって? 美味しいですわよ?
あら、ユニ様、どこを見て顔を顰めていらっしゃるの?
向こう?
クルト様もご覧になっておられますわね? 何があるのかしら。
あらぁ、殿下。
あらぁ、マリア様。
視線が合いましたわね。
なぁに?
あーん?
まぁ、仲良しでとてもよろしいわね。
んー?
「爺や。爺や」
「なんですかな?」
「あれ、あれ」
目線で示すと、爺やが素晴らしく怖い笑顔。
「爺や。爺や」
「なんですかな?」
「はい、あ~ん」
大きな苺ですから、半分こ。
「……」
「……」
「……」
よくできました~。
「……お嬢様」
「なぁに?」
まぁ! にっこり笑顔!?
素敵ね!
あら? お返しに?
いただきますわ!
「あ~ん」
うふふ。子供の頃のようですわね!
もう一度あの時に戻れればいいのに……!
「失礼。お口の横に」
「うふふふ」
「申し訳ありません。お嬢様はお口が小さくていらっしゃるのを忘れておりましたな」
優しく口元を拭かれたりして、本当に子供の頃のようですわね!
ついでにお姫様抱っこしたり負ぶったりしてくださらないかしら? 私、本の読み聞かせも大好きですわよ? いつでも歓迎ですわよ?
「……うはぁ……」
クルト様達が面白いお顔をされてますけど、どうしたのかしら。
「あちらさん、ご愁傷様、ですねー」
「……というか、おい、待て、こっち来てないか……!?」
あら。どうしたのかしら。
皆様ざわめいていらっしゃって。
「……レティシア様」
まぁ、ユニ様、険しいお顔。あら。シュエット様も?
どうしたの?
皆様の見ている方向に何が……あら、殿下。険しいお顔でどうかなさったの? マリア様を放っておいて大丈夫?
「……レティシア・セレーネー・アリストス・ミラ・アストル!」
……嫌だわ。フルネームで呼ばれてしまったわ。
そして爺やの方向からまた鬼気が……
……あら? 殿下。爺やの鬼気を浴びても踏みとどまっていらっしゃるの? 素晴らしいわ! お父様や陛下だって一歩も二歩も下がってしまうのに!
その殿下が私の方へと一歩踏み出しました。
そうして今まで見たことも無い険しいお顔で――何故か若干赤いお顔で――こう仰いました。
「貴様との婚約を、今! この場で! 破棄する!!」
どよめきの大きさが、周囲の方のお心を伝えて来ます。
けれど、
ねぇ、
待って?
今、なんて?
ああ、頭がふわふわしていて、上手く考えがまとまりません。
婚約を――破棄?
殿下が、婚約を――破棄?
私との婚約を、破棄?
「――」
す、と吸った息と一緒に言葉が身に沁みました。
脳裏にお父様達の姿が浮かびます。
以前お会いしたことのある国王陛下、正妃様のお姿も。
悲鳴のような、恐れ怯えるような、そんな周りの方達の囁きや視線を浴びながら、
私は、
私は、
「――喜んで!!」
全力で、そう叫びました。