爆ぜる時
お久しぶりです
ジョナサン達はとうとう艦隊の外縁部に到達する。ちょっとしたアクシデントもあって予定針路を少しズレて艦隊右翼後方から接近している。ワスプ隊は隊長機とその2番機を失った混乱で、更に後方で態勢を立て直しつつ機会を窺っている。予定針路を行くインディペンデンス隊とで対空砲火が分散されているようで、弾幕の勢いはそれ程でもない。だがそれが安全を意味する訳ではない。
ジョナサン率いるヘルダイバー隊は、本来の18機から故障や損傷、撃墜などにより14機に減っていた。だが大型の軍艦を攻撃するには十分な数だ。緩降下を始めているので速度が乗り始める、対空砲火もまだ修正が合っておらず編隊の後ろで炸裂するばかりだ。
ヤルなら空母、そう目を凝らそうとするが先に突入したインディペンデンス隊から発艦中の空母がいるという無線が入った。対空砲火が激しい巡洋艦が2隻居て近付けないので自分達はそちらを攻撃するから空いた穴から攻撃して欲しいと言う。
了解と共に編隊を7機ずつに分けて言われた空母の方に接近する。片や発艦中、片や損傷しているとなれば分割しても大丈夫だろうという判断からだ。敵艦隊の進行方向の斜め後ろから接近しているため被弾は増えるかもしれないが、発艦中の空母は回避行動がままならず、うまくいけば甲板で爆弾や魚雷の誘爆を起こせるかもしれない。
空母二隻と戦艦二隻を中核とした艦隊の全貌が視界にハッキリと捉えられるようになった。速度が載るに従いこの機の弱点である操縦性の悪さが顔を出してくる。操縦桿をしっかり握り、針路が乱れないよう細心の注意を向けながら前方を睨み付ける。それに前後して右前方一際激しい対空砲火を目にする。
先に突入したインディペンデンス隊が敵艦の右前方から急降下に入る。それに向けてあまりにも多くの対空砲火が重なる。突入開始前から13機中瞬く間に4機も失ったが、インディペンデンス隊は投弾に成功する。だがその直前に2隻の敵艦はインディペンデンス隊に潜り込む様に面舵に転舵する。そのために投下された爆弾は精々が至近弾として微量の浸水と速度の低下をもたらすのみであった。
しかし、1機のヘルダイバーが急降下から引き上げる際に被弾炎上してバランスを崩し、そこから覚悟を決めたように最後の力で姿勢を制御して敵艦と正面から相対する。そして火の鳥は後檣を右翼で薙ぎ倒し、その後ろの銃座を押し潰させて第三砲塔に激突した。
薄っぺらい駆逐艦の砲塔がこの破壊に耐えきれる筈もなく、内部を押し潰して火を纏い、準備されていた弾薬が次々と弾ける。当然砲塔内部の人員は全滅だ。駆逐艦「照月」にとって幸運なことにその破壊が弾薬庫にまでは及ばなかった。しかしながら後部で大火災が発生し、衝撃で四番砲塔にも被害がでていたので、戦力が半減してしまう。そして対応に追われ、別方向から来た敵機を取り逃してしまった。
狙いは明らかに艦隊に残された空母である。後発の敵機もやはり急降下爆撃機で、回避行動を取った「照月」及び「初月」は高角砲の照準が間に合わず、機銃で狙うも有効打は得られないまま「照月」の後方を横切り、輪形陣の内部へ侵入する。
ジョナサンは改めて目標を確認する、艦隊の前方に中型、少し遅れて大型の空母が見える。手前には5500トン級の巡洋艦が一隻見えるが、旧式なせいか対空弾幕に脅威は感じない。それよりも遠方から釣瓶打ちにされる高角砲や大型機銃の方がよほど肝を冷やす。ジョナサン達は二手に別れ、空母に接近する。ジョナサンは中型空母、他の隊は大型空母へ狙いを定める。
ジョナサンは右舷後方から迫る。後方からだと相対速度が小さい分狙いが定めやすいが、投下体制に入ってから着弾まで時間が掛かるので回避されやすい。だが発艦中という事は碌に曲がる事が許されず直進するしかない。発艦中の機体とパイロットを犠牲にするならば話は別だが。
戦艦の直上を抜けると同時に軽くバンク、僚機に合図をすると操縦桿をゆっくり、深く押し倒す。エンジン音が後続も続いているのを知らせてくれるが、全機が急降下態勢に入る前に二つ、対空砲の炸裂とは違う爆発音が聞こえる。研ぎ澄まされた意識の隅に悔しさと復讐心が膨らむがジョナサンは冷酷に戦力をカウントし直す。残り5機、そして目前まで来た空母を凝視する。今、一機飛び立った、残りは一機。ダイブブレーキを展開する。
「飛龍」は決断をせまられていた。
「まだ、あと少しだ」
艦長が努めて冷静に振る舞う。それに従うように艦橋も落ち着いて見えた。
それは表面のみで、殆どの者の内心は胃や心臓だけが体内で無重力のまま四方八方に暴れ出すかと思われた。それを押さえつけているのは艦長と司令がドッカリ構えているからに他ならない。空を見、甲板を見、最後の一機を見る。
最後の天山がのっそり駆け出す。
「面舵一杯!!」
復唱、待ってましたと舵輪が勢いよく回される。大型故に曲がり始めるのにはまだ時間が掛かる、天山は前部昇降機を過ぎた、頭上には猛然と獲物を付け狙う海鳥が覆い被さっている。
最後の一機が動き出す、だがギリギリ間に合う、ジョナサンはそう判断していた。高度計が狂ったように針を走らせる、風を斬る音が己に逆向くように唸る、重力と同化するにつれて暴れ出すじゃじゃ馬を強く、神経質に抑えつける。ったく、何でお偉方はこんな扱いづらいのを採用したんだ。
最後の一機はプロペラを前脚をコックピットを海に放り出す。その時空母の船体は歪み始めた。尾部が引きずられて機体がふらつく。上手く風を受け止め切れずに海面がゆっくり迫る。1850馬力の火星エンジンが猛烈に唸りを上げて海面に這いつくばる。海面効果もあって何とか持ち直し、上昇を始める。その頃には「飛龍」は船体を軋ませ旋回していた。
投下の直前、敵艦の挙動に気付くが既に遅い。投下レバーを一杯に引くと機体はストレスから解き放たれた様に身軽になるが、命中コースから外れている事を理解しているジョナサンは後ろ髪を引かれる想いで機体を起こしに掛かる。
「クソォ! 至近弾一発だけだ!」
ケビンが嫌がらせに後部機銃を撃ち込みながら叫ぶ。編隊での一斉爆撃だったから誰か一発でもと思っていたが、ここまでに離脱、撃墜された機体が多いため散弾銃のように爆弾をバラまいて当てるのに5機では少なかった。
海面スレスレの低空飛行でジョナサン達は離脱する。敵は新たな目標、ワスプの急降下爆撃隊と大きく数を減らされながらようやくたどり着いた雷撃隊に目を向けており、ジョナサン達はその後、特に襲撃を受ける事無く母艦への帰還を果たした。
敵弾をかわした「飛龍」艦橋員達がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、吉報と凶報が同時に舞い込んで来る。
「攻撃隊より入電!『我レ敵空母一撃沈。敵巡洋艦一撃破』」
「報告!『赤城』直上に急降下!」
「半!」「丁!」
遠くに遊弋する味方艦隊を尻目に、漢達は己の勘を磨くのに精を出していた。
「よし…勝負!」
ゆっくりとひび割れた茶碗を持ち上げる。ゴクリッ、誰かが唾を飲み込む。
「ゴロクの半!」
その結果に一部は喜び一部はガックリ肩を落とす。戦利品の煙草や羊羹、軍票などが茣蓙の上を行き交う。本当は一升瓶の焼酎もあったのだが、持ち主が入れ替わる毎にその持ち主がチビチビと飲んでいったために、もうスッカラカンであった。
「流石は分隊長、強いなぁ」
この輪にいる中でも年が若く見える者が分隊長、と呼ぶ人物に話し掛ける。そもそもここにいるのは積み込みの順番待ちをし、かつ足手まといで何もやることが無い搭乗員達が主だった面子である。駐機の殆どが破壊され、地下で分解されていた零戦を組み立てて空母に収容する予定なのだが、ここにいるのは陸上勤務のみで空母への発着艦の経験が無い者ばかりである。
「ハハ、今日はツキがある」
分隊長と呼ばれた者は話し掛けた者よりも更に幼く見える顔立ちをしていた。しかし、年上に囲まれた中で臆せず戦利品を抱えて堂々と胡座を掻いているからか、貫禄を見せていた。
次の挑戦者は誰か、場を見渡していた時である。
「おい、あっちから何か来るぞ!」
全員の顔色が変わる。味方の空母が直援機を出している筈なのだが、それを掻い潜って来たのだろうか。
「…なんだ日の丸か、驚かせやがって」
化け物染みた視力を有する搭乗員達はすぐそれに気付き、賭場に目を戻す。
が、即座に綺麗な二度見を披露して友軍機に目が釘付けになる。
「なんだいありゃぁ?見たこともねえぞ。単座のようだから戦闘機か」
「鹵獲機じゃあねえな、グラマンともコルセアとも違う。というか、あれは戦闘機なのか?」
賭場は一時中断となり、今まさに着陸体勢に入った機に注目する。もう一機、上空で見守るように旋回しているのは僚機だろうか。最低限の補修はしたが、軽荷状態の零戦でやっと離着陸できる程度の滑走路に果たして大型の戦闘機(と思われる)が無事着陸出来るのか、気付いた他の兵士も手を止めて見守る。
結果から言えば着陸は成功した。機体を左右にフラフラさせながら上手く速度を殺し、見事な三点着陸、意外に余裕を持って止まった。
ギャラリーは見たことも無い戦闘機目当てに集まっていったが、すぐにコックピットの異常に気付く。分隊長と呼ばれた男が軽い身のこなしでよじ登り、風防を開ける。そこには顔中が血まみれでうなだれている搭乗員の姿があった。
「オイ、しっかりしろ!」
それに反応するように呻き声が上がる。息はあるようだ。
「頼む、この試作機を… 烈風を無事に…」
そこで搭乗員は意識を失う。気絶しただけだったが、重傷を負っている。誰かが呼んできた軍医と担架に運ばれていくのを、分隊長は烈風と呼ばれた戦闘機の主翼の上で見守っていた。
何が起きたのか、コックピットを見回すと所々血がべったり付いているが、計器に異常は無いようだ。しかし、一カ所のみ、足下に配置されているペダルの傍に穿孔が空けられていた。他は当たらなかったのか、防弾板が弾いたのか分からないが、たった一発の敵弾が足下から貫通しその先にあった搭乗員の体を貫通していったのだろう。風防の後ろの方にも一カ所だけ孔が空いていた。
一瞥でそれらの推理を完成させると、ニヤリと他の者に悟られぬよう小さく笑う。よじ登った時と同様に軽い身のこなしで降りると、菅野直は良い悪戯を思いついたとでも言うような子供じみた笑顔で賭場にいる大負けした仲の良い整備兵の所へ歩み寄る。
次はできたら近い内に




