太った……!?
〇side:レティシア
「……太りました……」
そうアリス様が仰ったのは、いつものように『レテ』で昼食をとっている時でした。
私たちは思わずピタリと動きを止めてしまいます。
ああ、アリス様……あなたはなんて、言ってはいけない一言を……
「ア、アリス様、全然そんな風には見えませんわよ?」
「いえ、シュエット様……服で誤魔化せているんですけど、私……お腹が出るんです……」
「ううっ」
アリス様の赤裸々な告白に、シュエット様とユニ様が揃って呻かれました。
かくいう私も目が泳ぎます。
ああ、アリス様……なんて素直に気づいてはいけない部分の指摘を……
「じ……実は私も……」
「こ……このところとても食が進みましたからね! え、ええ……その、私もです」
なんということでしょう!
シュエット様とユニ様も告白なさいました!
待って!? そんな目で私を見ないで!?
「……わ……」
私は震えながら口を開きました。
ええ言うのは非常に勇気がいりますけれど、出来れば言いたくありませんけれど……一人だけ嘘をつくわけにもいきません!!
「私も……このところ、お腹が……」
「レティシア様!」
全員、涙で潤んだ目で見つめあいました。
なんという一体感でしょう。問題は非常に切ないものがありますが。
私達の心は、今、一つです。
「いただくもの全てが美味しいのですもの……!」
「ついつい食べ過ぎてしまうのがいけないのですわ」
「爺やさん料理最高ですしねー」
「食が進むのは良いことなのですけれど……。普段ならともかく、ダンスパーティが近づいているのが問題ですわね」
「それですわ」
私の声に、全員がコックリ頷きました。
学園に入学してはや三か月。
お披露目も兼ねたダンスパーティが夏に行われます。
全校生徒はもちろん、街の方や来賓の方も参加される大掛かりなものですから、私達もドレスの新調に余念がありません。学園からもある程度の貸し出しはありますが、やはり自分のドレスは家で用意したいというのがありますからね。……主に実家の名誉の為に、ですけれど。
ちなみに、アリス様のドレスは私が用意することになっています。
うふふ。きっと可愛らしいと思うんですのよ、最新のレースをあしらったドレス!
卒業までパンはアリス様のお手製を頂くということで取引完了しておりますから、アリス様も胸を張って着てくださいませ!
「デザインも決まっていますから、体をドレスに合わせるよう調整しないといけませんわね」
「あたしも頑張ります!」
「ふふ。アリス様、明日は髪飾り選びをしましょうね!」
「ま、まだあるんですか!? 髪飾りはいいですよ……っ」
「駄目です。私、ぜひ一緒に見たいカタログがありますの! きっとアリス様に似合いますわ!」
「レティシア様、アリス様に似合う可愛いのを選んでくださいましね!」
「お任せあれ!」
アリス様は真っ赤になってますけれど、ごめんなさいまし、諦めてくださいませ。
私達、今、アリス様を着飾ることに燃えているのですわ!
「でも、そのためにも問題はこの下腹部……」
「ええ。大問題ですわね……」
「どうやって減らしましょうか……」
「由々しき事態にございますな」
「ええ本当に……」
「……」
……。
爺やーッ!!
「!!!」
声もなく硬直している私達の視線の先で、爺やは神妙な表情で立っています。
あなたいつ来ましたの!?
そしてしれっとデリケートな問題に参加するのおやめなさい!
「皆様の重大なご事情、理解してございます。私もここ最近、多少気になってはおりましたが、僅かの差異も無さそうだと思い気のせいだと思いこんでしまいました。配慮が行き届かず、申し訳ありません」
爺や。
ちょっと爺や。
あなた今、どこを見て「僅かな差異も無い」と言いましたの!?
しおらしい顔したって許しませんわよ!?
どうせ私の胸は全くサイズが変わっていませんわよ!!
「私も協力いたしましょう。食事に関しましては今までとは違ったメニューをお届けすることとなります。少々、脂分が減りますので物足りなくなるかもしれませんが、ご満足いただけるよう誠心誠意努力させていただきます」
「まぁ!」
「爺やさん……!」
「流石爺やさん、頼りになる!」
目を輝かせるユニ様、シュエット様、アリス様の声に、お任せくださいとばかりに微笑む爺や。
相変わらず恰好いいですわね。ええ、口に出してはいいませんけれど。
そしてチラッとこっち見るのおよしなさい。
あなた最近あちこちから褒められてるんだから、私が褒めなくってもいいでしょ!? ふんだ!
「あと、現在のお体が備えていらっしゃる部分に関してですが……」
爺やの声に、私たちは一斉に自分のお腹に触れてしまいました。
く……なんという罠かしら……
「授業で体を動かすことも多いですから、そこまで気になさることもないと存じます。ただ、そちらの部位に関してでしたら、簡単に続けられて効果のあるものがございます。寝る前に腹筋を十回、毎日行ってください。それで随分と変わりますから」
「十回……?」
「え。それだけでいいんですか?」
目をぱちくりさせるユニ様の隣で、アリス様がびっくりした声をあげられます。
ええ。気持ちはわかりますわ。たった十回でいいだなんて……
「劇的な効果を期待されるのでしたら、回数を増やされることも検討されてよろしいかと。けれど、僅か十回でも毎日続けることで維持されるものもございます。それに、何十回としないといけないのと違って、十回でしたらわりと簡単に続けられるのでございます。これはズボラな使用人にも有効でしたから、皆様のようにしっかりとした方々であれば間違いなく続けられるかと」
「……もしかして、うちの庭師のお腹がスマートになっていったのって……」
「ええ。毎日行うように指導してからですね。三年かかりましたが、今、あの通りです」
「あのぽっちゃりさんが……!」
子供の頃にふくふくしていた庭師のお腹を思い出し、私は目を輝かせました。あの効果が一日寝る前十回腹筋だというのなら、やる価値はかなりありそうですわね!
「もちろん、すぐに効果が出るわけではありませんが。続かないものを始めたりするよりはよろしいかと。健康にも役立ちますからな」
「そうですわね」
「そしてパーティでございますか……皆様のお姿は、それはそれはお美しいでしょうな……」
穏やかに微笑んでそう言う爺やに、ユニ様達が何故か私をチラチラ見つつソワソワされます。
あら……何かしら……?
「あの……爺やさんはパーティーにお出になりませんの?」
「学園のパーティに、でございますか?」
「ええ。街の人なら皆参加可能なんです! 学生のエスコートのこともありますし」
「家族や身内の人がエスコートするのがほとんどですから」
「特に一年目は家族の方が多いですわ」
「そういえば、旦那様がスケジュールがどうと仰ってましたな……」
ユニ様とシュエット様が妙に熱心に話しかけるのを聞きながら、私とアリス様はそろって憂鬱顔になりました。
そう、パーティーのエスコート役。
これがまたちょっと、今、悩みの種なのですよね……
「昨日の連絡では、旦那様は仕事の都合で来られないと仰ってました。お嬢様は婚約者の方がおられますからな。旦那様も仕方がないと諦めておられましたよ」
「え!?」
「閣下はおいでになれないのですか!?」
爺やの声に、ユニ様とシュエット様が一転して真っ青になります。
ええ……私もつい昨日、それを聞いて頭を抱えましたわ。
気にしてませんから、お二方とも、そんな顔をなさらないで?
「あ、あの、爺やさんは出られませんか?」
アリス様のお声に、爺やはふんわりと微笑む。
「実は私、運営の方から料理の方でお手伝いしてもらえないかと依頼を受けておりまして。店の者総出で行くことになっているのでございます」
「料理の方へ!?」
ああ、最後の綱も切れましたわね。
「そんな……閣下も爺やさんもおいでになれないなんて……」
お三方の愕然とした顔に何かを察したのか、爺やは私を見て声をひそめます。
「? 私は大変気に入りませんが、殿下がおられますでしょう?」
ええ、爺や。
その殿下が問題なのですわ。
あと、気に入らないと言うのはおやめなさい。誰が聞いているか分からないのですよ。
「公の場のルールというのを無視する方がおられますので、如何ともしがたい状況になっているのですわ」
「およしになって。……爺や、なんでもありませんわ。あなたは気にしなくてもよいのです」
憤懣やるかたないといった風情のユニ様をやんわりと止めて、爺やに笑顔で告げておきます。
爺やは落ち着いた佇まいに反して行動力がありすぎるところがありますからね……
それにしても、殿下はいったい何をどう考えて動いていらっしゃるのやら……
人の心は分からないもの。慮ることが大事と習ってきましたけれど……あんなに全く分からない方も珍しいですわね。
まさか、公的な立場の大事さを全く理解していない――なんてことはないとおもいますけれど……
今度きちんと尋ねておいたほうがいいかしら……?
マリア様と関わられてからこっち、頭の痛いことばかりですわね。