toile de font ―ユニ―
〇side:ユニ
会場へ向かうレティシア様と――今のお姿でこうお呼びするのは抵抗がありますが――『爺や』さんのお姿は、一帯の衆目を集めるに相応しい美しさでした。
レティシア様は、そのお姿を『月の如き』と称えられるお方です。儚げながらもどこか凛とした輝きをもったお美しさが、闇夜を優しく照らしてくれる気高い月を思わせるのでしょう。
それに、今日のレティシア様は格別にお美しいです……
長い睫毛をそっと伏せ、控えめに微笑むお姿は知らずため息が零れてしまいます。
ここ最近、悩ませていたことが解決したのですから、その晴れ晴れとしたお顔ったらありません。
真珠のような肌を包むのは、上が白で徐々に下へ向かって淡い水色になるドレス。仄かに輝いて見えるのが、またいっそう幻想的です。
そのパートナーを務める『爺や』さんですが――本当に! ああ! 本当に!! 恐ろしい程の美男子でしたわ!!
お若いころはさぞ、と常々思っておりましたけれど、これほどまでとは……!!
体格はいつものお姿の時とさほど変わらず――ということは、爺やさんはお年を召されてなお逞しい証拠でもあるのですが――長身の、引き締まったお体をしておいででした。
鍛え上げた鋼のようなと申しますか、シュエット様曰く『無駄のない、これ以上ないほど理想的な筋肉のつけ方』をされておいでです。肩とか背中とか腕とか太腿とかを見ればよく分かりますね。
個人的にはふくらはぎが……いえ、殿方のお体を注視するのははしたないですわね。こっそりチョロ見する程度にいたしましょう。
ええ。回数は数えてはいけません。
お顔は甘さを払拭したような、鋭く怜悧でありながら、蠱惑的な魅力をもった美しさです。
どっしりとした貫禄と、圧倒的な安心感を感じさせるいつものお姿とは真逆でしょう。どこか危険な香りすら感じてしまうけれど、その危険な魅力がまたたまらなく心を惹きつけるのですわ。
……レティシア様、よく、平気なお顔でお話できますわね……ますます心から尊敬いたしますわ。
そんな爺やさんですが、やはりレティシア様に向けられる眼差しはとびっきり甘くていらっしゃいます。
お顔は品良く微笑んでいらっしゃるだけなのですが、もう、その目が違います。猫好きが愛してやまない猫を見るような感じです。熱いです。レティシア様は平然としていらっしゃいますが、見てしまった他の方々が誤爆されて撃沈していっています。
……爺やさん……罪なお方……
いえ、真に罪なのはレティシア様でしょうか。
あれだけの美形に、あれほど熱く見つめられてケロッとしておいでなのですから、相当です。
なんにしても、私、ユニが今まで見てきた中で最も美しい一組でしょう。まさに眼福。額に入れて飾っておきたいほどです。
そんなお二人が仲睦まじく会場へ踏み入れたものですから、会場にいた方々の驚きようといったらありません。
爺やさんのお姿に魂を持っていかれなかった方々は特に、そのパートナーがレティシア様なことに驚いておいでです。
アストル家のご令嬢のパートナーが、あの男性! という驚きがひしひしと伝わってきます。
二重の意味で「してやったり」感がたまりませんわ。ほーっほっほっほ!
「……ユニ殿。目が……」
あら。エリク様。何かおっしゃいまして?
え? 何でもない?
そう?
「えぇとね? ユニ。目がすごく、その……輝いてるね?」
ええ! それはもちろん!!
クルト様の仰る通り、今の私は野獣のごとく目が爛々としていると思いますわ!
いつでも喉笛、食いちぎってさしあげますわよ! 主に標的は殿下ですけれども!!
けれども、最も重要なのは獲物のことではありません。
「ご覧くださいませ。レティシア様のあの楽し気なお顔……これまでの、殿下からのお仕打ちにじっと耐えていらっしゃったから尚更に、輝くほど美しいではありませんか」
「ええ。ユニ様。本当に」
「……シュエット様……私達、やり遂げましたね……!」
「ええ!」
私とシュエット様は手を取り合って頷きあい、熱い視線をレティシア様に注ぎました。
会場中の目があのお二人に向けられているだろうと、私は確信しております。
だからこそ、なおの事、喜ばしいのです!
なにしろ、本来のパートナーであるはずの殿下が別の方を伴って会場入りした後です。
おそらく、腹立たしいことですが、殿下がお入りになった時も騒ぎがあったことでしょう。
あのご令嬢は誰?
ご婚約者様は?
といった困惑と様々な憶測が入り乱れていたはずです。
あらゆる意味で本会場における、注目度ナンバーワン。マリア様が得意満面な顔をするはずですわね。ああ! 本当に腹立たしい!!
その後での、レティシア様です。意地悪な貴族であれば、パートナーにふられた令嬢がどういう状態なのかと、にやにや笑って見ていたはずです。きっと、あのマリア様もその一人に違いありません!
ずっと、ずっと、レティシア様が口にされないから我慢していましたが、マリア様が殿下の傍をうろちょろしだしてから本当に腹立たしかったのです!
殿下のパートナーはレティシア様なのです。
レティシア様が望んだわけではなく、王家と公爵家のやり取りで決まったご婚約で、政治的な意味合いが非常に強いものでしょうけれど、それでも、一度そうと決まった限り、互いに相手に配慮し敬意を表するのが普通なのです!
それなのに!
それなのに、あの殿下は……!!
そもそも、婚約者のいる身で他の女を侍らすというのがありえないことですわ!!
ええ! 言葉が悪いのは百も承知!
百歩譲って『婚約者よりただのクラスメイトであるはずの女性を優遇するのが』と言い直したとして、外聞の悪さは変わりません。そしてその場合、婚約者であるレティシア様がどれほど恥ずかしい思いをするのか、それを全くあの方々は考えていないのです!
学園主催とはいえ、公式の場で、婚約者がエスコートしてくれない――それがどれほどの『恥』なのか。そんな誰でもわかりそうなことすらわからないのですから、相当です!!
レティシア様はどれだけ悲しかったことでしょう。
どれだけ悔しかったことでしょう。
恥ずかしく、辛かったことでしょう。
想像するだけで胸が張り裂けそうです。私でしたら実家に戻って部屋から出てこれなくなるかもしれません。それぐらい恥ずかしいことなのです。
レティシア様は、きっと私達やご実家が殿下と事を構えられるのは良くないと思って、気にしていない風を装っていらっしゃったに違いありません。なにしろ優しく気配りに長けたお方ですから。
――だからこそ、他の誰でもなく、私達がマリア様と殿下を許せず……誰かに愚かと言われようと、こうして邁進したのですけれど。
……本当に、あの得意満面なマリア様のお顔を引っ掻きたくてたまりませんでしたわ……
ですが。ええ! ですが真打ちとは後から来るものなのです!
……実は二段構えなのですけれど、まぁ、それはともかく。
アリス様曰く『ストーリーモードコーリャクチシキ全開放でいきます!』との意気込みで夜中の学校に忍び込んだり、先生のお手伝いをしまくって植物園のカギを借りたり、用務員さんの相談を引き受けて校舎裏の丘への秘密通路を教えてもらったりしたかいがあったというものです!
爺やさんカッコイイ!
レティシア様お美しい!!
マリア様も殿下もお二人のお姿にポカーンと口を半開きにして突っ立ってしまってますわ!
ほほほほほほ――ああ! スッとした!!
おっといけません。淑女たる者、はしたないことを思ってはいけないのですわ。
……あら、エリク様。どうして私を見て青ざめておいでなのです?
別にもう貴方を攻撃しようだなんて思っていませんわ?
まぁ、またレティシア様を侮辱したらその限りではありませんけれど。服の一番内側に這いよる黒い虫を放り込む程度の攻撃を泣き喚くまで続けてさしあげましょう。足の一杯ついた長い虫もセットでどうぞ。
……あら。シュエット様の向こう側に行かれてしまいましたわ。
まったく。クルト様の柔軟性と弾力性と包容力を見習ってほしいものですわね。
……それにしても、気になるのはアリス様ですわね。
私、調理や調合に関してはこれでも情報には長けていると思っていたのですが、秘薬の調合方法なんて全く存じ上げませんでしたわ。
それに、その素材に至る為のルート……
どうして、あんなにピンポイントでの『要点を押さえた行動のとり方』をご存じだったのかしら……?
前にお聞きしたマリア様のことと少し似て……い、いえ、気にしてはいけませんわ。終わりよければ全てよしなのです!
ふふ。それにしても、あのレティシア様の安心しきったお顔……!
私、前から思っていたのですけれど、レティシア様は殿下や他の方といらっしゃるより爺やさんといるほうがずっと楽しそうなお顔をされていますわ。
まぁ、幼い頃から面倒を見てくれた、それこそ家族と同等の存在なのですから当然でしょうけれども。けど、なんといいますか……ううん……これはもっと要観察ですわね!
王国一の美貌を誇るレティシア様と、とてつもない美男子の(若返った)爺やさんのお二人ですから、それはもう豪華で優雅で私の両目が幸せですわ。
ふふふ。これでレティシア様も恥をかかされずにすみましたし、あの女と殿下の呆然とした顔を見れて気分も晴れました。
……だから、今までの殿下達の行動に対する意趣返しは、これっきりで終わりにいたしましょう。後に引かせても百害あって一利なしですものね。
まだまだしたりない気もいたしますが……レティシア様が幸せそうならそれで良いのです。
あー……! スッキリした!!
……って、あら?
マリア様のご様子が……
は? え? なんでそこでレティシア様達の方に向かおうとするんですの!?
あなた、空気も状況も読めませんのーッ!?