Angel(2)
「天地交換留学ぅ?」
「そうです。其方、地獄に興味は?」
大天門をくぐり、神館の奥の奥の上の上にいる女神バスケスの呼び出しに応じ来てみたところ、いきなりこれだ。
テンチコウカンリュウガク。何それ。
いつものように其方の天界での行いを見てなになに、かの地獄という場所ではそれはそれはなになに、といろいろぐだぐだ話してくれるのだが、要約すれば天国の職員と地獄の職員を体験的に交換してみてはどうかねって話。
バスケスの話はいつも仰々しく回りくどい。最初の前置き全然いらねーじゃんって感じだが、話の腰を折ると不機嫌になって手に持ってる黄金の双頭ヘビが絡みついた杖の力でろくな事にならないから俺は黙ってふんふん話をちゃんと聞く。一度話の最中にうたた寝をかました奴が頭を半分かぼちゃ、半分キャベツにされたまま一週間放置されたのを見た俺は絶対そんな風になりたくなどないのだ。
女神とかいいつつその鬼畜の所業は天にはそぐわない地獄の行いに近い気がする。
「地獄ですかー。そうですねー……」
としかめっ面をして見せるが、答えはぜひぜひお願いしますと決まっている。
こんな退屈な毎日から一瞬でも抜けられる。それに地獄って場所をちゃんと見た事がないのだ。俺らのような一般聖社員は関わる事の出来ない世界。地獄を行き来する事が許されているのはバスケスやプエラリコリ婆やゼネシクス老といった神部連中。いわゆるお偉いさん。
興味はそりゃあるっての。っていうのは実は結構少数派、というか稀有な存在で地獄を知るものから語られる話、文献、どれをとってもろくな内容じゃない。あんな所に自ら足を踏み入れるもんじゃないと散々な書かれよう言われようなので、そんなのを見たり聞いたりしてると善人揃いの天国と善の心を大事にする者達はそんな事考えたりもしないのが通常運行。そしてこの退屈な毎日に胡坐をかいて、まあいいじゃん平和だしで終わり。だから地獄なんて所に我が天使を遣わすという事に対して思う所あるのか、バスケスも気持ち申し訳なさそうな感じだし。
という事もあって、体裁的に「はい喜んで行きます行きます!」なんてテンションMAXで言っちゃったらウロボロス杖でどーんだ。だから俺はしっかりと悩んだ顔を見せながら渋々感をぱんぱんに演出してとうとうこう口に出すのだ。
「他の者に行かせるぐらいなら、私が行きましょう」
これが天国スタイル。善の言葉よ。決まった。
あれ? でも待てよ。善の心を持ち合わせる天の者達だから俺と同じような事を言う奴いるんじゃねえか?
とか思ってたら、
「そうですか。そう言ってくれたのは其方が初めてですよ」
はい、皆の善なんてそんなもんなんですねクソ天使共が!
「では、其方は優先的に留学者として検討するが、かまわないのだな?」
「あ、はい。構いません」
こうして俺は、地獄社員体験チケットを手に入れたのだった。