雷鳴啼く時
10か月振りです
目には見えない、だが互いが近くにいることは日没前に放った偵察機が互いに確認していた。
大急ぎで撤収を終えた輸送船団は少数の護衛と空母を交えてひたすら西へと進んでいた。昼間に近海で空母が潜水艦に食われているので、厳重な対潜警戒を行っている。
戦艦 旗艦『紀伊』『榛名』『霧島』
重巡洋艦『利根』『筑摩』
軽巡洋艦『長良』『北上』『大井』『神通』
第四駆逐隊 第十駆逐隊 第十六駆逐隊 第十七駆逐隊
山本率いる艦隊は臨時に引き抜いた『神通』率いる第十六駆逐隊を前衛に、前から『紀伊』『榛名』『霧島』を左右で挟む陣形を取っている。負傷した小沢以下『赤城』に乗っていた幕僚は、今は『飛龍』に移乗した。
昼間に散々互いの艦隊の内訳を見ていたため、ほぼ正確にそれぞれの戦力を把握していた。米艦隊で健在な艦は、アイオワ級とみられる戦艦2隻、重巡6隻、軽巡4隻、駆逐艦20隻程度とされる。損傷艦の退避の為に幾らか戦力を割いていることを考えても戦力はほとんど互角である。巡洋艦を含めた砲撃力に若干の不安があるが、『紀伊』というジョーカーが互いにとっても未知数であった。
両艦隊は互いに存在するということは分かっているため、遠慮なくレーダー波を飛び交いさせる。連合艦隊には米艦隊が以前のように別動隊が回り込む事態を危惧する者がいたが、前回とは違って米艦隊にとっての目標は鈍足ながら西へ移動しており、下手に戦力を割いてこれまた前回のように返り討ちに会うのではという不安を米艦隊でも抱いていたこと。何よりハルゼーという男はそのような小細工を弄するつもりが一切無かったため、結果的に周辺の海域にいる両軍の出せるほぼ全力がぶつかることとなった。
「レーダーに反応!距離およそ35000ヤード!」
「電探に感あり!距離30000」
発見はハルゼー艦隊の方がその安定したレーダーの性能によって少し早かった。米前衛艦艇群が面舵を取り丁字を取る動きを始めたとき、日本軍でも米艦隊を電探で捉え行動を開始した。
「敵艦隊と針路を合わせろ!」
山本艦隊には反航戦という選択肢は毛頭ない。俊足と噂されるアイオワ級を逃せば追いつけて撃破が望める艦はおらず、そうでなくとも巡洋艦を数隻逃せば対艦攻撃力の落ちた輸送船団に迎撃は難しい。
しかし、ハルゼーにもスタコラと振り切るつもりはなかった。
「この『ニュージャージー』の相手はモンスターだ!」
ハルゼーは『紀伊』を撃退ではなく、ここで沈めるつもりでいた。コンゴウクラス二隻を『アイオワ』で抑えている間に、『ニュージャージー』と水雷戦隊で一気に叩きつぶす。敵も水雷戦隊を繰り出してくるだろうが、巡洋艦の戦力はこちらが優っているので突破するのは難しくない。
アイオワ級の速力をもってすればモンスターを振り切ることも出来なくはないだろう。そうして輸送船団を射程に捉え、撃破したとしても、後ろから迫ってくるモンスターの相手をする羽目になる。そして、明るい時間であれば交戦距離は伸びる。それは単艦での攻防力が明らかに劣るアイオワ級では不利なので避けたい。よって交戦距離が近く、駆逐艦の雷撃も期待できる夜戦でのモンスター撃破を、ハルゼーは選んだ。
双方が緊張で満たされ興奮が高まり、暗闇にギラギラとした眼を募らせる静かな海へ向けられる。最初に戦いの火蓋を切って落とし、辺りを戦場という舞踏会に変えたのは『ニュージャージー』だった。半月がこれから顔を出そうかという暗闇に、いくつかの閃光が走る。
「敵艦発砲!」
山本らにとり、砲戦開始距離は意外に遠かった。彼我の距離は20㎞を割ったというところであり、これは昼では近いが夜では遠いものだ。
「後続の敵艦も発砲!」
『アイオワ』もそれに続く、そしてそれに合わせて敵巡洋艦隊と駆逐艦が急速に接近を開始する。そして同時に敵巡洋艦隊が射撃を開始する。このような機先を制する行動ができたのも、米海軍が新たに配備した射撃管制レーダーを活用できるためだ。『ニュージャージー』との放った砲弾は『紀伊』に、『アイオワ』の放った砲弾はその後ろの『榛名』向かい飛翔する。
レーダーを使った射撃はハルゼーらの思い通りにはいかなかった。『ニュージャージー』の砲弾は『紀伊』の前方かつ遠位に着弾する。『アイオワ』の砲弾は『榛名』の手前に着弾する。『紀伊』に向けられた砲弾の弾着の水柱は観測できたが、『榛名』周辺に着弾した砲弾の水柱は比較的近かったためにレーダーにはっきりと映らなかった。だが最もハルゼーの思惑を覆したのは、『榛名』及び『霧島』の二隻の行動だった。
「コンゴウクラス2隻、針路変更!」
『榛名』と『霧島』は『紀伊』に追従するコースを離れる。そして『ニュージャージー』と『アイオワ』が第二射を放った時、『榛名』と『霧島』も射撃を開始する。『ニュージャージー』と『アイオワ』の乗組員は身構えるが、その時はいつまで経っても来ない。
「こちら『ニューオーリンズ』、敵コンゴウクラスがこっちを撃ってきてる!」
代わりに入ってきたのは二隻とも『アイオワ』には目もくれず、突撃中の味方を撃っているという報告だった。
「目標、先頭のアイオワ級戦艦!」
『紀伊』はもともと、ギリギリまで敵を引き付けるか敵が振り切る素振りを見せたら撃つ算段だった。できるだけ近付くことで取り逃すことを防ぐためだ。それだけに、想定よりも遠距離から撃たれ、しかも『榛名』には至近弾であったために敵アイオワ級の射撃を逸らして逆に有効打を撃ち込まれないように、そして強行突破してくるであろう巡洋艦隊を撃破するべく接近することを選んだ。
思ったようにはいかないものだ、ハルゼーは柄にもなく苦笑する。苦笑で済んでいるのは決して事態が悪化したことを示すものではないからだ。
「水雷戦隊は一部巡洋艦隊援護へまわれ。『アイオワ』に連絡、共にモンスターをぶちのめす!」
戦闘中の命令変更は混乱をもたらす危険性がある。しかし、ハルゼーが信じた艦隊は見事に意思疎通を図り、巡洋艦隊は敵巡洋艦、水雷戦隊及びコンゴウクラスを、水雷戦隊は二手に分かれて敵の迎撃とモンスターへの突撃を再開する。
こうして、『紀伊』対『アイオワ』『ニュージャージー』という太平洋戦争において初の新造戦艦同士の対決という演目が幕を開ける。
「ヤマトクラスが16インチ、モンスターは18インチか」
生意気なモンキーめ、ハルゼーは毒づく。奴らだけ孤高のクラブを作り上げふんぞり返ってる、気に入らない。あれを俺が沈めてやることでデカいだけの戦艦を造るのが如何に無駄なことか、必死こいて築いたクラブがどれほど無意味な存在だったか、トーゴーの弟子どもに教育してやる。
この時、ハルゼーはおろか米海軍の主要人物は全員が『大和』の主砲が16インチ、『紀伊』の主砲が18インチだと思い込んでいた。『大和』や『紀伊』の鮮明な写真が無く、『大和』と対峙し生き残った乗組員から得た異常に大きい水柱の証言は高初速のSHS弾によるものだと判断されたからだ。何よりも、『大和』の少ない写真から推定されるスペックでは18インチ砲の搭載は不可能とされた。
先手を打たれた山本らは、小さな混乱こそあれど鋼臭いバイオリンの調律を乱すことはなかった。
「撃ち方はじめ!」
「Te!」
『紀伊』は9か月振りにその砲火を敵へと向けた。そしてその際の閃光は、敵味方に自身の流麗なシルエットをまざまざと見せつけるものであった。
3発の砲弾はハルゼーが搭乗する『ニュージャージー』に向かってひた走る。
「後続の『アイオワ』射撃開始しました」
報告を聞きながらも、ハルゼーは改めて両軍の対峙している戦力を計算し直す。現在、この場では大まかに3つの戦闘が同時に行われている。突撃と牽制を繰り返して互いに様子を見ている水雷戦隊の小競り合い、巡洋艦隊が突破口を開こうと殴り殴られ、そして戦艦同士による怪獣バトルだ。
騙し討ちが得意な奴ららしく、夜戦において、特に水雷戦隊は相当な練度を誇る。開戦以来何度も夜戦で煮え湯を飲まされてきた。敵の大将直々に率いる部隊なら、今回最も恐れるべき敵だ。それにコンゴウクラスが援護している。
うちの重巡洋艦でこの至近距離なら、旧式の巡洋戦艦の装甲は抜けるだろう。数もこちらが重巡洋艦だけで8隻いるから、アイオワ級2隻でさっさと蹴りを付けて、それからコンゴウクラスを料理しても遅くはなるまい。
「第4射、Fire!」
「『アイオワ』が敵旗艦に命中弾!」
2隻のアイオワ級戦艦『アイオワ』『ニュージャージー』は統制された砲撃を『紀伊』に向け続けた。




