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超超弩級戦艦紀伊 ~暁の出撃~  作者: 生まれも育ちも痛い橋
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運命の時

お久しぶりです

 現地時間で1100に船団がミッドウェーに着き、早速兵士らの収容を始める。直援に空母『瑞鳳』所属の零戦二二型が空を空を舞い、離れてはいるが沖合に『紀伊』が泊まっているのを見た守備隊は万歳三唱を上げる。


 守備隊の誰を見ても、この島での激戦、特にここ二週間強の米軍の猛爆と食糧難でやつれてはいたが、かつて自分達の窮地を救った『紀伊』といった味方の心強さとやっと帰れるという安心感からその意気は衰えてはいなかった。『紀伊』を引っ張り出してきた山本の狙いはこの点では成功し、スムーズに作業は進んでいく。



 山本は見晴らしの良い『紀伊』の艦橋最上部にある防空指揮所から双眼鏡を覗き作業を見守る。自分が立案し直した戦略の第一歩が、今着実に踏み出されたのをその身に感じ、体を強ばらせる。このまま敵さんが大人しくしてくれれば、状況からしてそうなることは殆ど望めないが、祈るほか無かった。



ミッドウェー東方110km 小沢艦隊


 そして同じ頃、山本の願いも虚しく事態は変化する。一部の幕僚を除き、思ってもいなかった形で。


 先に発見したのは、またも日本軍であった。『利根』四号機が空母及び戦艦を含む敵艦隊発見、その位置を伝えるとセ連送、敵戦闘機に襲われているという打電を残して消息を絶った。


 報告が届いてから俄に、四隻の空母の艦内及び艦上が騒がしくなる。この戦争で何度も見られてきた光景だ。各種最終点検や搭乗割の確認で飛行甲板では整備員が右往左往する。風上を目指して増速していた艦隊だったが



 これまでの戦訓を上手く反映できていなかった、或いはその優先順位を低く見積もっていた、技術が量が追いついてなかった、全体に蔓延していた気の緩みが引き起こした、後世からするとそれだけ引き金となる要因はあったと言える。それまでなんとか形を保っていた積み木でできた城が、ほんの少し加えられた力で脆く崩れ去る瞬間だった。



 そろそろ昼時という頃の、ギラついた陽光を反射する海面を見ていた南進する艦隊右翼、「蒼龍」の見張り員が絶叫する。魚雷の発見を告げるものだった。

 「蒼龍」の艦長は取り舵を命じた。右舷から迫る魚雷を避ける為だったが、舵が効き始めてから少し間をおいて右舷に二発の魚雷を受けてしまう。全長227メートル、基準排水量15900トンの体躯が大きく揺さぶられ、二本の水柱が上がる。右舷中部と後部に命中した魚雷は、その炸薬の化学反応で生じるエネルギーの一部が容易く艦内に侵入し、破壊を行う。

 飛行甲板に上げていた、折角新調したばかりの零戦が急旋回と被雷の衝撃で小さく跳ねながら滑り、退避が遅れた不幸な整備兵を巻き込んで右舷側から海中へ、途中で半回転して背面から落ちる。

 艦長は直ぐさま面舵を命ずる。浸水により艦が右舷に傾きつつあるのでバランスを取るためだ。しかしながら、浸水と、同時に発生した火災が「蒼龍」の船体を蝕んでいく。



 そして「蒼龍」の航空燃料が引火、飛行甲板を突き抜ける大爆発を起こした時だった。


 駆逐艦が敵潜水艦が潜んでいるらしい辺りで、盛んに爆雷によるパーカッションを演じている所から全く離れた、艦隊の左翼、「赤城」と「龍驤」に惨劇の第二弾が幕を開ける。

 先ず「龍驤」の左舷に二本の水柱が林立する。少し間を置いて、「赤城」の左舷にも雷跡が伸びる。


 「龍驤」は受けた本数こそ「蒼龍」と同じであったが、ここでこの艦の特徴が悪い方へ作用した。

 「龍驤」は就役当初から、青葉型重巡洋艦の船体に無理をして格納庫を二段に設置してしまった為にトップヘビーであり、幾度も改善工事を行ってきたが完全な解決までには至らなかった。

 被雷で船体の左舷に大穴が空き、バラスト替わりになっていた重油を周囲に漏らしながら、ゆっくりと、だが傍目にもわかる程の勢いで船体が傾いていく。そしてある一点から、その速度は増していった。

 二十分の後、殆ど横倒しとなった「龍驤」が艦としての生命が絶たれたのは誰の目にも明らかだった。


 「赤城」には三本の魚雷が命中し…… うち一本は不発であった。しかし、二本が炸裂する。

 この時、誰もが先の二空母と同じ運命を辿ると思われたが、天城型巡洋戦艦として設計された彼女は違った。水雷防御が上手く作用し、ほんの僅かに艦が傾いたが、右舷への注水及び必死のダメージコントロールによりすぐに直された。艦長が「赤城」の防御力を信じて直進を命じていたため、飛行甲板から脱落した機体や人員は僅かであった。

 だが損傷によりどうしても出せる速力が限られる。戦闘機や彗星ならまだしも、元々重量が重く、さらに重い魚雷を抱える天山は発艦出来そうになかった。

 むしろそれはまだマシな方だったかもしれない。左舷艦橋直下付近に魚雷が命中したその衝撃で、艦橋に居た面々が軒並み重傷を負ってしまい、一時的に指揮系統が麻痺、艦隊が混乱状態に陥ってしまったのだから。



「飛龍」はこの一連の惨劇を唯一逃れた空母だった。確かに「飛龍」を狙った魚雷はあったが、「蒼龍」被雷から機関に過負荷を掛けて増速したため、速力を読み切れず全ての魚雷が艦後方のギリギリを、間一髪ですり抜けていった。ここで読み切れなかった人物というのは、勿論米潜水艦の艦長である。




 「紀伊」からも小沢艦隊の惨状はある程度把握出来た。


「小沢君は無事なのか?」


 山本はあくまで冷静に、事の把握に努めていた。今まで入ってきた情報は、「蒼龍」大破炎上、「龍驤」大傾斜、「赤城」中破、旗艦との連絡取れず。これらは潜水艦の集団攻撃によるものらしい。前線の艦艇から送られる、錯綜する情報を纏めるとこの様なものだった。そして今、旗艦からの通信が無いということは、小沢艦隊の各艦は何をすれば良いか判然としない状況であり、ここを襲撃されれば統率の無い艦隊はまともに戦うのは難しい。

 だが小沢艦隊の司令部と連絡が取れず、他の艦艇が対潜戦闘に忙殺されていて中々詳細が分からないことに、山本以下連合艦隊司令部は苛立ちを募らせるだけだった。




 広瀬正吾飛行曹長は、九九式艦爆のテストパイロットを勤めた腕の立つパイロットである。彼は今、十七試艦上偵察機を駆って味方の偵察機が消息を絶った方へ急行していた。というのも、敵艦隊を発見した偵察機は広瀬と同じルートを時間差を付けて発進したのである。要するに、広瀬の機は敵艦隊をもっと早く発見していたのかもしれないのに、していなかったのだ。

 勿論、たまたまタイミングがズレていただけかもしれないし、どちらにしろ復路で出くわす航路だった。でも、もし往路で見逃していたのなら、撃墜された機の搭乗員は自分の身代わりになってしまったということだ。本当はそんな事はないのだろうが、広瀬はそう思わないとやっていられなかった。


 操縦席の計器を見つめる、機体は正常であることを告げていて、実際に機首から伝わるエンジンの音は快調そのものだ。この十七試艦上偵察機に積まれている誉エンジンは、最近ラバウルだとかで使われだした紫電やインドで活躍しているという陸軍の四式戦疾風に搭載されているが、少々無茶な大量生産が祟って粗製乱造となり、性能の低下する事態が起きている。

 しかし、少なくともこの機に搭載されている誉エンジンは、しっかりと選び抜かれた物なのか良好な状態でしっかり回ってくれている。本格的な大量生産が始まる前で、かつ初期不良が起きていない、考え得る限り最高の状態のエンジンが載っていると言って良いだろう。これが十七試艦上戦闘機の場合、大量生産されたうちの、よりによって性能が低下しているエンジンを載せたお陰で危うく開発に遅延が発生するところだったようだ。結局エンジンが届く前に替わりに載せたハ四三エンジンを載せることにして、性能を上げると共にエンジンのリスクの分散をするようだが、生産数が増えるにつれ結局は同じ事に成るのではと思わなくもない。




 そろそろ見えてくるか、そう思った時である。ほぼ同じ高度の右前方に黒い豆粒を認めた。咄嗟に操縦桿を引き、スロットルレバーを僅かに倒す。後部に向かって叫ぶ。


「右前方敵機!振り切るぞ!」

 後ろで機長の樋口少尉がセ連送をする、敵機はみるみるうちに近付いてきて、最早機種の識別が可能なまでに接近してきた。

 敵機が両翼から火線を放つ、その直前に大きく操縦桿を倒し、これまでに溜め込んだエネルギーを速度へと変換するべく急降下に移る。その直後に予測進路上に放たれた火線が機体のすぐ上を掠める。広瀬はそのスリムな機体と2000馬力のエンジンに物を言わせた加速で一気に引きはがそうとする。

 しかし、やや離されながらも敵機はしっかり食い付いてきた。


 広瀬は一瞬見えた姿から、敵機はここ半年の間に前線で見かけるようになったF6Fヘルキャットだと断定した。同時に広瀬他二名の搭乗員は覚悟を決める。

 ヘルキャットは歴戦の熟練パイロットでも苦戦する相手だ。低速低空での格闘戦を除けばほぼ全てにおいて零戦に勝っていると言えるだろう。特に今みたいな急降下時の速度は、その頑丈さもあってか零戦よりもかなり速い。

 

 しかし、偵察機として、情報を持ち帰る為の生存戦略として速さという点に的を絞って作られたこの十七試艦上偵察機は、殆ど互角の速度で降下している。ひょっとしたらこちらの狙い澄ましたタイミングでの急降下に、機敏に反応出来なかったのが今も響いているのかもしれない。


 海上の波のうねりが一つ一つ判別出来る程下降した所で、機敏に、だが機体にあまり負荷を掛けない程度に操縦桿を引き、今度は機首を若干上へと向ける。それ程急な角度で上昇しているわけではないが、軽くてかつ既に半分近くの燃料を消費している十七試艦上偵察機と、グラマン鉄工所の渾名に相応しい重量、更にはロクに消費されていない燃料、弾薬がヘルキャットにとって足を引っ張っているせいで少しずつ、だがどんどん両機の距離が開いていく。


 広瀬やヘルキャットのパイロットを含め、その場にいた全員が驚いた。偵察機の常として、敵の戦闘機に襲われたらほぼ確実に助からない。そもそも戦闘機というものは敵の航空機を相手取る都合上一定水準以上の速さが求められる。特に日本軍が偵察に使用するのは、多くが鈍足の零式水上偵察機であり空母からは二式艦上偵察機か替わりに彗星、開戦劈頭には九七式艦上攻撃機も使用されていた。

 二式艦上偵察機及び彗星は、ワイルドキャットには速力で勝っているが状況次第では撃墜されることもあり、ヘルキャットに至っては速度でも負けていたので遭遇した際の被害は大きかった。他の機体では言わずもがなである。そのヘルキャット相手に、ほぼ互角の速度を出せる所か有利な状態に引き込めば引き剥がすことも可能なようだ。



 ヘルキャットからの逃走劇が3分程経った頃だった。意識を集中して後方の追っ手だけでなく、何処からか駆け付けてくるかもしれない敵の応援が居ないか神経を尖らせていると、広瀬の正面下方に灰色の物体が見えてきた。それはあっという間に大きくなり、その数や種類も増していく。間違いなく、敵艦隊だ。

 広瀬は手が震え、僅かに震える声で後ろに座っている機長に報告する。


「前方に敵艦隊見ゆ!空母一…二…三、戦艦二を含む機動部隊!」


 そこから更に詳細な報告をしようとした時だった。


「左後方上空に敵機!」


 後部からの報告に振り返る。そこには明らかに此方より優速でダイブしてくるヘルキャットの姿があった。

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