敗走
半年振りです
1944年 1月13日 モスクワ
モスクワは、1156年に砦が造られたのを端に発展した都市だ。
古くからスラブ系文化の中心地として、クレムリン宮殿や多くの大聖堂が建ち並び商工業も盛んなヨーロッパ有数の街であり、帝国時代も副首都でありながら戴冠式はここで行われて来ており、現在はソビエト連邦の首都である。
ポーランドやナポレオン戦争等で幾度も灰塵に帰したが、その度に再建し発展してきた逞しい街でもある。
その街が今、またも灰塵となってしまった。
建物という建物はその殆どが瓦礫の山となり、辺りは様々な物が焼け焦げた異臭が鼻をつく。
およそ500万人もいた住人は何処にいってしまったのか、その姿を見ることは殆ど出来ない。
代わりにこの街を占拠しているのは、一様に厚着に身を包まれそれでもなお襲い来る寒さに凍えるドイツ軍だった。
モスクワ東方およそ200kmにあるウラジミール
ここはモスクワから適度な距離にある地方都市として発展してきたまちである、が今はソビエト軍の最重要拠点であった。
街のとあるホテル、クリーム色で塗りたくられ青い屋根の、レンガ造りのいかにもロシアらしい重厚な造りの建物、そこが現在の一時的なソビエト軍司令部兼国の全てを司る男の住まいとなっていた。
その男の名をヨシフ・スターリン
世界初の共産国たるソビエトロシアの頂点に君臨し、様々な政敵を蹴散らし粛清してきた、血のアカに染まった男である。
しかし現在のスターリンの見てくれは変わってしまっていた。恰幅の良かったガッシリとした体躯はすっかり衰えてしまい、貪欲な目つきも今は疲労の色が見えるばかりだ。
立派に蓄えた口髭もどこか荒れていて、かつての面影はあまりない。
無理もない、モスクワ攻防開始時も周囲を包囲されていたためにまだクレムリンに籠もり、冬将軍で敵の攻勢が止まった時に動きが鈍くなったのを見計らって守りの薄い所を内外から突いてやっと穴を空け、スツーカの猛爆の中から決死の思いで脱出してウラジーミルに辿り着いたのが1ヶ月程前の事だ。
その道中はスターリンにとって、当に地獄だった。
脱出が遅れ、猛吹雪の時を見計らって中から外からドイツ軍を叩き、T-34に乗って脱出したが、同じく逃げ惑う民間人で溢れた街道を轢いてでも前へ進むよう運転手に命令し、躊躇いを見せたら銃を突き付けて進むように脅し、女子供の金切り声、肉とその水分、そしてリン酸カルシウムとコラーゲンが織り成す不快な音色に混ざって頭上から響いてくるサイレンの音。
ある時は前方斜め右にいた兵士が吹き飛び、ある時は一両後ろの戦車が内から火を噴き上げ、内部から焼き尽くしていく。
自分が今こうしてここにいられる事が未だに信じられない。
スターリンはロシアンティーを一杯嗜み、机の上の書類に目を通し始める。ソ連軍最高司令官として戦局を見、国家主席として政治や外交の判断をして、スパイから送られてきた情報に目を通す。
ルーズベルトの奴は近々ドイツに大規模な攻勢を掛けるからそれまで何とかもってほしいと頼みにも近い表現で数日前の電話会談で言ってきた。
スパイも、同時期に同じ様な情報を持って来たのでどうやら本当らしい。そしてイギリスに放ったスパイからの情報に目を通した時だった。
その時のスターリンの表情は、やつれて細くなった目が一層細くなり怪訝そうな様子だった。
イギリスも、どうやら同じく攻勢に向けて準備をしている様だが、同封して送られてきた写真に奇妙な物体が写っていた。
それは上陸作戦に使う新兵器の試作品なのだが、車のホイールにも似た見た目のやっつけにも程がある車輪型兵器だ。
しかし、これを見たスターリンの疲労困憊の脳に電撃が走った。
そう、これを改良、量産すれば、戦局を好転させられる!
スターリンは直ぐに兵器局に電話を掛ける。
紅茶を啜りながら
ロシアの畑から取れる兵士とロケットがあればいける・・・はず
また次は何時になるかわからないので気長に待って頂けたら幸いです




