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誤字・脱字を修正いたしました。27.4.11
今日一日を終えて、熊の人は起きてこなかった。イーグとモルフィーリが隣で騒いでも、体を叩いていても、身動ぎ一つ起こさずに熊の人は起きなかった。
そんな熊の人の反応に飽きてしまった二人はすぐに私のところに来てお世話を辞退したのも家に戻ってからすぐの事だった。降ろさせませんけどね。二人も唇を尖らせて抗議するけど、あと五年でこの子たちも出ていかなくてはならないもの。甘い事は言っていられないわ。
しかし、じっとしていられず、やる事も限られてしまうのでせめて午前中だけでも熊の人を見張るように言い聞かせる。それでも渋い顔をしたけど、少しだけ出来ないのかと煽れば反抗してやってくれるとの事。子どもは素直で可愛いわ。
さて………………私の寝場所をすっかり忘れていたのだけど、どうしましょう。なぜ誰も気に止めなかったのかしら。ああ、こう言うのは初めてですものね。私もすっかり考えていなかったし。仕方がないわ。
私のベッドに寝ている熊の人は生きているのか確認して、生きている事に少しだけ肩を落とす。死なれても困るのだけど………いない方が私には素敵だ。こんな熊の人と一緒に寝るわけにはいかないのでいつも通り窓辺に椅子を置いて音を聞く事にしましょう。寝るのは居間ね。
今日も静かな夜でありますように。耳を済ませて異常がないか聞き取る。これはハーフエルフ特有の技で、耳に意識を向け、あとは風を使えばだいたい国の半分くらいなら音を拾える。もちろん、魔力も減るし、気力もへる。まあ、私は結界からほんの数キロ離れた所までしか意識を向けないのだけど。疲れてしまうじゃない。
誰もこない音を耳に毎日、私は音を聞く。昨日は複数の馬車の音。今夜はとても静か………だったはずなのに。
「………」
突然、上体を起き上がらせた熊の人はそのまま首だけを動かす。ほとんど暗闇で、この部屋にある灯りは月のみ。蝋燭はすでに消してしまっているので薄暗い部屋でいきなり起き上がられたら心臓が跳ね上がるのは当たり前よっ。
まだ早鐘を打つ心臓を少しでも落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸。その時に熊の人への視線は外さない。突然襲ってくる可能性だってあるのよ。まだ気を抜いてはいけないわ。ほら、どこにあるかわからない視線が、私を捉えた。
しかし、熊の人は喋りだすわけもなく、動くこともなく私に視線を向けるだけ。私はその視線に避けるようにフードを目深くかぶり直す。これでも見える。もしもの時は透視の魔法を使えばいいのだから。さて、この熊の人………………どうしようかしら。
誰だと聞いてきたらもう一度眠らせましょう。突然襲ってきたら存在を消す方向で。ここはどこだと聞くならば無言で話を折る。熊の人は姿を布でおおう私に何を訪ねるのかしら?
「………………生きてる」
それは予想外ね。私に言っている………わけではないわね。私はハーフエルフ。命の短い人間と命の長いエルフの間に生まれた私はあと少なくても三千五百年は生きられる。ハーフはより長寿になる最悪の運命よね。死ななかったのは………きっと、私が生きたいと望んでいるから。
そうではなくて、熊の人よ。そう、熊の人。なぜ私を見ながら「生きてる」と言ったのかしら?少なくても五百年はこの山に篭って姿を隠している。私は疎まれているから長寿のエルフでも記憶に残らせないようにしているはず。それに、この熊の人は人間だわ。間違えるわけがない。………………本当は熊だったら、否定できないし私の間違いね。この毛むくじゃら。
「確か………殺されるはずだった」
一人でなにか言ってるわね。殺されるはず、ねぇ。恨まれる熊の人なのね。それならここに置いておけないわ。子どもたちになにかあったら大変。邪魔なものは消さないと―――
「俺は、誰だ?」
「え」
しまった!
そう思って口を塞ごうとしたが、遅すぎた。すでに声は出してしまっていて、案の定―――熊の人が私を視線を送るだけでなく射ぬこうとしていた。殺されそう、とかそんなものではない。どこにあるかわかるはずもない目は訴えている。知っているなら教えろ、と。
動かなかった私の存在が確かな存在にしてしまったゆえの失敗。熊の人は朧気だったからの私の存在を、しっかりと把握してしまったのだ。私と熊の人しかいないこの空間に、その存在は頼り。会話は成立した瞬間だった。