Devil(3)
「何この全体的な純白! 純潔! 天国ってこんなに綺麗なんですね!」
「うーん、そうなのかなあ? ずっといるから分かんないやー」
待ってました、天国。
青い空。白い雲。神々しい日差し。この澄み渡る清涼感。地獄では絶対にあり得ない。
すごいわ。想像以上だわ。
「天国気持ちいいー!」
あたしはぐんっと伸びをして空気を吸い込む。
ああー空気っておいしかったのね。知らなかった。
とまあ、天国にいるあたしなんですが8位のあたしが何故にどうして無事ここに来る事が出来たかといえば、それはあたしの地獄では不釣り合いの真面目さ故であった。
「不正?」
『そうだ。上位7名はドーピングだ! けしからん!』
相変わらず姿は無く声だけでの登場だが、どうやらゲオラはかなりお怒りの様子だ。
「ドーピングですか」
『ケラシンチュの実の大量摂取で温感を麻痺させてやがったんだ』
ケラシンチュというこの地獄ではポピュラーな木に宿るその実は、香辛料として活躍する場面が多い。新陳代謝を高める効果があるのだが、ゲオラの言う通り大量に食す事によって代謝が狂い一種の麻痺状態を引き起こすのだ。これが灼熱から極寒のコースを走り切るという今回の選抜トライアスロンにはもってこいの効果だったという訳だ。
「だからやたら速かったのか……」
おかしいとは思っていた。上位7名の速度は異常だった。苦しみながら進むあたしとは違ってすいすいコースを走っていく姿は無の境地に達した僧のように感じたが蓋を開けてみればとんでもない。ただのインチキだったのだ。
『それ以外にもほとんどの選手が何らかのドーピングで臨んでいたのだ。まったく。地獄で働くだけの事はあるもんだ。そんな中、ベルモ。お前は生身で勝利を勝ち取った』
「地獄にはそぐわないふるまいが功を奏した、ってわけだったんですね」
『そう言われると地獄側としては複雑な心境なんだが。まあ、そんなお前であれば天国に遣っても大丈夫だろう。頼んだぞ』
「はい!」
そんなこんなで、不正祭りのおかげで実質の1位を勝ち取ったあたしは晴れておいしい空気を頂けているという訳だ。
「それにしてもベルモさん、肌綺麗ですねー」
「へっ?」
と言いながらあたしの頬をぷにぷに触っているのが、あたしの天国での教育係ミリルちゃん。初対面とは思えない程の親しさを感じさせるゆるふわ天使であたしとしては変に気を遣う事もしなくてすむって意味では当たりだけど、この子本当に仕事出来るの? と少し不安に思う所もあった。
「つやつやのぷるぷるじゃないですかー。いいなー」
「そ、そかな。いやでもミリルちゃんだってもっちもちじゃないの」
「えーホントですかー? 嬉しいなー」
――なんだこのピースフルは……!?
平和。平和すぎる。聞き慣れた悲鳴や騒音はなく、代わりに耳に入るのは小鳥の囀り、小川のせせらぎ、心温まる談笑の声。
安らぐ。あたしの廃れ汚れきった心が安らいでいく。
そして安らぐ心の中で一抹の不安がよぎる。
――あたし、地獄戻れるかな。