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scène


〇side:レティシア




 手を引かれながら会場に踏み入れると、こちらに気づいた人々が一斉に驚いて硬直するのが見えました。

 ……いやだわ……ひどい既視感。


 どれだけの人に注目されているのか、先ほどまであったさざ波のようなお声が完全に消えてしまっています。

 待って? 黙ってしまわないで?

 ああほら、音楽も鳴ってましてよ?

 どうしてそんなに皆してこちらを見つめられますの?

 そこの方、お口がポカンと開いてましてよ……?


「じ……爺や、なにか、見られすぎていないかしら……?」

「お嬢様が素敵だからでございましょう。実に鼻が高いですな」


 違うと思いますわよ!?

 明らかにあなただと思いますわよ!?

 私が注目されるのでしたら、むしろ会場に来る前に発生してるはずですわよ!?


「ほら、お嬢様、笑顔笑顔」


 ……くっ……

 そこでいつもの笑顔を向けてくるとか、確信犯ですわね……

 いやだ……うっかり見てしまったご婦人方が気絶されたわ……これも私のせいになるのかしら? ……まるで先ほどの焼き直しのようですわね。


 ――あら。マリア様がいらっしゃるわ。

 未だにこの近くにおられましたの? とっくに一番華やかな場所に行かれていると思いましたのに。

 あらまぁ。ドリンクを落としてしまってますわよ?

 殿下が話しかけているのにも無反応で、よろしいの??


「ふ」


 ……いやだわ……爺やがワルい笑みを浮かべているわ。

 あなたそういう顔もなさるの?

 心臓に悪いからやめてくださる?……ああ、またご婦人に犠牲者が……


「随分と目立ってしまっていますわね……」


 私が気力を総動員して優雅に微笑みながら言うと、軽く五十歳ぐらい若返っている爺やが、魅力的な笑みを浮かべて声を潜めました。

 ……やめてー……


「そのために、わざわざ(まか)り越しましたからな。ふふふ。お嬢様に恥をかかせずにすんで、爺も鼻高々でございます」


 そ、その姿でも『爺』って言ってしまいますの?

 い、いえ、私もついいつもの癖で『爺や』って呼んでしまってますけど!


「私としては、爺やとダンス出来る機会が得られそうですから嬉しいですけれど……どうやってそんなお姿に? それに、料理を任されていたはずなのに、他の方に代わってもらっている、って……」


 爺やに匹敵するような腕の料理人が、この会場にいるということかしら……?

 背の高い爺やを見上げながら首を傾げる私に、爺やは悪戯めいた笑みを浮かべると優雅な仕草でテーブルの一つに私を誘いました。

 ……相変わらず、惚れ惚れするほど見事な動作ですわね。

 ええ。悔しいなんて思ってませんわよ?

 素敵だとは思ってますけど。


「一つずつお答えいたしましょう」


 無駄にキラキラしい笑顔で爺やはそう囁きました。

 ……さっきから思ってたのですけど、爺や、なんだか必要以上に美形オーラ出してないかしら……?

 どういうことなの?

 あなた無駄に美形なんだから、むしろお控えなさって?


「まず、合流前にお気にされていた内容にも関わるのですが――私の代理を務めてくださっているのは、アリス様です」

「アリス様!?」


 どういうことなの!?

 ――ハッ!

 そういえば、アリス様を待たずに会場に入ってしまいましたわ!!

 何か不都合が無いように迎えに――い、いえ、爺やのかわりに料理の代理をしてくださっているのでしたわね。あら? それ以前に、厨房に入ることが出来ますの? 学生なのに? そしてアリス様、ダンスはどうされるのかしら……


「お嬢様。説明いたしますから、落ち着いてくだいませ」


 ……爺や。

 その生暖かい微笑み、おやめなさい。


「アリス様は現在のお仕事が終わりましたら後から合流されます。ダンスの時間が過ぎてしまうことはありません」

「よかった……!」


 初めてのダンスパーティーで楽しみにしていらしたものね!

 沢山楽しんでいただかなくては……!

 ……あら……でも、エスコートとか、ダンスのお相手とか……どうするご予定なのかしら……?


「厨房入りについてですが、無論、今の私同様、若干いつもの姿とは変えております。そのうえで、私の店の一員として参加しているのです。今はパンを主体にメニューを出しておりましてな。彼女達の独壇場というわけでございます」

「彼女『達』……?」

「ええ。『フルール』のご店主にも声をかけまして」


 アリス様のお父様にも!?


「彼女にとって最も身近で、最も頼りになる方ですからな。初めて尽くしでもありますし、補助についてもらったほうが良いと判断いたしました」

「そうね。いくら何でも、爺やの代理を丸投げするのはきついものがありますもの」

「ですが、彼女達のパンの腕は見事でございます。私も十分任せられると思っております」


 ええ! それはもう!

 私も大好きなパンですからね!!

 アリス様のも、アリス様のお父様達のもとても美味しいですから!


「……」


 爺や。

 ちょっと、爺や。

 どうしてそこで怖い笑顔になりますの?

 あなたも今、任せられる腕前って太鼓判押しましたわよね!?


「……コホン。そこにあるパスタや向こうのスープなどはまだ残っているようですな。あれらは私が指示し作ったものです。スープやソースだけ作っておけば後は素材を盛り付けてかけるだけの品など、私が不在でも作れるメニューも大量に仕込んでおきましたからな。しばらくはお傍にいられるかと」


 ニコニコと微笑みながら、爺やがあちこちのテーブルを掌で指し示して教えてくれました。

 あちらにはブレゼ、あちらにはグラチネ。ファルシやロースト、ヴァポーレにパエリアや、バーニャ・フレッダなども用意されているのだそうです。

 ……テーブルの上、すでに空な気がいたしますけど……


 ピンチョスなどパンが関わる料理はアリス様が厨房に立つこれからが本番なのだとか。

 ちなみにケーキ類はすでに出ているのですって!

 ……やっぱりどこにも見えないのですけれど……

 ――と思っていたら、給仕の方がテキパキと補充していきましたわ。


「見栄えもありますから、一度にお出しする数を調整しているのでございます。沢山作ってありますので、そうそう呼び戻されることは無いでしょう。今はアリス様もおられますからな」

「……アリス様……」


 大丈夫かしら……

 爺やが関わっているのでしたら、あらゆる万難を排して臨んでいるのでしょうけれど、私と同い年のレディが、戦場のような厨房で料理を作っていらっしゃるだなんて……

 いえ、アリス様の料理は大好きですけれど。

 ちょっとソワソワしながら待ってしまうぐらいに大好きですけれど。


「……」


 爺や!

 だからそこで怖い気配出すのおやめなさい!


「……ゴホン。こちらにありますのは新作のムースでございます。さ、取ってさしあげましょう」

「新作……!?」

「さようにございます。お嬢様の大好きなチーズを新たに美味しく食べていただけるよう、日々研究してございます。もちろん、タルトも用意してございますぞ」

「まぁ……!」


 爺やが笑顔で取ってくださったムースは可愛らしい苺が乗っていました。

 あら、苺?

 まぁ、苺のチーズムースなの?

 !

 美味しいわ! 爺や、これ、人気出ますわよ!?


「お気に召したようで何よりです」


 うふふ。

 爺やもニコニコ。

 私もニコニコ。

 美味しいって素敵ですわね。ねぇ、ユニ様シュエット様……あ! お二人とも置いて来てしまっていたわ!! なんてことでしょう!

 あ、あら。あそこにいらっしゃるのはユニ様? まぁ、クルト様ととても楽しそうに。

 あら、そちらにあるのは(バール)のブレゼ?

 あ、あとで食べに行かなくてはいけませんわね!


 シュエット様もいらっしゃるのね。エリク様が微妙にユニ様から離れた位置をキープしていらっしゃるの、どうしてかしら……?

 そして皆様、どうしてこちらを見てニコニコしていらっしゃるの?

 あ! 悩みが解決したからですわね!

 ありがとうございます! この苺のチーズムース、美味しいですわよ?


「ふふ」


 あ、あら、爺や。

 どうなさったの? 嬉しそうな笑い声が漏れていましてよ?


「――いえ、流石に今回ばかりは我が身が二つに分かれればと思ったものですからな。アリス様には借りが出来てしまいましたな」

「……アリス様に」

「このお話は、アリス様から申し出てくださったものなのでございます。ご自分はともかく、お嬢様はきっと注目されるだろうから、守ってあげてほしい、と」

「……アリス様……」


 いやだわ、アリス様……

 そんな、ご自分のことよりも優先なさらないで……


「大丈夫でございますよ。交代するタイミングも話済みです。――お嬢様。アリス様のお心の内は、どうかお会いした時に直接お聞きくださいませ。タイミングや衣装についてもご心配には及びません。ユニ様とシュエット様も協力してくださることになっておりますので」

「そう……だったの……」


 視線をもう一度向ければ、お二方がパートナーの隣で私に小さく手を振ってくださいます。

 ……そうだったのですのね。私の知らない間に、皆様はずっと、私以上に真剣に考えて行動して――


 悪戯が成功したみたいな魅力的な笑顔で言う爺やに、ふと、ここ最近の皆様の様子を思い出しました。

 アリス様と爺やもそうでしたけれど、私の聞いていない場所で、隠れるようにして話をしていたユニ様とシュエット様。

 せっかくのダンスパーティなのに、あんなに楽しみにしていたのに、厨房という裏方に行ってしまったアリス様。

 そして、忙しい中、どういった技でか若返った姿で私をエスコートしている爺や。


 何故、だなんて、分かりきったことを考えたりはしません。


 私の為です。

 私が、一人でパーティーに出なくてはいけなくなることが分かっていたから――だから、ずっと準備してくれたのです。


「アリス様は実に良い娘さんですな。ユニ様やシュエット様も。お友達の為に一生懸命になれる、稀有な方です。お嬢様、良いご友人を得られましたな」


 優しい――あまりにも優しく温かい声に、私は唇を引き結びました。

 いやだわ、爺や。このタイミングでそんなことを仰るなんて。

 私の涙腺が弱いのを知っているでしょう?

 今、アリス様のことを考えていたのよ?

 爺や、あなたの事も考えていたのよ?

 ユニ様やシュエット様のことも。


 ええ。私が気づかなかっただけで、知らなかっただけで、みんな、私の為にずっと動いてくれていたのでしょう?

 なのに私、一人仲間外れなのかしら、ってちょっと拗ねてましたのよ?

 寂しくて。――どうしてそうなっているのかなんて、考えもせずに。


「アリス様……ずっとパーティー、楽しみしていらしたのに……」

「……そうですな」

「私、自分のことしか、考えてませんでしたわ。なんて、恥ずかしい……」


 泣くまいと一生懸命上を見ながらぽつぽつ話す私に、爺やは穏やかに微笑んでそっと目尻に優しく触れました。

 不思議。

 拭うでもなくそっと触れただけなのに、スッと涙が吸収されたかのように消えました。時々思うのですが、爺やは魔法使いでは無いかしら……?


「アリス様は『パーティーにずっと出席し続けられませんが、よろしいのですか?』と問うた私に、こう仰いましたよ。――『三つも違う状況を楽しめるなんて、むしろお得です!』と」

「あら……」

「あの方は、どんなことでも楽しめる前向きなところがあるようですな」

「ふふ。……流石はアリス様ですわ」


 思わず微笑んでしまってから、目頭に集まっていた熱がゆっくりと体に巡ってくるのを感じました。

 嬉しい、というのは、こういうことなのでしょう。


「では、私は、アリス様をエスコートして差し上げないといけませんわね!」

「さて。それはどうでしょう。お嬢様がエスコートされる側だと、私は思いますぞ?」

「? どういうことかしら……?」


 いやだわ。爺やが意味深に笑っているわ。

 どうしてこう、うちの執事達は私に対していつも宿題を出そうとするのかしら?

 答えを教えてくださってもよろしくてよ?

 それにしても、アリス様の言う『三つの違う状況』って何かしら……?


「ところで、爺や。どうやってそんなに若作りな姿をしてますの? 私が知ってるお顔から皺が消えてしまって、別人のようよ?」


 私、あの深い皺も大好きなんですけれど……

 いえ、若いお顔も素敵ですわよ?

 ちょっと美形すぎてますけど。


「ふふふ。アリス様が秘薬を作ってくださいましてな。材料が特殊なうえ学園内部でしか採取できないものでしたが、ユニ様やシュエット様達のお手も借りて準備してくださったのです」

「まぁ……魔法学でそんな秘薬、習ったかしら……?」

「なんでも、特定の時に特定の行動をすると開く幻の店に行くことで聞けるレシピなのだそうです。条件が厳しいので今回を逃すと次は来年になってしまうとか」


 年一回の機会しかないレシピ!?


「そ、そんな貴重なものを……!?」

「ええ。私でさえそんな特定条件下の店で聞けるレシピなど存じませんでした。流石に学園都市での生え抜きの方は違いますな……恐ろしく情報通でいらっしゃいます」


 アリス様……頭脳明晰なだけでなく、ものすごく博識なのですね……!


「ただ、何故か、称えれば称えるほど申し訳なさそうなお顔をされてしまうのですが……時々『ズルしてるようなものですから』と仰っているのですが、お嬢様は意味がお分かりになりますでしょうか?」

「いいえ……? アリス様、時折、不思議なことを仰いますわよね……あ! もしかして、学園都市で生まれ育っておられるから、他の都市から来た方々に比べて情報を知りやすい、という意味で仰っているのかしら?」

「ああ、成程。それなら納得ですな。ですが、そういった情報を集められていることも称えられるべき手腕だと思うのですが……アリス様は、とても控えめなお方なのですな」

「謙虚で慎み深いのでしょうね。淑女の鏡ですわ」


 二人してアリス様のお心映えに感銘を受けていると、ツカツカと豪快な足音が聞こえてきました。

 ……いやだわ……慎み深くない方がいらっしゃったわ……


「ちょっと! なんで!? なんでここでリストに載ってない新キャラ連れてくるの!? こんなイベント、聞いてないわよ!?」


 マリア様の意味不明な金切声が、ようやくざわめきが戻ってきはじめていた会場に響き渡りました。





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