戦況が動く時
アイオワ級戦艦が有するMk.7 16インチ50口径砲と、SHS砲弾であるMk.8徹甲弾の特徴と言われれば何か。16インチにしては長射程なことか、質量に任せた装甲の貫通力か。この状況においては高初速で重い砲弾を撃ち出せることだ。
急速に接近し、今や15㎞しか離れていないこの場面で、アイオワ級の放つ砲弾はそれほど初速を落とすことなく、あまり落角を付けることなく、『紀伊』の舷側に命中していく。その威力は、『大和』が放つ46㎝砲弾と大差なかった。互いに1射目で命中弾を得た3隻は、おおよそ30秒毎に破壊を生み出し、破壊を受け入れた。
「被害報告!」
数発の被弾で『紀伊』は右舷の高角砲がゴッソリ削り取られる。
「ダメージレポート!」
1発の被弾で『ニュージャージー』の船体に大穴が空き、火災が発生する。
『アイオワ』が放った第5射は、『紀伊』に対して初めて明確な被害を与えた。
1発のMk.8徹甲弾は、迫りつつあった水雷戦隊を牽制していた右舷の20.3cm副砲をほぼ正面から貫通し、後面の装甲を半ば貫通途中で炸裂した。
砲塔内の揚弾され装填中だった砲弾と装薬が反応し、貫通してきた徹甲弾と合わせて砲塔内部の人員を全て殺傷した。破片と爆発の勢いはそれに留まらず、砲口と貫通してきた正面の破孔からエネルギーが逃れようと炎を噴き上げさせた。
この被弾は生き残っていた何基かの高角砲にも被害を及ぼし、燻る黒煙が高角砲の視界を遮り射撃を困難にさせた。
「効いているぞ、このまま押し潰せ!」
この状況において、ハルゼーは言葉こそ強気だったが、内心では珍しく弱気だった。それは、現在の『ニュージャージー』の状況を見れば仕方のないことだ。
主砲こそ全基無事であったし、射撃装置や測距儀など射撃に関する装置も問題ない。
だが、ここまでに『ニュージャージー』は5発の51㎝砲弾を浴びていた。4発はハルゼーのいる艦橋と第三砲塔の間に集中していた。
2本ある煙突は後方の1本が完全に倒壊し、煙路に近い艦内部には高温の煤煙が充満していた。被弾により小規模の火災が発生していたが、その煤煙によりダメージコントロール班は近づけないでいる。レーダー塔も完全に破壊され、両用砲や機銃も左舷の前部煙突から第三砲塔まではほぼ全てスクラップと化した。
残りの1発は、艦首に命中した。左舷から入り右舷へ過貫通するが、右舷の喫水下へ脱出した直後に遅延信管が炸裂した。その勢いと速度から多量の浸水を招き、懸命なダメージコントロールが行われている。
そして、その時は突然訪れた。
「グアッ!?」
何度かの主砲弾や副砲弾の被弾にある程度慣れたハルゼー以下『ニュージャージー』の乗組員を、一際大きな揺れが襲った。
この命中弾を放った時の射撃は、副砲の爆発もあって僅かに狙いよりずれていた。よって、それまでよりも全弾が20mほど手前に落着した。
だが、浅い落下角で海面に着水した9発のうち5発は、上手く被帽が外れて水中弾となって勢いがあるままに『ニュージャージー』への残り20mを走破した。
そのうち1発は艦尾後方を通過し沈んだが、4発は魚雷の様に『ニュージャージー』の横っ腹に突き刺さる。
1発は艦尾に命中し、中まで侵入して炸裂。4本あるスクリュー軸のうち左の2本を完全に破断させた。
3発は中腹に並んで命中し、いずれも機関部を破壊する。『ニュージャージー』の後部煙突がほとんど排煙機能を失っていたことで、砲弾の爆発とボイラーに熱された水蒸気が行き場を無くし、艦内を駆け巡った。
そして4発の命中箇所は同時に、急激に海水が侵入する流入口となる。
「後部弾薬庫が危険域まで温度上昇!」
「後部弾薬庫注水!」
「注水開始!」
「艦長、艦の傾斜が急速に増加しています!」
戦艦同士の殴り合いは、まさに保たれていた均衡が破られようとしていた。
そしてそれは、他の場所でも起こりつつあった。
金剛型戦艦2隻、利根型重巡洋艦2隻は米重巡洋艦8隻を相手取っていた。砲撃能力を重視するノーザンプトン級、ニューオーリンズ級、更には最新のバルティモア級をも含む。金剛型はともかく、『利根』『筑摩』は被弾を重ねていき、高角砲、水上機吊り下げクレーン、主砲塔がスクラップと化し、目に見えて劣勢になりつつあった。このまま押し切られるかと思われたが、ある時戦況が大きく動く。
前後に4隻ずつの2戦隊が布陣していたうち、後方の重巡洋艦隊の先頭を行く『クインシー』の艦首が突如として持ち上がり、千切れ飛んだ。その後ろの『ニューオーリンズ』は、艦橋の前と第3砲塔より後ろの左舷に水柱が立て続けに起きる。収まった後は、破孔から猛烈な勢いで海水が流れ込んだ。その後ろに連なる『ミネアポリス』『タスカル―サ』にも九三式酸素魚雷が突き刺さる。『ミネアポリス』には浸水と火災が同時に発生して艦を蝕み、『タスカル―サ』は前部弾薬庫に引火し、三度四度、閃光と共に有り余るエネルギーが放出される。
『大井』『北上』は戦闘開始直後、計40射線もの魚雷を放った。「面」となって進む魚雷は米重巡洋艦隊を絡めとり、一気に4隻を戦闘不能に陥らせた。
こうなると、金剛型2隻と残った米重巡洋艦4隻との戦いとなるのだが、一挙に戦力を半減された米側の心理的影響は大きい。また、自分たちも魚雷攻撃を受ける可能性があり回避運動を余儀なくされた。
米重巡洋艦隊の射撃は精彩を欠く。回避行動を取っていたのもあるが、比較的小さいとはいえ35.6cm砲弾は、大型の巡洋艦であってもそれ1発で大きなダメージを被る。
先頭の2隻は度重なる主砲弾の被弾により既に満身創痍。後方の2隻はまだマシだったが、副砲の猛射を受けて小破している。
対して、『榛名』と『霧島』も甚大な被害を負っていた。
元々が装甲巡洋艦に毛が生えた程度の装甲しか持たない。大改装で装甲を厚くしたのもあって、現在のおよそ10km程の砲戦距離では8インチ砲弾はバイタルパートであれば辛うじて防ぐことが可能だ。
だが、それ以外の非装甲区画は貫通されてしまう。『榛名』と『霧島』は、跳弾や不発弾を除いてもそれぞれ20発は被弾していた。何発かの水中弾も受けて浸水が発生しており、小規模な火災も各所で起こっている。
どちらが先に音を上げるか、我慢比べを繰り広げる。
水雷戦隊同士の戦いは、最も混迷を極めている。
アトランタ級軽巡洋艦2隻から釣瓶撃ちされる4インチ砲弾により、『長良』は全身を穴だらけにされ、大火災を起こしていた。まだ微速で前進こそしていたが、総員退艦が発せられて次々と海へ人々が飛び込んでいく。
しかしその仇を討つかのように、駆逐艦『時津風』が放った魚雷がアトランタ級軽巡洋艦の改良型である『リノ』に命中、艦が真っ二つに分かれて轟沈する。
『初風』は舵が故障して米艦隊の目前に単艦で突出してしまい、フレッチャー級駆逐艦の『ハドソン』は艦橋の被弾で艦長以下主要人物が戦死し下士官が指揮を執っている。
損傷を負っていない艦は双方でほとんどいないし、相手に損傷を与えていない艦もほとんどいなかった。
『ニュージャージー』は51㎝砲弾の洗礼が続けて浴びせられる。
「第一砲塔に命中弾!不発だったようですが砲塔内で死傷者多数、砲撃不能!」
「舷側に被弾し、浸水が加速している模様!」
「先ほどの被弾で海図室全滅!」
「艦の傾斜が8度を超えた!なおも傾斜拡大中!」
「機関部への浸水拡大してます!」
51㎝砲弾は、第一砲塔に命中したものは分厚い装甲を貫通している最中に弾体が割れて破損したため、不発弾となった。だが砲塔内部まで達すると、弾体や割れた破片が人員や機器目掛けて砲塔内を跳ねまわった。
甲板に命中したものは浅い角度のせいで弾かれるが、舷側や構造物に命中した砲弾はもれなく内部に侵入して破壊をもたらす。
『ニュージャージー』の命運が尽きるのは最早誰の目にも明らかであり、乗組員にとって問題なのは、いつ尽きるのか、そして自分は生き残れるかだった。
昨年のミッドウェー海戦以来、そして初めてとなる米新造戦艦の撃沈を目前に控えた『紀伊』であったが、その代償は重い。
「水上機格納庫で火災!内火艇格納庫にも延焼中!」
艦尾に命中した『アイオワ』の砲弾が格納庫に侵入して炸裂、搭載していた零式観測機を破壊し僅かながらも燃料に引火する。隣接する内火艇格納庫にも火が迫っている。
そしてついに、
「敵弾がバイタルパートを貫通!機関に損傷あり!」
「速度落ちます、現在22ノット!」
「アメさんも、思ったよりやるなぁ」
猪口は敵アイオワ級の攻撃力、命中度に少しばかり驚く。接近して射撃精度が上がったのか、『ニュージャージー』の敵討ちに燃えているのか、『アイオワ』は運に恵まれていたのかもしれないがこの海戦で恐ろしいほどの命中率をたたき出していた。
しかし、それ以上に猪口が舌を巻いていたのは『紀伊』の防御力だった。
度重なる被弾で右舷の副砲や高角砲はほぼ全滅していた。数か所で火災が発生しており、延焼の危険もある。舷側に空いた破孔から若干の浸水も発生しているが、防御方式のお陰でダメージコントロールは順調である。
この時の被弾数は11発だった。『長門』であればこの時点で中破以上、下手をすれば大破漂流という憂き目にあう。『大和』でも中破しているかもしれない。
それに比べて、『紀伊』にはやっと1発が重厚なバイタルパートを貫通し、機関部に若干の損害をもたらしたのみだ。
砲塔や弾薬庫に至っては健在そのもので、今もなお景気よく主砲を撃てている。敵の最新鋭戦艦2隻を相手して1隻と引き換えにこの被害であれば十分におつりがくる。
「次の命中弾が出たら敵二番艦を狙え」
「ハルゼー司令、もうこの艦は長くありません。脱出の準備をお願いします」
傾いた艦橋で艦長は神妙な面持ちでハルゼーに告げる。
「そのようだな、貴官らはよくやった」
ハルゼーは悔しさに顔を歪める。レイ、お前が言うとおりだったよ、あの戦艦はとんでもない。アイオワ級2隻で相手をしても互角以上に戦うなんてな。
艦長が総員退艦を告げるために艦内放送をしようと電話に手を掛けた時だった。
この時の『ニュージャージー』は浸水によって左舷に大きく傾き、僅かながら針路が左にずれていた。
そこに、先の射撃でわずかに手前に砲弾が落ちたことから少しばかり仰角を上げて放った『紀伊』の砲弾が迫った。
これにより放たれた9発のうち7発は『ニュージャージー』の奥に落ちる。
残りの2発のうち1発は煙突のあったあたりから煙路に侵入、幾度か跳ねたり突き抜けたりもボイラー室にまで到達した。直撃したボイラーはアイオワ級の高速性を実現するための高圧なものであり、砲弾の炸裂で大きく損傷する。損傷だけならまだよかった。
張り巡らされた配管などが割れ、ボイラーの燃焼室に大量の水が入り込む。高温で急に熱された水はすぐさま1700倍の体積に膨らみながら水蒸気へと変化する。
こうして起こった水蒸気爆発は『ニュージャージー』の沈没を決定的なものとした。
そして、最後の1発は艦橋に、ハルゼーがいる場所より3層下に命中した。
爆発の勢いは横と上に走り、ハルゼーの立つ場所の僅かに後ろで床の鉄板が捲り上がり、熱風と破片が乱舞する。
「何が……起こった……!?」
ハルゼーはほんの数十秒気絶していた。目が覚めてみると、景色は一変している。視界は赤く、血に染まっている。全身が熱い。
かすれた視界には死屍累々の有象無象が折れ重なっている。誰も、ピクリとも動かない。
ハルゼーも、足を動かそうとしても動かなかった。辛うじて上体を起こすが、それまで不思議と感じなかった激痛が走り、血溜まりに手を取られて滑ってしまう。
「誰…か……、いない…か…!」
何とか声を絞り出す。誰も来ないかと思ったが、バタバタと足音が聞こえてきた。
「ハルゼー司令!大丈夫ですか!?」
入ってきた下士官らしき男がハルゼーを抱きかかえる。
「君は…?」
訪ねられた下士官は敬礼をして答える。
「ジョン・F・ケネディ!階級は大尉であります!」
「ケネディ大尉、伝令を頼む。総員退艦を艦全体に伝えてくれ、俺はもうダメだ、放っておいて良い。それから…」
ハルゼーは一度言葉を切る。そして
「私の親友、スプルーアンスに伝えて…くれ。『レイ、君ならできる、あとは任せた』」
ケネディがハルゼーを横たえさせ敬礼をすると、ハルゼーも小さく返礼をして頷く。遠ざかっていく後姿を、ハルゼーは薄れゆく意識で見つめていた。
「敵駆逐艦4隻、距離4000!なおも接近中!」
味方の崩れた一角から敵駆逐艦が突破してきた。防衛手段は副砲だけとなったが、砲撃戦によってまともに使える副砲はほとんど残ってなかった。
「敵駆逐艦の動きに注意!」
「左に当て舵を取れ!」
針路を曲げない程度に舵を取る。ここで回避行動をしても良いのだが、できるだけ残った敵戦艦に打撃を与えておきたかった。
「海面に探照灯照射!」
暗い水面に強烈な光が照らされる。
「2時の方向雷跡!数4!」
「取り舵一杯!」
舵輪が回されると『紀伊』は思いのほか早く旋回を始める。だが速度が出てないせいか完全に艦が旋回を終えるまで時間が掛かる。
少しばかり、遅かった。
「魚雷2、直撃します!」
『紀伊』は久しぶりに魚雷を食らった。
1本は艦の中央に命中したが、角度が急すぎて信管が反応せず装甲版に弾かれて明後日の方向に迷走し始めた。
しかし、もう1発は艦尾に命中した。これは既に艦尾で発生していた火災の勢いを増させることとなる。
「更に後方から魚雷接近!至近!」
探照灯で照らされた視界の外から、更なる魚雷が接近してきた。
2本が立て続けに同じ場所に命中する。これは運の悪いことに、4つあるスクリューのうち右2本に被害を与えた。2つのスクリューが脱落したことで『紀伊』の速力は一気に下がる。
「敵アイオワ級の針路変更!本艦へ向かってくる!」
『アイオワ』は僚艦を失いながらも、味方の水雷戦隊が活路を開いたことで覚悟を決めた。速度が落ちた『紀伊』の前を塞ぐ進路を取りながら急速に距離を詰める。それに合わせて米水雷戦隊も日水雷戦隊を改めて主目標に据えて突撃を開始したため、その対応に追われ『アイオワ』を邪魔する者はいない。
距離は10㎞を切る。双方の射撃精度は増して激しい応酬が続く。『紀伊』はいよいよバイタルパートを抜かれ始め火災がいたるところで発生する。『アイオワ』は51㎝砲弾の洗礼を浴びて上部構造物は穴ぼこのチーズのように穴だらけになっており、艦容が一変していた。艦橋もボロボロであり、未だ艦長が指揮を執っているのか他の者が引き継いでいるのか分からない。
血反吐を吐きながら続くノーガードの応酬は、その激しさに反して呆気ない終わりを迎えることとなる。
『紀伊』から放たれた砲弾の内1発が、舷側に命中する。19度傾けた主装甲を難なく貫通し、その他の薄い装甲をいくつか超えたその先は、第二砲塔の直下、弾薬庫だった。
数十トン数百トンという弾薬が僅かな時間差で反応を起こし、エネルギーを生み出す。熱と光に変換されたエネルギーは、出口を求めて破壊を繰り返しながらひた走る。その一部は揚弾筒を上へ上へと昇っていき、砲塔まで達する。およそ2000トンもある砲塔が軽々持ち上げられて吹き飛び、砲塔脇の甲板も地面をマグマが突き破るように引き裂かれ、炎を噴き上げる。その裂け目は弾薬庫の周囲に次々現れては繋がって大きくなり、ついには船体を分断させてしまった。
周辺で戦っていた幾十隻もの艦艇が、自らを照らし出す強烈な光と轟音、空にそびえるキノコ雲を認めた時、それがこの戦闘の実質的な終了を告げる合図であると理解したのであった。
ようやく思い描いていたページが一枚埋まりました




