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interprétation


〇side:レティシア



 ザワリ、と周囲が良くない意味で揺らいだのを感じました。

 制止する殿下を振り切って、マリア様がこちらに駆け寄って来ます。

 明らかに怒っていらっしゃいますが、怒る理由がわかりません。

 そして殿下。

 ちょっと殿下。

 そこで慌ててももう遅いですわよ。なにやってますの。

 パートナーの制御ぐらいしっかりなさい! あなたこの国の第一王子なのですよ!?

 大丈夫かしらこんな調子で……先々が心配になってきましたわ……


「ちょっと! 聞いてるの!?」


 やだー……面倒ー……

 流石にうんざりとした気持ちを隠せずため息をついた私の前に、庇うようにして爺やが立ちはだかりました。

 ……あら。すごい安心感。

 まるで巨大な山が嵐を遮ってくれる感じです。爺やの背中、相変わらず広いですわね。

 ……ちょっと触っていいかしら……?


「下がりなさい。不敬な」

「え」

「な……ええ!?」


 あ、あら。私ではありませんでしたのね? よかったよかった……

 触ろうとした寸前でしたから驚きましたわ。

 ? まぁ、背中のこんな所に爺やの御髪が一本……


「この方をどなたと心得ておいでか。マナーを問われるこのような場において、常識のない言動をもってこの方に相対しようなど、誰が許そうとこの私が許しません」


 こっそりと爺やの御髪をハンカチに包んでテイクアウトした私の前で、爺やは堂々とそう宣言しました。

 あっ。爺や!

 それ、マリア様には逆効果ですわ!


「学園は平等を謳っている場所です! ここで身分を持ち出すなど……」

「学園の訓示の中に何が書かれているか、学生でありながらご存じでは無いのですか」


 胸を張って言われたマリア様の声を遮って、バッサリと一言。

 ……爺やが相手の言葉を遮るだなんて、相当怒ってますわねこれ……


「『学生たる前に一人の人間として節度ある態度をとりなさい』『身分の隔てなく学び舎にて集い、学びあう同志として共に高めあえ』『ただし(・・・)互いの身分に配慮しあい社会の縮図として知識を深め合え』」

「あ、そ……それ、は」

「身分を笠に着ることは褒められた行為ではありませんが、同時に上であれ下であれ相手の身に一切配慮しない言動も褒められた行為ではありません。学校の掲げる理念も訓示も、身分の違いを無視して良いと謳っているわけでは無いのです。互いに尊重しあえ、と書かれているのです。……あなたの先の言動のどこかに、他者に配慮し尊重する気配がありましたか?」

「あ、あたしは……!」

「あなたは、ただこの学園に通っているというだけの、大勢いる学生のうちの一人でしかない子爵令嬢です。こちらの方の友人でもなければ、もちろん私の友人でもありません。他人同士が会話をするのですから、当然、そこには必要最低限のマナーというものがあります。先のご自身の行いを振り返って、よくお考えなさい。あなたの言葉の、何処の、何に、他人に対する守らなければならないマナーがありましたか。――そもそも、あなた自身に、本来公共の場で遵守しなくてはならないあらゆるマナーの知識とそれに対する真摯な思いが、おありですか?」

「え……だって、そんなの、だってこれは……」

「……。……?」


 愕然とした顔でそう繰り返すマリア様に、爺やがそれとわかるほど訝しげな表情になりました。


 ええ……なにか、これは……おかしい、ですわね?

 奇妙な違和感があります。知識や思考に制限がかかっているかのような……

 いえ、そうとしか思えないほど、奇妙な概念に凝り固まって当たり前のことが頭に入っていないような、そんな不思議な違和感です。

 思考制限の魔法の効果に近いでしょうか……? でもあれ、行使されるのは特殊な刑罰だったと思うのですが……

 ……そういえば、アリス様がマリア様のことを仰ってましたね……


 ――マリア様、そのあたり『分かって』ないと思うんだ

 ――今持ってる身分とか関係なく、理解出来てないと思う。


 ……分かりませんわ。

 マリア様は、Aクラスになれるだけの実力をお持ちの方です。『身分』という知識を理解していないわけでもないように見えます。

 むしろ……逆に、理解して、それを無視する為の理由を『何か』に見出しているかのような……そんな感じでしょうか。

 ですが、その『何か』が分かりません。


「……殿下」


 埒があかないと判断したのか、爺やが厳しい声を殿下へと放ちました。正直、マリア様へ声をかけていた時より怖い声です。


「こちらのご令嬢から、私達の大切なお嬢様に意味の分からない言いがかりをつけにきていたのを、あなたも先程ご覧になりましたね?」

「……。それは、この場だけでは、そう、見えるかもしれないが、もともと」

「この場だけであろうと違う場所であろうと、それ以外の何物でもございません。ハッキリ申し上げておきましょう。お嬢様は、そちらのご令嬢との接点などほとんどございません」

「は?」

「ただの『親しく話すこともその機会もほとんど無い』同級生の一人にすぎません。お嬢様とご一緒におられるのはユニ様やシュエット様、そしてアリス様。その他にも何人かのご学友の方々が――たぶん――おいでですが、その全ての方々にお尋ねになるとよろしいでしょう。マリア様との接点といえるようなものがあるかどうかを」


 爺や。

 ちょっと爺や。

 その「たぶん」って何です!?

 私にだってお友達は沢山います!

 ええ、ユニ様とシュエット様とアリス様が特に親しくしてくださっている方々ですけれど!

 お店に連れて行っていないだけです!

 ええ!

 ――……でも確かめには来なくてよろしくてよ?


「あった場合には、その内容がどのようなものであるのか。マリア様以外の方々から見た『ごく一般的』で『ごく普通』の目線で見た内容は、どういうものなのかも」

「どういう意味だ……」


 爺やの言葉に、殿下が血相を変えて低い声を出されました。

 ……いやだ。あの方、帯剣してたらあるだろう柄の所に手がいってますわ。

 ――私の爺やに何する気?


「貴様、マリアが私に嘘を言っているとでも言うつもりか」

「事実では無いことを申しているのであれば、その通りかと」


 爺や? なんだか、とても挑発的な笑みを浮かべてますけど、何やってますの!?

 あと、貴方に危害加える相手は私が倒しますから、そこおどきなさい!


「お嬢様」


 なにかしら!?


「そちらのご令嬢と、最近会話をかわしたことがありますか? 本日以外で、です」


 ……選手交代、ではありませんのね……

 でも爺やの問いなのですから、真面目に答えましょう。


「会話……といえるのは、ありませんわね。クラスが同じですから授業中は同じ部屋にいますけれど、グループが違いますし席も離れていますから話をすることもありませんもの。廊下ですれ違った時に挨拶しても無視されてしまいますし」


 挨拶の話で周囲が大きくどよめいたのが分かりました。

 ……あ……これは……やってしまった感が……

 そして爺や。さもありなん、という顔の向こうで残念な子を見る眼差し、おやめになって?


「そもそも、接点が出来るであろう学園内でほぼまともに相対しないのに、会話など発生しようがありませんわ?」

「それは! あたしが知ってるから、会話が発生しないように動いてるだけで!」

「? 何を知っていらっしゃるのかはよく分かりませんが、つまり、私とあなたが『会話していない』のはマリア様ご自身がお認めになっているということですわよね……?」


 わざわざ会話が発生しないように動いてるとか仰ってますし……

 というか、そこまで避けられる理由が分かりませんけれど。少しショックですわね。


「だから!」


 ?

 なにが『だから』なのかしら……?

 誰か意味が分かる方いらっしゃるのかしら……あら、殿下まで混乱した顔をなさってる……あなた、何も確かめずに言葉を鵜呑みにしていましたの? 第一王子なのに? 王位継承権あるのに?

 ……大丈夫かしらこの国……なんだか、本当に未来が不安になってきましたわ……

 ああ、いえ。それ以前に今はマリア様のことですわね。


「……」


 爺や。

 ちょっと爺や。

 その人を殺せそうな鬼気、おやめなさい。

 周りにいる人の方が真っ青になってるから!

 あなたのソレに普通の人は慣れてないんだから!


 ……でも、殺気だった爺やの眼差しを向けられて気絶しないマリア様って、ある意味胆力ありますわね?

 けれどね、爺や。ほどほどにしてくださらないと、腰のツボ押しますわよ?


「――最早、私が語るまでもありませんな。学生として恥じぬ態度を示すのであれば、せめてこの会場にいる間は、私共には近づかないでいただきたい。よろしいですな?」


 冷ややかな一瞥と共に言い放ち、答えを聞くまでも無いとばかりに爺やは身を翻しました。やたら流麗な動作で私を伴うことも忘れていません。

 ……今、少し気になったのですけれど、爺や……この無駄に洗練されたエスコートの手慣れっぷり……今までどんな生活されてきましたの?

 ん?


「……」


 嫌だわ……爺やったらそっと視線を逸らしましたわ……

 腰のツボ、押してもいいですわよね?


「ところでお嬢様」


 なにかしら?


「あちらに新しい料理が運ばれて来たようなのですが、よろしければいかがですか?」


 ……仕方ありませんわね。腰ツボは今度にしてさしあげましょう。




〇side:爺や




 パーティーメニューにおけるパンは、いかに美味しく、いかに食べやすく工夫するかに力量が問われます。

 見栄えの美しさもさることながら、衆人環視の元で食べるのですから、食べやすく、食べる姿が美しく映るものが好まれるのは当然でございましょう。

 そういう意味で、今回のピンチョスが通常のものと異なっていても当然といえます。

 むしろ画期的ですな。この、パンをつかわない果物だけのピンチョスなど……

 おお、フルーツブーケというのですか?

 成程。デザートとしてフルーツのみでこういう形にしたことはありませんでしたな。参考になります。

 

「こちらの生ハムとアボカドとトマトのピンチョスも美味しいですわね」


 丁寧にしっかり味わってから、お嬢様がそう仰います。

 それぞれ小指の第一関節ぐらいの大きさにカットしていますな。女性の愛らしい口に入れても見苦しくない大きさです。アボカドを生ハムでくるみ、半分に切ったミニトマトと共に刺してあります。

 む? チーズを加えたものもございますな。こちらも美味しゅうございます。


「今回のパーティーはどれも料理が美味しいな……」

「食べるのに夢中になってしまいますね!」


 おや、シュエット様とパートナーの方もご満足そうですな。

 ユニ様達は……おや、今度はあちらのテーブルに。

 どうやら全種制覇の野望をお持ちのようです。その野望は非常に好ましいですな。すでに消えてしまっている品目もございますが……今度こっそり店でご賞味いただきましょう。私は、高い野望を持つ方を盛大に応援するスタイルなのです。ええ、本当に。

 なにしろ、お嬢様が絶望的な体の一部に対するコンプレックスを今なお野望と共に克服しようとしておりますから。無理だからあきらめろなど決して口にしませんとも。


「爺や」


 ハイ。


「何か今、不要なことを考えなかったかしら」


 ハイ。


「そこ、いい笑顔で頷くところではありませんわよ!?」


 いけませんな、お嬢様。お嬢様がそんな風にお怒りを顔にお出しになっては。ほぅら、笑顔笑顔。

 せっかくの可愛らしいお顔が台無しですぞ?


「誤魔化されませんわよ?」

「それは残念でございます。ですがまぁ、そんなお顔も可愛らしゅうございますから、私は幸せですが」

「!」


 お嬢様。

 そこで私のお腹をグリグリするのはおやめください。わりと痛いです。いえ、本気で……おぅふ……


「爺やには、少し言動に気を付けていただかなくてはいけませんね。――あなた、私がいない間、店で同じようにご婦人方に言っているのではなくて?」

「ご婦人に快い空間を提供するのが店の主としてのマナーでござますれば」

「……否定しないあたりが本当に……。いつか刺されても知りませんわよ? まぁ、私が口を出す筋合いの無いことですから、ほどほどに、としか言えませんが」

「おや。お怒りにはなってくださらない」

「何故、怒らなくてはならないのです? あなたの行いの全てに口を出せるほど、私は傲慢ではなくてよ?」


 流石はお嬢様。

 このつれなさっぷり。最高ですな。

 胸がキュンキュンいたします。


「それでも、お怒りいただきたい時というのもあるのですよ」

「爺や……あなたね、乙女のようなことを……」

「おや、お嬢様はご存知ない。男はある意味において意外と乙女なのですよ。ご婦人方が、ある意味において意外と益荒男でいらっしゃるように」

「……そこは否定したいわね……そして私をじっくり見て言うのおやめなさい。腰のツボ、押しますわよ?」


 それは本当にご勘弁を。





 幾つかテーブルを回るうちに、お嬢様の機嫌も良くなってきたようでございます。

 お嬢様。相変わらずチョロうございますな。

 それにしても、先はどうなるかと少々身構えておりましたが、意外と大きな騒ぎにならずに終わりました。

 まぁ、決闘騒ぎにまでもちこまなかったのは、あのまま挑発していたらあの王子より早くうちのお嬢様が手袋を投げそうだったから、ですが……

 というかお嬢様……なぜ、貴女が率先して戦おうという気概を見せられますか。

 背中に鬼気を感じて怖かったですぞ。

 恐ろしく胸キュンです。私を心肺停止で殺す気ですか。全くもって最高ですな。


「ねぇ、爺や。この料理は?」


 おっと。回想よりもお嬢様との今を楽しまなくては。


「そちらは豚肉と夏野菜のブレゼにございます」


 密閉蓋(ブレジエール)できっちりと蓋をし、オーブンで加熱した蒸煮料理(ブレゼ)は、他の無水蒸煮(エトゥファ)と違って素材の半分ないし四分の一ほどをスープに浸し、野菜と香辛料を加えて蒸します。

 柔らかくなるのと同時、風味も加えられるのですが、時間がかかってしまうのが少々難点でございます。

 ふむ……時短版を考案してみましょうか。


「あちらにあるのはロティールですね。あれも爺やが?」

「ええ。そろそろ品切れになるやもしれませんが……」

「まぁ、大変! それでは、無くなる前に食べておかなくては」

「お嬢様がご希望でしたら、いつでもお作りいたしますぞ?」

「あら。うふふ」


 お嬢様が可愛らしく笑いながら私を伴ってテーブルに向かいます。 

 それにしても、ダンスパーティーであるはずなのに、おかしいですな。

 お嬢様、食べるのに夢中すぎませんか?

 テーブルへの誘導は失敗だったのでしょうか……

 しかもだんだん時間が迫ってまいりました。ピンチです。


 しかし、美味しそうに食べるお嬢様を見るのは私の楽しみでもあります。ダンスの機会などそうそうあるものでもありませんが……仕方がありません。お嬢様の笑顔には変えられませんしな。

 ……おや。向こうで王子とあの女性が踊りはじめましたな。まぁ、今お嬢様が幸せでいることのほうが大事ですから、放置してさしあげますが。

 ……婚約者をさしおいて、別の女性とダンスを……とは……

 ええ……これは少々、腹に据えかねますな。お嬢様もさぞかし……


「ねぇ、爺や。ところでこちらの料理ですけど……」


 ……見てすらもいませんなぁ……


 お嬢様は、もしかして本当に気にしていらっしゃらないのでしょうか?

 これほど女性として屈辱的な目にあわされておいでなのに。

 いえ、もしかしなくても、私共が怒りで我を忘れそうだから自らを律しておられるのでしょう。なんとおいたわしい……


「今回のパーティーは来て正解でしたわね。爺やの料理にアリス様達のお料理……幸せですわ」


 ……。

 ……ええ、ちょっと本気でどうでもよさそうだと思わなくもないのですが……

 い、いえ、お嬢様も思春期の乙女ですし、そもそも最初の頃はそれなりに好意を抱いていたようなのですから、ショックを受けられてないなんてことは無いはず。無いはずなのですが、けれど、うーむ……


「爺や。そんなに難しいお顔をしてどうしましたの? ほら、美味しくてよ?」


 お嬢様の行動は相変わらず、この私をもってしても読めませんな……

 ええ、一口サイズのピッツァですな。おや、チーズがとても芳醇で。

 ところでお嬢様。そちらのはアリス様のお作りになったものですな

 ええ。美味しそうでなによりです。

 おや、今度もアリス様のお料理を?

 ……。

 むぅ。


「お嬢様」

「? どうかしたの?」

「よろしければ、私と踊ってくださいませんか?」




〇side:レティシア




 爺やが今日一番の美形オーラ全開で立ってます。

 爺や、あなた本当に無駄に美形なんですから、お控えなさいな。何かありましたの? お腹痛いの?

 ――まぁ、ようやく誘ってくださったのですから、あえて細かいことは口にいたしませんけれど。


「喜んで」


 にっこりと。

 演技するまでもなく、今日最高の笑顔を浮かべられたと確信しております。

 ええ。やっと誘ってくださったのですもの。

 やっと、です!!

 ダンスパーティーだと言うのに、爺やときたら料理のあるテーブルにエスコートするばかり!

 パートナーとなってくださったのですから、いつダンスに誘ってくださるのだろうとドキドキしていましたのに、あんまりですわ。


 勿論、爺やの料理は大好きですわ。食べ損ねたくないという気持ちもあります。アリス様達が作っていらっしゃるだろう料理も食べたいです。

 けれど、今日という日、今という時は、人生最大のチャンスなのです。

 爺やが『パートナー』としてこうして傍にいてくれることも、教師として以外でダンスをしてくれる機会も、きっと今回ぐらいしか無いでしょう。

 私は公爵令嬢で、爺やは執事なのですから。


 ダンスは殿方から誘うのが基本。――とはいえ、女性側から誘ってはいけないというルールはありません。

 踊りたいのなら、私から誘えば早いのです。爺やだって、いつもの笑顔で引き受けてくださるでしょう。

 けれど、初めてのダンスパーティーなのです。私だって、憧れというものはあるのです。

 もう二度と訪れないだろう、願うことも出来なかった憧れが叶うのでしたら、『我儘だ』という誹りだって受けましょう。


 誘って欲しかったのです。

 この一回だけで構わないから。


 その願いが、やっと叶ったのです。

 私だって、最高の笑顔になろうというものです。

 それにしても、爺やのビックリしたお顔ったら!

 出来ればいつもの皺のある顔の方でその表情を見たかったですわ。

 もちろん、若い爺やも素敵ですけれど。爺やをビックリさせることも、私の小さい頃からの目標だったのですから。


「――お嬢様、私はもしかしなくても、無作法をしていたのですな……」


 ……あら。

 なかなか誘わなかったことへの当てつけに、気づかれてしまったみたいですわね。……くっ……これはちょっと、子供っぽかったかと反省ですわ。

 でも、アリス様のお料理を食べたかったのは本当よ?

 ただ、爺やの料理テーブルばかり回っていては、ずっと誘ってもらえないと察したのも事実ですけれど。

 ええ。子供っぽいのは自覚してますとも。


「エスコートはお上手ですのに、『遅かった』のは事実ですわね?」

「……~~。誠に申し訳なく」


 あらやだ。

 後悔混じりの心苦そうなお顔なんて、初めて見ましたわ!


「気づけずに申し訳なく……」

「さ、誘ってくださいましたから、もうお気になさらないで。でもね、爺や。パートナーとしていてくださるのでしたら、私を『お嬢様』としてではなく、『貴婦人(レディ)』として扱っていただきたいわ。――出来まして?」


 完璧なエスコートで前へと踏み出しつつ、半ば無駄だろうと思いながら要求してみます。

 爺やは職務を完璧にこなす『執事』です。

 そして、私の知る誰よりも紳士です。

 赤ん坊の頃ならばともかく、そうでない時は私に触れることはありません。

 緊急時か、教師としてダンスを教える時ぐらいでしょう。

 そんな爺やですから、頷かないことは分かっ――


「畏まりました」


 言ってみるものですねッ!!!!


「では、少々、お覚悟くださいませ」


 ?

 どういう意味かしら?

 私達が中央へと向かいだしてからざわめいていた周囲の声が、ふと途切れました。

 爺やの作ってくださったホールドの中で、私も思わず口を閉ざします。

 目が、合いました。

 パートナーとして間近にいるのだから当然です。ええ。仕方ありません。

 ただ、言わせてくださいませ。


 早まりました!!!!


「ダンスが終わるまでは、貴女は私の貴婦人(レイディ)です」


 その色気はいりません!!








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