表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

リドリーとレリック

 ユノンは、リドリーが尋ねに来たというので、自身の部屋へと招き入れた。

 女性の部屋とはいえ、彼女の部屋はテーブルとベッドがあるくらいで、ほとんどが、研究資料の書類で埋もれている。それでも、さすが魔術の塔というべきか、自室に水道施設が取り付けられている。彼女はそこでお茶を淹れたりするので、そこだけは研究資料に埋もれておらず、食器類が並んでいる。

 リドリーは、お土産と協力してくれたお礼に、と言ってケーキを渡してきた。なので、彼をテーブルの横に置かれた椅子に座らせ、ユノンはお茶を淹れる準備をする。

「わざわざすまないわね。あなたたちのおかげで、私の疑いは晴れたしそのお礼をしようと、こっちから伺おうとしてたのよ」

「ふむんふ。そうなのかい? まぁ、気にしなくて良いよ。僕としては、仕事だったし。それにここに来たのだって、久々の長期休暇で、暇を持て余しているだけだからな」

「暇なの? 珍しいわね。なんだかんだでずっと働いているって、エレノアが前に愚痴っていたけれど?」

 複雑な文字の刻まれた魔法の壺でお湯を沸かしながら、からかうような笑みを浮かべる。普段は挑むような眼をしているから、どんな理由であれ、笑うと彼女は本当に綺麗に見える。

 リドリーは照れたように苦笑する。

「そんなことを言っていたのかい? まぁ確かに、捜査部になって三年。初めての休暇だよ」

「初めて!」

 ユノンは驚く。さすがにそこまで休んでいないとは思わなかったのだ。

「ああ。初めてだ。だから、エレノアにこの前、言われたんだ。偶には休むべきだってね。休まないから、心に余裕をなくすそうだ。だから一週間、仕事をするなって言われたよ」

「……まぁ、そうね。休みすぎもどうかと思うけれど、働きすぎも良くないわ。根を詰め過ぎると、最終的には煮詰まって、良い結果なんて望めない。それは、私みたいな研究職でも思う事よ。偶には休養は必要よ」

「はは。そうだね。まぁ、休んだことで、確かに気付けた事もあったよ。家に居ると、母さんが嬉しそうに話しかけてくるんだ」

「ふふ。リドリーのお母さんも、息子と話せる事が嬉しいのね」

「みたいだ。……僕の父はね。国の為にと熱心に仕事をする代わりに、愛した人を蔑ろにするような奴だったんだ。だから僕は、そうならない為に、身近な人を守ろうと、警官になったんだ。……でも、僕は最も大切にすべき母さんを、警官の仕事が忙しいからって、蔑ろにしていた。……それを、今度の休暇をとって思い知らされたよ。……本当に馬鹿みたいだ。これじゃあ、あの最悪な父親と一緒だ」

 リドリーは力無く、苦笑する。

 父とは違う事をしようとして、結局似たような事をしてしまっていることに気付いた彼は、とても傷付いているのだ。それは、ユノンにもわかった。

「でも、気付けて良かったじゃない。今までが間違っていたと言うのなら、これから直して行けば良いのよ。少なくとも、あなたはまだ、やり直せる所にいるんだから、これから休みもしっかり取って、親孝行すれば良いじゃない」

 あえて軽い調子で言うユノンに、リドリーは少し、救われたような気持ちになる。

「ああ、そうだね。……でも、一週間は長過ぎだ。家に居てもやることが無いし、久しぶりの暇な時間だから、何をすればいいのかもわからず、こんなところにも来ているほどだ」

 少しふざけた調子で言うリドリーに、ユノンは苦笑する。

「こんなところとは失礼ね。綺麗な女の部屋に来たのだから、男なら喜ぶべきところでしょう?」

 陶器でできたカップにお茶を淹れると、じっとりと呆れたような睨み方をして渡す。

「そっか。そうだな」

 渡されたお茶を飲みながら、彼は素直にうなずいた。

「いやいや。自分で言っといてなんだけれど、綺麗なってところには、突っ込むところじゃないかしら? 自分で言うな、みたいに」

 苦笑するように言うユノン。リドリーはそれに対して、首を傾げる。

「ん? 僕はユノンを、綺麗だと思っているよ」

「……そ、そう」

 ユノンは顔を赤くし、顔を俯かせる。

 褒められ慣れていないのだ。

 貴族や豪商のような後ろ盾のない彼女は、軽視されやすく、更には優れた才能があるだけに、ほとんどをコネで生きてきた者には妬まれやすくもある。

 例え容姿を褒められたとしても、そのあとには愛人の誘いか、あばずれや淫売などの、根も葉もない悪態がついていた。

 だから、リドリーのように、素直に褒めてこられると、とても弱い。

「あ、あの、えっと、……そうそう、シアンは、死んでしまったそうね」

 話題を変えようとそう言ったのだけれど、リドリーの傷ついたような顔を見て、すぐに間違いだったと知る。

「……ああ。助けられなかった」

 リドリーは自分の掌を見て、握りこむ。

 まるでそこに、救えなかった命があるように。

 シアンは人を殺した。

 捕まっても極刑になる可能性は高い。助けられたところで、すぐに死ぬ命。彼にもそれがわかっているはずだ。けれど、それでも、目の前で人に死なれるのは嫌なのだろう。人を守る彼にとっては、その少しの間でも、尊いのかもしれない。

「……ふぅ。一つ言っておくわ」

「ん?」

「シアンは、あそこで死んで、良かったんだと思うわ」

「……そんなことはない。……確かに彼は人を殺し、反省の色もなかった。死んだほうが良い人間なのかもしれない。……けれど、僕は人を殺すために警官になったわけじゃない。人を助けるためになったんだ」

「……リドリーは、死ぬべきだと思うような極悪人でも、助けるの?」

「……ああ、助ける。例え、死んだほうがいいと思える人間でも。……わかっているよ、自分の仕事とは矛盾しているのは。でも、嫌なんだよ。目の前で人が死ぬのは。……僕はなりたくないんだ。自分だけの解釈で、人の命を断ずるような人間には……」

「……そうね。独善は悪よりもたちが悪いわ。……でもリドリーは、人の死に責任を感じすぎているとも思うのよ。シアンが死んだのは、あなたのせいではない」

「それでも――」

 リドリーが言い返そうとするのを、ユノンは手を差し出して制す。

「まず聞きなさい。あなたは死を嫌なものだと考え過ぎているわ。でもね。世の中には悲しいことに、死が救済になることもあるのよ。それは、シアンにしてもそう。彼が捕まっていれば、おそらく彼は、死刑にはならなかったわ」

「……死刑にならなかった?」

 リドリーは目を見張る。

 殺した理由が復讐であり、正当性があれば、死刑を免れることはあるけれど、シアンはどこまでも私欲からの行動だ。普通であれば、死刑が求刑される。なのに、ユノンはそうはならないと言う。

「シアンは、魔属種との融合体よ。魔術の塔にとっては、喉から手が出るほどに欲しい、研究対象。彼の体を研究すれば、新たな魔術体系ができるかもしれない。だから、死刑にされるくらいならば、魔術の塔が裏で手を回し、実験体として入手していたでしょうね」

「……実験体」

「ええ。実験体よ。自由など何にもなく、非人道的な実験の数々を行われていたでしょう。それこそ、死んだほうがマシだと思えるような仕打ちの数々をね。……だから、シアンにとっては生き残るより、あの場で死んで良かったのよ。下手に苦しまなくて、済んだはずよ」

「でも、人体実験は」

「禁じられてはいるわよ。でも、公にならなければ、そんなの関係ないわ。それに、シアンはもう、人として扱われない。彼は既に魔獣だったのよ」

 そう言い切ったユノンの顔を、リドリーはじっと見つめる。

「……ユノンも、シアンで実験をしたかった?」

 そう尋ねると、彼女は顔をしかめる。

「……そんな酷いこと、出来るわけないわと可愛らしく言っても良いんだけれど、……残念ながら、魔法研究者の私としては、やっぱり、実験をしてみたかったわね」

「はは。そうか。なら、僕はユノンの魔の手から、シアンを守ったってことかな」

 リドリーは笑い、そして、頭を下げた。

「ありがとう、ユノン」

「何がかしら?」

「僕がシアンの死を気にしすぎないように、そう言ってくれたんでしょ? だから、ありがとう」

「別に本当のことを言っただけよ」

 ユノンは頬を赤らめ、顔を逸らすようにお茶を飲む。

「……そういえば、エレノアも休暇なのかしら?」

 ユノンはリドリーの微笑みに耐えられず、また、話を変える。

「いや。エレノアは働いているよ。一人での巡回はできないから、他のグループと回っているんじゃないかな」

「じゃあ今頃、レリックを追いかけているかもね」

 冗談めかしてそんなことを言うユノンに、リドリーは笑みを浮かべて首を横に振る。

「それはないさ。だって、君がレリックだろう?」

 笑みを浮かべながらの彼の言葉に、ユノンは表情を強張らせる。

「な、何を言っているのかしら?」

 恍けようとするユノンに、リドリーは笑う。

「ふむんふ。君がレリックだと言ったのさ。僕は最初に、ユノンに会ったときから、疑っていた。レリックの腕をつかんだ時、相手の腕の細さから女だというのに気付いた。そして、あれだけの魔法を使えるんだ。魔術の塔の人間以外にいないだろうと考えていた」

「……ふ~ん。……まぁ確かに、炎の魔法を使えて女なら、私はぴったり当てはまるわね」

 ユノンは頷いて、不敵な笑みを浮かべる。

「でも、それだけなら他に居るわよ。炎を扱える女魔術師なんて、この塔の中には他にもね」

 彼女の言うとおり、炎を扱う魔属種と契約した魔術師は、何十人といるのは事実だ。ペギルの事件で、リドリー自身も調べているはずだ。

「まぁ、そうだろうね。しかし、レリックは貧しい者の味方だ。魔術の塔で、貧しい者の味方をする者は少ないだろう? ユノンのように、孤児として拾われた身でもない限りはね」

「……私のことを調べたの?」

 睨みつけるユノンに、リドリーは軽く肩をすくめる。

「まぁ、ペギル殺しの犯人候補だから、一応はね。それでも、僕が疑ったのはそこじゃない。君がユノンとして僕らに会った時、言っただろう? 捕まえに来たのかと思ったと」

「……あれは、説明したじゃない。ペギルの件で来たのだと思ったのだと」

 眉を寄せるユノンに、リドリーは首を横に振って答える。

「いや、違うな。君は僕らを見たとき、顔を強張らせてから睨んできた。予め、警官が来ているのは知らされていたはずなのに、今さら警官がいたくらいで、顔を強張らせたのは何故か。それは、ペギルの件で来たと思っていた警官が、さきほどまで戦っていた警官だったからだ。違うかな?」

「……なんで私が、さっきまで戦っていたと思うのよ」

 否定することなく尋ねてくるユノン。

「君は、魔法を使って疲れていると言った。青ざめた顔から言って貧血だろう。けれど、血の契約で使う契約魔術は、ほとんど実戦でしか使わないと、君は説明してくれただろう?」

「……そうね」

「そこで、君はどこでそんな実戦を繰り広げたのかを考えれば、僕との戦いだと結びつけるのが普通じゃないかな?」

「……証拠はあるのかしら?」

 顔から表情を殺し、淡々と尋ねてくる。

「ふむんふ。証拠はその右腕かな。シアンの戦いで助けてくれた時、怪我をしただろう? お茶を淹れるときの動きが、ぎくしゃくしていたよ。……それに、僕らがシアンの正体に気付いたのと同じタイミングで、レリックはシアンの正体に気付いた。という事は、僕の推測を聞いていたという事だ。そしてあの時、事件の犯人を教えたのは、エレノアと君だけだよ、ユノン」

 そう言って微笑みかけるリドリーに、ユノンは諦めたようにため息を吐く。

「……ふぅ。……違うわと言って、適当な理由を造ることもできないこともなさそうだけれど、それすら見透かされそうな気がするわね。……そうよ。私がレリックで間違いないわ」

 ユノンはそう言って立ち上がると、棚の奥からレリックの仮面を取り出し、不敵に笑ってみせる。

「ふふ。口封じに殺してあげましょうか?」

「ユノンに、僕が殺せるのかな?」

「……本当に嫌な性格ね」

「良く言われるよ。主にエレノアにだけれど」

 苦笑するリドリー。

 彼は、化け物となったシアンを倒した。ただ魔法が使えるだけじゃ勝てないことを、ユノンは既に知っている。殺すにしても闇討ちしか勝機はなく、今の向かい合った状況では、不可能に近い。

「……それに、……まぁ、……人を殺してまでレリックであることを隠そうとは思わないわ」

「そうなのかい?」

「ええ。色々と言い分はあるけれど、私のやってきたことは、確かに罪だからね。捕まったのなら、諦めるわよ。それを覚悟した上での、怪盗レリックなの」

 そう言って微笑むユノンは、決意に満ちていて、最高に美しい。

 リドリーはしばし目を細め、見惚れたように見つめ、そして、頷いて立ち上がる。

「……そう。じゃあ、そろそろ、僕は帰るね」

「……え? 捕まえないの?」

 唖然とした顔をするユノンに、リドリーはニコニコと心底楽しそうな顔で返す。今までユノンが見た、彼の一番の笑顔かもしれない。

「ふむんふ。僕は今日、休暇だからね。エレノアには、警官の仕事を一切するなとも言われている」

「……じゃあ、明日捕まえに来るの」

 逃げる猶予でも与えてくれたのだろうかと、疑わしそうな目でユノンは見つめてくる。

「いいや。これは、ただの市民であるリドリーと、その友人のユノンとの会話だ。警官のリドリーとしては何も知らないことさ。むしろ、僕自身としては、弱いものを助け、飢え死にするような人を減らしているレリックを、とても支持しているくらいだからね。これからも頑張って。応援しているよ。だから、警官のリドリーには、レリックの正体は隠しておこうと思うんだ」

「……あ、あなたは……」

 ユノンは何も言うことができず、ただただ唖然としてしまう。

「まぁただ、警官のリドリーって男には気をつけなね。彼の仕事中に、レリックとして出会ったら、融通の利かない愚かな男だから、逃げるのは大変だろう。……じゃあ、また」

 そう言って、笑いながら出ていくリドリー。

 扉が閉じられてからしばらくして、ユノンは呆れたように呟いた。

「……あいつ、本当に性格悪いわね」

 そう言った彼女の顔には、笑みが浮かんでいた。


 最後まで読んでいただきありがとうございました。

 どうだったでしょうか? ミステリーになっていたでしょうか? 

 自分の作品を客観的に見ることがどうも苦手で、作業としてしか感じられないんですよね。それでも読み返していると……爆睡してしまいます。

 ……つまらないってことなのかな? ……面白いとは思って書いてはいるんですけれど。

 まぁ、そんな僕の作品ですが、面白いと思っていただければとても有り難いです。

 感想もいただければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ