Voulez-vous danser avec moi ?
〇side:レティシア
ダンスパーティが近づいて来ました。
憂鬱な事情は変わりませんが、身体は順調にスリムになってきていますね。
このあたりは、流石は私の爺やと言ったところでしょうか。……毎回、心配そうに私の一部を見てくるのは業腹ですが。
それよりも、私には気になることがあります。
え? ベルナール殿下とマリア様?
ああ、相変わらずですね。たぶん、あの様子だとマリア様の頼みに折れて殿下は彼女のエスコートをするのではないかしら?
立場的に憂鬱ですけど、それよりも気になることがあるのです。
アリス様と爺やですわ。
最近、二人で何か真剣にひそひそしているのです。
……お二人で何をしていらっしゃるのかしら……
い、いえ、別に気にしているわけではありませんのよ?
ちょっと興味があるというか、私も知りたいというか、二人とも私が近くにいくと話を切り上げてしまいますし、何をしているのかしら……と、そう、ええ、気になるという程度で。
特別な何かではありませんわよね? ね?
ま……混ぜて……?
〇side:シュエット
本日のお料理はズッキーニとベーコンの塩レモン野菜パスタ。
食欲のない時でもついつい食が進んでしまう、魔法のようなお料理です。
私たちがいるのは、レティシア様の行きつけの店――『レテ』。
この『レテ』というお店は、数ある学園都市の食事処で最も美味しいと評判の所です。その店主は元々料理人ではなく、レティシア様の爺やさんだというのだから、世の中面白いものですね。
そうそう、私の名前はシュエットと申します。
フォンテーヌ侯爵家の次女で、レティシア様達と同じAクラスに在籍しております。後々のためと頑張って勉強した甲斐がありましたね!
レティシア様とは入学式の時にもお会いしておりまして、その時の縁もあって親しくしていただいています。
……恥ずかしながら、私、学園で迷子になっていたところをレティシア様に助けていただいたのですわ。
あの時の御恩をまだ返せていないのですが、レティシア様は覚えていらっしゃるでしょうか……?
いいえ、もしお忘れになっておいででも、私は忘れません。だから、何かレティシア様の為になることでしたら、喜んでさせていただきますわ。
そう――まずは目先の、ダンスパーティから。
「――ユニ様。首尾はいかがです?」
「完璧ですわ。――シュエット様は?」
「もちろん」
レティシア様とアリス様が楽しげに歓談されているのを見守りながら、私とユニ様は密かに進めている計画の段取りを確認しあいます。
私達が行っているのは、目下私達最大の悩みの種であるマリア様に対する備え。
そして、ダンスパーティへの備えです。
それにしても、マリア様という方はつくづく変則的な方ですわね……
あの方の周囲にいるのは、学園でも一目置かれるような方ばかり。なのに、その繋がりが全く分からなかったのです。
もっとも、アリス様の推理とご本人達のお話で私達はその『事情』を把握することが出来ましたが。
このことは爺やさんにも話してあります。
というか、今回のパーティでは爺やさんに是非力になっていただかなくてはなりませんからね!
レティシア様には内緒にしていますけれど、私達は今、打倒マリア様&ベルナール殿下を目標にしております。
決戦は夏のダンスパーティ。
絶対に勝ってみせますわ!
そのために私達も根回しをしておりますし、アリス様に至ってはご自身のことを完全に後回しにして邁進しておいでです。あの熱意と行動力、そしてこの計画を思いつかれた頭の良さには脱帽してしまいますね。
……何故か称賛すればするほど、いたたまれないようなお顔をされてしまいますけれど……
「『月の滴』は、この前アリス様と手に入れて来ましたけれど、『夜の滴』はいかがでした?」
「彼らと一緒に、アリス様の仰った方法で手に入れることが出来ましたわ。もう一つの『風の器』は……」
「そちらは私が手に入れてございますよ」
「まぁ!」
そっと声をかけられて、驚いてしまいました。
爺やさん。まるで気配が無いんですもの!
「? 爺や? シュエット様とユニ様も、どうかなさいましたの?」
「い、いいえ! なんでもありませんわ?」
「ズッキーニをパスタ状にして食べる方法をよく思いつかれましたわね、ってお話をしてまして……!」
「ふふふ。料理とは創意工夫でございます。たっぷりの野菜をとられることでお肌もよくなりますしな」
私達の声に、レティシア様は首を傾げながらも納得されました。
とはいえ、やはり不自然なものを察しておられるのか、困ったような寂しそうなお顔をされています。
つ……辛いですわね……これは……
ですが、ここで明かすことは出来ません。レティシア様は公正で心優しい方ですから、私達がしようとしていることを知れば胸を痛められることでしょう。
ここは心を鬼にして、秘密を保持し続けなくてはなりませんわ。
ああ、どうか。ダンスパーティでは、レティシア様の憂い顔が笑顔に変わりますように……!!
〇side:レティシア
学園都市、学園内、大庭園。
沢山の方を招くため、メインのダンス会場は庭となります。
庭といっても広大かつ優雅なもので、そこここに音を伝える魔道具が設置されていますから、楽団の音楽も隅々にまで届くことでしょう。
一般の方はすでにお庭を散策したり、設置されているテーブルからお料理を取って食べておいででしょう。
私達生徒はといえば、着替えを済ませた後、小会館のエントランスに集まっています。
と、いいますのも、外に出るためには二人一組のペアになって行かなくてはならず、最初からペアを組んでいる方以外は、こうして気になる方を伺いながら――男性はエスコートのタイミングを、女性は誘いのタイミングを計っているのですわ。
……もっとも、婚約者のいる私は「どうせ王子と……」という目で見られているので、誰からもお誘いいただけないわけですけれど。
……その王子が、マリア様に捕まってしまっているのですけれどね……
「レティシア様。今日は一段とお素敵ですわ」
咲き誇る赤薔薇のようなシュエット様がそう褒めてくださいます。
「シュエット様こそ、まるで薔薇の妖精のようですわ」
「レティシア様こそ。月の女神のようですわ」
頬を染めてそう仰ってくださるシュエット様こそ、とても美しいと私は思います。
学園に入ってからは着飾ることもほとんどありませんでしたけれど、久しぶりにドレスを纏いますと、様々な意味で身が引き締まりますわね。
……ええ、コルセット的な意味でも……
「シュエット殿。こちらにおられたか」
二人でとりとめもない話をしていると、立派な風采の方が近づいて来られました。短く刈った黒髪の、逞しい殿方です。
……あら? この方は確か……
「エリク様、お探しくださったのですか? 申し訳ありません。レティシア様、こちら、バルバストル家のエリク様です」
ああ! やっぱり!
「レティシア殿にはご機嫌麗しく。父が後ほどご挨拶に伺いたいと申しておりました」
「光栄ですわ、エリク様。以前のように剣の稽古をつけてはいただけませんでしょうけれど、お父様にはまた戦術についてのお話をお聞かせいただきたいものです」
「……。お変わりありませんね」
何故かしみじみと見つめられた後、エリク様に苦笑されてしまいました。困ったような途方に暮れたような、不思議なお顔ですわね?
「言った通りでしょう?」
「……ああ。俺の目は節穴だったらしい」
「目隠しをされていただけですわ」
?
シュエット様とエリク様、また仲良くなられたのかしら?
マリア様のこともあって、少々ぎこちなくなっていらっしゃったようですけれど。
何はともあれ、仲が良いのはいいことですわ。
「もしかして、お二人はパートナーでいらっしゃいます?」
ふと気づいてそう問うと、シュエット様は嬉しそうに頷かれました。
あら!
あらあら!
うふふ。これは嬉しいですわね。あらまぁ、エリク様も照れていらっしゃるの? あらあらうふふ。
「それでは、エリク様、シュエット様のこと、よろしくお願いいたします」
「心得ました。――ですが、その……」
「?」
丁寧にお辞儀したエリク様が、ちょっと困ったようなお顔で周囲を探されます。
「……殿下は、いらっしゃらないのですか」
心持ち声を潜められたエリク様に、シュエット様が目を吊り上げ、私はなんとも言えない気持ちで微苦笑を浮かべます。
「『パートナーがいない女性をフォローするのも王子の務め』だそうですから」
「レティシア様のパートナーでいらっしゃるのに……!」
「明文化された規則ではありませんからね。一般的だというだけで、強制力は無い、というのがあちらのお言葉ですわ」
声には出さずに憤慨していらっしゃるシュエット様に、私は出来る限り穏やかに言葉を伝えます。
一応、前もってパートナーとして出ることは出来ないと伝えられてましたし、妙にショックは薄いのですけれど、外聞が悪いことには違いありませんわね。
……お父様達が怒らないといいのですけれど……
「ある意味、お父様がいらっしゃらなかったのは良かったかもしれませんわ……」
「閣下がいらっしゃったら、それを口実にレティシア様の方からお断りして良いかと存じますわ」
「シュエット殿……」
「エリク様。私、もう、殿下には愛想がつきましたの。我が侯爵家も同意見ですわ」
困り顔のエリク様に、シュエット様は小声ながらハッキリとそう仰います。
エリク様が私をチラッとご覧になったので、私も目線で不安を訴えておきました。
「シュエット様。殿下もまだお若いのですから」
「……レティシア様は大人すぎます……ことこの件に関して、殿下を非難しても誰からも文句は言われませんわ」
「……殿下には、俺からも言ってはおいたのだがな……」
「まぁ……エリク様、それは……」
困り顔のままでいるエリク様に、私は困惑してシュエット様に視線を向けました。
……あら……シュエット様。何故、当然ですわ! と仰りそうなお顔ですの?
もしかして、ご存じでしたの……?
「ああ、こちらにおいででしたのね!」
「やぁ、間に合いましたね」
私が首を傾げていると、後ろからユニ様達がおいでになりました。
まぁ! 白いドレスが良く似合っていらっしゃるわ!
「ユニ様。可愛らしいですわ!」
「レティシア様こそお美しいですわ……! それにシュエット様も華やかでお素敵です。エリク様、シュエット様をよろしくお願いいたしますわね」
にこにこ顔のユニ様に、エリク様は若干及び腰になりつつ頷かれました。
……なぜ、及び腰なのかしら……
それに、ユニ様と一緒にいらっしゃったのは――
「もしかして、クルト様でいらっしゃいますか?」
「ええ! 名を知っていただけているとは思いませんでした。デュシャン家のクルトです。どうぞ、お見知りおきを」
「アストル家のレティシアと申します。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたしますわ。デュシャン家のお方とは、以前、食事についてのお話をお聞かせいただいたことがありますから、よく存じております。ユーミール様は料理の天才ですわね」
「母をご存じでしたか……! あれ……もしかして、母と文通しているアストル家の方というのは……」
「あ、それは私の爺やです。私も時々お手紙をさせていただいておりましたけれど」
意外なところで繋がっているのをお知りになったクルト様が、「あ~……」と天を仰いでいらっしゃいます。
……なんだか、思っていた以上にコミカルな方ですわね?
「うわぁ……それ知ってたら、絶対誤解しなかったのに……」
「だから言いましたでしょう?」
「うん。ユニの言う通りだよ。そうだよね。美味しいものが大好きな人に悪い人はいないよね」
そうでしょうとも、と大きく頷いているユニ様ですが、私はお話しについていけていなくてとても寂しいですわよ……?
「クルト様はユニ様のパートナーでいらっしゃるのですね?」
「あ、はい。今日は噂の料理人の方がおいでになっていると聞きまして、二人でその方の料理探しもしようと考えているんです。宝探しの気分ですよ!」
……もしかしてそれ、爺やの料理かしら……
「ところでレティシア様、殿下は……」
「言わずもがな、ですわ」
ふと声を潜めてお尋ねになるユニ様に、私は苦笑してみせます。ユニ様は盛大に顔をしかめられました。
「……殿下の株は大暴落ですわ……」
「むしろ、パートナーを奪われた私の株が大暴落かもしれませんわよ?」
くすくす笑ってそう言うと、とんでもない! という目で怒られました。
「レティシア様。あの方のお振る舞いはすでに王宮でも問題になっているのですわ。……それにしても、よくここまで傍若無人に振る舞えるのか……」
ユニ様が嘆息をつかれた時、ふいにどよめきが起こりました。
声の方を向くと――ああ、殿下ですわね。相変わらず、小動物のように腕にマリア様をとまらせておいでですわ。
「……最低」
「……最悪」
ユニ様とシュエット様が絶対零度の気配をされておいでです。
……やだ……寒気が……
周囲の方が私の方をチラチラ見てくるのが少々辛いところですわね。分かっていたことですけれど、悪目立ちもいいところです。そしてマリア様が妙に勝ち誇ったみたいな顔をしていらっしゃるのですけれど、いったい誰と何の勝負をしていらっしゃるのかしら……?
「ねぇ……あの方、なんでわざわざこちらに来ようとしてますの……?」
「空気読めないんじゃありません?」
「流石に殿下はちょっと戸惑ってますね……」
「まぁ、わざわざ近寄ろうとは思わんだろう。普通は」
ユニ様、シュエット様、クルト様、エリク様の順に感想をのべておいでですが、確かにマリア様、何故か私達の方へ歩いてきてますわね。ベルナール殿下を連れて。
私達、別に親しくなかったと思うのですけれど……
「それよりも、どなたか、アリス様をご覧になりませんでした……? 着替えの時から姿が見えないのですけれど」
「アリス様ですか?」
意気揚々と歩いていらっしゃるマリア様は放っておいて、私はずっと気になっていたアリス様のことを尋ねます。
ユニ様がにこっと微笑まれました。
「アリス様は今、完璧な準備を整えておいでですわ!」
「まぁ! では、もうお着替えに? うふふ。きっと可愛らしいでしょうね……早くおいでにならないかしら」
「皆で選びましたものね! アリス様にはあの淡い色のドレスは良くお似合いだと思います。髪飾りも良くお似合いでしたし!」
「出来たら首飾りも揃えたかったのですけれど……それは次の機会の楽しみにいたしましょうか。秋のドレスの時にはフルオーダーですわ」
「レティシア様、本当にアリス様がお好きですわねぇ」
「アリス様、お可愛らしいんですもの」
着飾ったアリス様を想像して楽しい気分でいると、カツ! と妙に高い足音がしました。
あら。
マリア様、傍に来ていらっしゃったの?
?
どなたに会いに?
「……いえ、私じゃないと思いますよ」
「俺でもないと思います」
「私、友達ではありませんから違いますわ」
「私もです」
何故か微妙にひきつった顔のマリア様と、無表情ながら微妙に困惑してそうな目のベルナール殿下の様子に、私は誰かに会いに来たのかと周囲を見渡しましたが周りには苦笑されるばかり。
「私もですけれど」
首を傾げつつ、視線をマリア様に戻すと――
あら……顔が赤くていらっしゃいませんか……?
どうなさったのかしら……
「お風邪でも召されましたの……?」
「誰が……!! 違うわよ! 馬鹿にしてるの!?」
「?」
よく分かりませんわね……
もう一度首を傾げつつ、ベルナール殿下に視線を向けると、ちょっと逸らされました。あらまぁ。
流石にそれはどうかとご自分でも思ったのか、すぐにこちらに視線を向けてこられます。
「……誰かのおかげで、パートナーを得られないという話だからな。マリアの相手をすることになった。そちらは好きにするといい」
「?」
意味の分からない言葉に首を傾げる私の横では、ユニ様達が「よくもまぁ恥知らずな」と呟いていらっしゃいます。怖いですわよ、ユニ様。
「そういうことですので! ごきげんよう!」
「? ごきげんよう」
何故か鼻息を荒くしたマリア様が得意顔に戻って胸を張られました。
……いやだ……胸がすごく揺れていらっしゃるわ……
妙に胸を強調したデザインのドレスですのね。そちらの方に目がいってしまいますわ。ええ。別にくやしくはありませんのよ? 羨ましくもありませんのよ?
「……どうして目線が違う場所にいってるの!?」
あら。マリア様が目くじらたてていらっしゃるわ。
でもそのドレス、胸が強調されすぎてて、すごく、目がいってしまうのですもの。
笑って誤魔化して手を振ってさしあげたら、殿下を引きずるようにして踵を返されましたわね。殿下、殿方なんですからエスコートはしっかりなさいませ。
「レティシア様、強いなぁ……」
「違う意味で強いな……」
何故かクルト様とエリク様が苦笑していらっしゃいます。
よくわかりませんけれど、褒められたのかしら?
「でも、周囲の好奇の目がちょっと嫌だね。……殿下もなんで気づかないかな……」
「あなたも私が言わなかったら気づかなかったじゃありませんか」
「う。それは言われるとつらいところ」
クルト様がユニ様にわき腹をつつかれておいでです。
それにしても、クルト様、お痩せになりましたわねぇ……今日、お会いした時に一瞬誰だったか分からなかったほどでしたものね。前はふくふくとしたぽっちゃりさんでしたのに、今はスリムになられてしまって。
……ユニ様、あのふくふくお腹が好きだと仰ってたけれど、スリムになっても好きなのね? うふふ。
「皆様もお庭に行ってらっしゃいませ。せっかくのパーティなのですから」
「いや……」
「ですが……」
顔を曇らせた女性陣二人の横で、男性陣も困り顔をされました。
もしかしなくても、私を気遣ってくださっているのでしょう。
「私のことは良いのですよ。王宮のパーティではあるまいし、決められた相手とでないといけないわけでもありませんから」
いっそこっそりテーブル周りをうろついて食事三昧というのも手ですわね。爺やの料理探しなら私にお任せあれ。匂いだけで一発ですわ。
「爺やの料理も楽しみですわね」
私の声に、ユニ様達が微苦笑を浮かべられた時、
ザワリ、と、
先にも増して周囲の気配が大きく揺れました。
「あ……」
何かしら、と振り向くより早く、ユニ様達がぽかんと口を開いて棒立ちになられました。何かとても意外な方でもいらっしゃったのかしら。
まさか料理帽を被った爺やとか?
いえいえ、まさか。まさかね?
「……」
ちょっとワクワクして振り返り、私もぽかんと棒立ちになりました。
通路の方からやってくる長身の男性。
逞しい身体。
恐ろしいほど整ったお顔。
お年は二十歳を少し過ぎた頃、でしょうか。
金とも銀ともつかない髪をなでつけたその方は、絶対に学生ではありえません。いたら学園中の噂になっているはずです。
なにしろ、とんでもない美男子です。殿下達も美形でしたけど、こう言ってはなんですが格が違います。
綺麗な女性を「傾国の美女」と言いますけれど、美男子の場合はどう言うのでしょうか。
なんにしても、とてつもない美形なのは確かです。
なんていう悪目立ちっぷり。しかもまっすぐこちらに向かってきます。
「れ、れ、れ、れてぃしあさま」
「あ、あの、あの、あの」
ユニ様とシュエット様があわあわと私の腕を引っ張ります。
落ち着いて。
大丈夫だから落ち着いて。
別に猛獣でもなんでもないから。
私は顔が笑ってくるのを意識して抑え、腹に力を入れて立ちます。
――まったく。何をどうやってそんな姿になっているのか。
それに、お仕事はどうしたの?
「遅くなり申し訳ありません」
耳元で囁かれたら腰が砕けそうな美声で、その美男子が私に告げました。
周囲が思い切りどよめきましたが、もう知ったことですか。
私はニッコリと微笑みます。
「お仕事はよろしいの?」
「今だけは、代わっていただいておりますので」
私の態度にちょっと目を瞠り、びっくりするぐらい優しい笑顔でその方は微笑まれました。
……いやだ……周囲の他の方が失神しはじめましたわ……
大丈夫かしらコレ。私のせいになったりしない……?
「私の手をとっていただけますかな? お嬢様」
惚れ惚れするような仕草と甘い笑顔で手を差し伸べる男性に、私は笑みを深くして一歩を踏み出します。人目が無ければ足を踏んでさしあげるところですが、やめておきましょう。流石に注目が酷いですわ。
けれど――
「喜んで」
道中、色々聞かせていただいますわよ。
――爺や。