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捜査開始

 レリックと遭遇して一週間が経つ。

 リドリーはいつものように、警官の詰所で準備を行う。けれど、今日はいつもとは違うやるべき事がある。ユノンから連絡があり、魔術の塔の捜査許可が取れたそうだ。

 この許可を取るのはとても難しかったに違いないと、簡単に想像ができる。

 彼女が被疑者として疑われている以上、証拠隠滅を企てているのではないかと、許可を取るのも難しいだろうし、更に疑われる可能性だってあっただろう。

 ユノンは愚かでは無いので、それだけのリスクを孕んでいることも理解しているはずだ。

 それでも本当に捜査許可を取ってきたという事は、彼女がそれだけ切羽詰まっていることだろう。危険な状態になろうと、解決の取っ掛かりが欲しいと願って。

 その事から考えれば、彼女は本当に犯人じゃないのかもしれないとは思える。

 そう思わせようとしているという可能性がないわけではないけれど、ユノンがそう思わせなければいけないのは、リドリー達では無く、魔術の塔の人間なので、自分が疑われる可能性を増やしてまで、リドリー達を騙す意味なんてない。

「むぅ。本当に魔術の塔の捜査に行くんですか?」

 エレノアが不満そうに頬を膨らませる。

「ああ。約束だからな」

「でも、ユノンさんに教えてもらった魔法の知識は、あんまり役に立たないものだったじゃないですかぁ」

「そうでもないさ。それに、例えこっちにとって実入りの少ない話だったとしても、約束は約束だ。破るべきではない。違うかい?」

「……うぅ、違わないです」

 エレノアはそう答えながらも、不服そうにしている。

 彼女としては、違う事件を追いたいのだろう。

 この一週間の中でも様々な事件があった。

 酔っぱらいが喧嘩して、それが広がって大きな喧嘩になったという呆れるような者から、実験用の魔獣が逃げ出すという物騒なものまで。レリックの事件だって起こっている。

 また、最近多い火事にしても、放火事件として取り扱いを始めた。それも、どの事件も火種を発見する事も出来ず、突如、どこからともなく火が燃え始めたという目撃情報もあり、魔術師の仕業ではないかという噂が立ち始めてもいる。その性で、事件は更に複雑かしているのだ。不幸中の幸いは、その犯人は人を傷付ける事は避けてくれているようで、被害の比較的少ない、無人の建物が狙われていることだろう。なので、今まで怪我人もでないでいてくれている。でも、それがいつまで続くかもわからない危うさがある。

 けれど、その中でエレノアが熱を入れている事件は、若い女性を狙った通り魔事件だ。

 襲われた女性は命に別条はなかったけれど、襲われた時のショックで、犯人の事を、何も覚えていないらしい。

 パン屋の娘を襲う事件があったけれど、もしかしたら同じ犯人かもしれない。もしも同じ事件だったのなら、これからも被害者は増えていくことだろう。

 力の無い女の子を襲うなんて、卑劣以外の何者でもない。エレノアはそういう事件を最も嫌っている。

 だから彼女としては、最優先で捕まえたいのだろう。

 リドリーとしても気持ちはわからないでもない。けれど、彼にはやらなければならない事はいくらでもあるのだ。そんな中で、残念ながら一つの事件だけに、固執する訳には行かない。彼に出来る事は、寝る間も惜しんで仕事をすることで、なんとか一つでも多くの事件を解決するしかないのだ。

 そして、今日やるべき事は、魔術の塔の捜査だ。こちらは人が死んでもいる。これ以上事件が起きないと言う保障だって無いのだ。優先順位はどうしようもなく高い。

「さぁ、ぶう垂れていないで、さっさと行くよ。この事件をさっさと解決できれば、それこそ、通り魔事件の捜査に費やす時間も増えるのだから」

「……そうですね。ちゃっちゃとあのいけ好かない女を捕まえましょう」

 エレノアは渋々と言った様子で頷き、準備を始める。

「エレノアは彼女が嫌いなのかい?」

 リドリーは彼女の支度が整うのを待ちながら尋ねる。

「……そんなことないですよ?」

「何故疑問形? というか、いけ好かないって言ったじゃないか」

「まぁ、いけ好かないですからね。なんてったって、綺麗なんですよ。出るとこ出てて、引っ込む所は引っ込んでいて、それに、とても大人っぽいし、頭だって良いんですよ。さらに、ちょっと上から目線な物言いをしてくるし、それも似合っていたりするし。……魔術の塔ってことは、上流階級の生まれだろうし。……うっわ、言ってたら更に腹立たしい」

 本当に苛立ったのか、子供のように地団太を踏んでいる。

 リドリーはそんな様子を眺めながら、エレノアとユノンを比較してみる。

 面白い事に、彼女とユノンは全く正反対だ。

 エレノアは顔は整っている方なのだけれど、それ以上に幼さがあり、可愛いと言われる事はあっても、綺麗とは言われないだろう。背は小さく幼児体型で、ユノンのような女性的な魅力は乏しい。行動は子供っぽく、頭も正直言って、よろしくない。というか、馬鹿だ。一般庶民の子でもあるので、お金持とは程遠い。

 なんというか、全てが負けているんじゃないだろうか?

「……要するに、無い物ねだりの妬みか」

「そうですよ! 悪いですか!」

 何故だか強い口調で言い切るエレノア。

 妬みを持つ事は恥ずかしい事じゃないと言われているようで、リドリーは思わず笑ってしまう。

「うぅ。何を笑っているんですか」

「……いや。僕はエレノアのそう言うところは、好きだよ」

「す、好き? な、何ですか突然? これはあれですか? 愛の告白ですか? 結婚しますか?」

 彼女混乱したように、あたふたとその場をクルクル回る。その姿は滑稽で、本当に愛らしい。

「ふむんふ、ペットとして飼いたいね。きっと、エレノアの姿を見ていたら、癒されると思うんだ。悩んでいる自分が馬鹿みたいだって」

「恋人へと昇格かと思いきや、まさかの愛玩動物扱いですか!」

 エレノアはショックを受けたように、膝と手を地面についた。

「さて、馬鹿をやっていないで、さっさと行くよ。こうしている間にも、時間が無くなって行くんだ」

 リドリーは苦笑しながら、詰所から出る。

「ああ、待って下さい」

 エレノアは慌てて追いかけてきた。


 魔術の塔へ行き受付で要件を言うと、すぐにユノンがやって来た。

「遅かったわね」

 約束の時間よりも少し遅れてしまったようだ。

「エレノアがもたもたしていたからね」

「それは、リドリー先輩がからかうからじゃないですか」

 エレノアが文句を言ってくる。

「はいはい。あなた達が仲良いのはわかったから、さっさと行くわよ」

「事件のあった部屋にか?」

「そう。でも先に、この間、あなた達と初めて会った応接室に行くわ。あなた達に遭わせたい人がいるのよ」

「会わせたい人? 恋人かい?」

「……何で私が、あなた達に自分の恋人を紹介しなくちゃいけないのよ」

 ユノンが物凄く呆れたような目で見てくる。

「軽い冗談さ。本当は、ご両親だろう。恋人として紹介してくれるのかい?」

「そんなわけないでしょ」

 彼女はジト目でリドリーを見る。

「ふむんふ、すまない。自分の願望を口にしてしまったよ。それで、誰を紹介してくれるんだい?」

「シアンよ」

「シアンさん? 何だか聞いた事のあるような名前ですね」

「第一発見者であるシアンのことだろう」

「……ああ」

 全然ピンと来ていない顔で、納得したと言うように頷くエレノア。完全にわからない事を誤魔化そうとしている。

「ふむんふ。ちなみに、シアンは何をやっている男か覚えているか?」

「そ、それはもちろん、魔術の塔に居るんですから、魔術師に決まっているじゃないですか」

「……それだったら、どんなに良かったかしら」

 ぼやくようにユノンが言う。

「確かにね」

 そうだったならば、ユノンが疑われる事もなかったかもしれない。しかし残念ながら、シアンは魔法の使えない商人だ。故に、魔法で殺されたペギルでは無い事がわかる。

 けれど第一発見者だ。もしかしたら、何か他の人には気付かない、重要な情報を得られるかもしれない。


 通された部屋では、一人の男が待っていた。彼がシアンで間違いないだろう。

 二十代半ば程で、ひょろりと背の高く猫背気味というだけで、他にはそれほど特徴のない男だ。

 彼はリドリー達の姿を見ると、柔和な笑みを浮かべて自己紹介をしてきた。それは商人特有の、媚びへつらうような、建前だけの笑みだとリドリーは思った。

 少なくともこれから尋問をされるのだ。それに対して笑顔で応じると言うのは不自然が過ぎる。

「警官の捜査部に所属するリドリーだ。早速で申し訳ないが、ペギル氏が亡くなっているのを、最初に発見したのはあなただね?」

「ええ、そうです。ペギル先生は話し好きの気のいい方で、商品を届けたりすると、色々な話を聞かせてくれた方です。……その縁で、仲良くさせて頂いたのですが、まさかこんなことになるなんて」

 悲しそうに顔を歪ませるシアン。仲が良かったのなら、ペギルの死は、さぞかし残念だっただろう。リドリーの質問は、彼の心の傷を抉る事になるかもしれない。けれど、そうしなければ、本当の所なんて、見透かす事はできない。

「ペギル氏とは普段、どのような話を?」

「ほとんど話しているのは、ペギルさんの方でしたね。私には正直なところ、魔術の話しなんて半分もわかりませんでしたが、ペギルさんは理解してくれなくとも、話しを聞いてくれる相手が居てくれるのが嬉しい人なんだと思います。なので、自分の研究の成果なんかも教えてくれたりしました。……まぁ、私には良くわかりませんでしたけれどね。それでも、話を聞いてあげているだけで、喜んでくれるペギルさんと一緒にいるのは、私としては、結構好きだったんですよ」

「なるほど。……では、彼の実験室には何をしに?」

「仕事も一区切りがついたので、いつものように話をしに行ったのです。ノックをしたのですが返事はありませんでした。扉の鍵はかかっていなかったようなので、すぐに戻って来るのだと思い、実験室の中で待たせてもらおうと扉を開けたのです。……そうしたら、血の臭いと焦げたような臭いがして……」

 そして、ペギルの遺体を見つけたのだろう。

 シアンは口元を押さえ、言葉を詰まらせている。彼が少し落ち着くのを待ち、質問を続ける。

「いつも、ペギル氏の実験室で話をしていたのかい?」

「ええ」

「ふむんふ。なら、ペギル氏の遺体を発見された時、普段と違ったと思う所など、気付く事はなかったかい?」

 リドリーの問いにシアンは思い出すような仕草をして、顔を顰める。きっと、遺体を思い出しているのだろう。

「……えっと、特に変わった様子なんてなかったと思います。……魔法の事には詳しくはないので、実験道具が荒らされていなかったことくらいしかわからないのですけれど、ペギルさんは整理整頓もしっかりしている人なんで、そう言った様子はなかったかと」

「そうね。私もシアンの叫び声を聞いて、ペギルの実験室に行ったけれど、物が荒らされた様子はなかったわね」

 ユノンがシアンの言葉に同意する。

「まぁ、私も別分野の研究だから、何かを持ちだされてたとしても、わからないんだけれど」

「……ふむんふ。なるほどね」

 今の言葉からわかる事は、もしも盗み目的ならば、犯人は探すまでもなく、ペギルの実験室のどこに、目的の物があるのかを知っていたということだ。つまりそれだけ魔法に精通し、ペギルとも親しかったと言う事だろう。

 そうなると、魔術の塔が探している犯人像から大きく外れる。けれど、実験なんて関係なく、恨みで殺したという可能性も推察できないわけでもない。

 犯人の可能性は、魔術に精通しながらも、ペギルと親しかった者か、憎んでいた者。

 全然絞り込めていないなと、リドリーは苦笑してしまう。

「ではあなたは、ペギル氏と親しかった魔術師、もしくは、仲の悪かった魔術師を、誰か知っているか?」

「いえ、さすがにそう言った事は、外部の人間なので詳しくは。……でも、そうですね。親しかったのはカーギルさんですかね。ペギルさんの実験室を尋ねると、偶に彼も一緒にいることもあったので」

「ふむんふ。カーギルですか」

 初めて出る名前だ。リドリーはユノンに説明を求めるように目線を向ける。彼女はそれを理解して頷いた。

「カーギルがペギルと仲が良いのは確かよ。今回の事件も、彼を殺した犯人を探すんだって息巻いて、調査部に参加しているくらいだしね」

「どういった男だ?」

「そうね。後で会えるから、直接聞けば」

「そうか。……すまない、質問の途中だったね。他に、ペギル氏の交友関係で知っている事はないかい?」

 リドリーはシアンに向き直って尋ねる。

「先程も述べたように、あまり詳しくは。……ああ、でも。……オルダーさんの悪口は、良く言っていましたけれど。オルダーさんも、ペギルさんを嫌っていたようですし」

 苦笑するように言うシアン。

 ペギルとオルダー、二人の仲が悪いことを、既にユノンからも聞いている。彼の言葉に、確証が取れたというべきか。

「あっ、でも、オルダーさんは、ペギルさんを殺そうと思うほど、嫌っていたわけでもないと思いますよ」

 シアンはオルダーをかばうような事を言う。

 まぁ、彼からすればオルダーだって客だ。一方的に悪口を言う訳にはいかないのだろう。でも、もしかしたら、そう思う確証がある可能だってある。

「ふむんふ。オルダーがペギル氏を殺そうとしない根拠は?」

「え? あ、いや、根拠という程の物ではないのですが、オルダーさんはペギルさんの事を嫌ってはいましたけれど、それは憎々しいというようなものではなく、どちらかというと、忌々しいと言った様子で。……んっと、上手く説明できないですね」

 シアンは困ったように頭を掻く。

 まぁ、リドリーは何となく、言わんとしている事を理解する。

 オルダーとペギルを嫌い合っていた。お互いに何かが気に食わず、腹立たしかったのだろう。だから相手が疎ましく、忌々しい存在だったのだろう。でも、気に食わないという理由だけで人を殺すと言うのは、確かに考え難い。人が相手を殺す時には、もっと明確な殺意となる出来事があってしかるべきだろう。

 まぁ、それでも、忌々しい関係は簡単に、殺意となる出来事も起こし易いのも事実。シアンの知らない出来事があった可能性は十分にあり得るので、オルダーがペギルを殺さない根拠とはならない。

 他にも色々と質問をしたけれど、事件を解決するような手掛かりは得られなかった。

 捜査に協力してくれた事に感謝を述べ、シアンと別れる。そして今度は、ペギルの殺されたという実験室へと向かう。

 道すがら、できればオルダーの話も聞いてみたかったとユノンに言うと、首を横に振られた。

 残念ながら、それはできそうにないようだ。まぁ、当然だろう。

 オルダーはユノンを犯人に仕立て上げることで、自ら疑われることから逃れようとしているのだ。そんな彼が、彼女の潔白を晴らす為の捜査に、協力なんてしてくれたりはしないだろう。

 実験室にはすぐに辿り着いた。扉の前に、一人の男が待っていた。

 中肉中背で、やや神経質そうな顔をした男だ。

「彼がカーギルよ。……まぁ、私は容疑者だからね。さすがに実験室を調査するとなると、監視が付くのよ」

 苦笑するユノン。

 確かに仕方ない事だ。容疑者が勝手に入って、証拠を消されてしまったら目も当てられない。

「ふむんふ。警官の捜査部に所属しているリドリーだ、よろしく」

 リドリーは握手を求めるも、握り返してはくれなかった。

「カーギルだ。正直なところ、お前たち警官の力など必要としていない」

「まぁ、そう言わずに。あなたは亡くなったペギル氏と仲が良かったのだろう。彼の仇を取ろうと犯人捜しをしているのに、冤罪で違う犯人を捕まえてしまったら、やりきれないじゃないか」

「ふん。これは魔法による事件だ。魔法のことを何も知らないお前に、何ができる」

「あはは。それならあなたは、殺人事件の捜査を知らないじゃないか。そもそも、ユノンを一番の犯人候補として考えている時点で、おかしな話だ。確かに彼女は犯人の可能性はあるけれど、僕から言わせれば、その可能性はとても低いよ」

「私とて、ユノンを犯人だとは思ってなどいない。あんなのは、オルダーが裏で手を回しているに過ぎない。そして、この事件の犯人は、奴で間違いないだろう」

「ふむんふ。なるほどね。……でも、僕はその可能性も低いと思うんだよ」

「なんだと?」

「まぁ、とりあえず先に、実験室を見せてくれないかな。残念ながら、実験室を見ない事には、僕の言葉はどこまでも確証なんてものはないからね」

「ふん。……まぁ、良いだろう。勝手に荒らすなよ」

 カーギルは鼻を鳴らして、実験室の扉の鍵を開ける。

 重く分厚い鉄の扉の向こうには、とても大きな部屋が広がっているようだ。外の光は入って来ないようで、部屋の全体像を掴む事はできない。

 ユノンが天井に付いている魔法の灯を付けてくれる。白い魔法の光が部屋の中を照らした。

 部屋の真ん中には書斎にあるような大きな机があり、棚には書籍と実験器具が整理されて並んでいる。前に案内されたユノンの部屋よりも大きく、最も目を引くのは、人が余裕で入りそうな円柱状な透明なケースが、壁に並んでいるのだ。その中には、黄緑色の液体が満たされており、見た事もない生き物が一緒に入っている。実験室という言葉が頭に浮かぶ。ならばこれらは、実験動物ということだろうか?

「……これはもしかして、魔獣なんですか?」

 エレノアがそう言ってケースの方へ近付いくと、ケースの中に入っている生き物の目が開く。

「ふやあぁ。生きてます! 生きてますよ、この生き物!」

 叫びながらリドリーの後ろに隠れるエレノア。

 人をすぐさま盾にしようとするのは、警官としてどうなのかと思ったけれど、ケースの中の生き物が生きている事に驚いたのは、リドリーも同じことだった。疑問を投げかけるようにユノンを見ると、彼女は苦笑する。

「ペギルの練成術は、前にも説明したように、根源とも言える文字を弄ることで、その生物や物質を、違うものへと変質させる魔法よ。このケースの中に居るのはおそらく、彼の生み出した魔法生物よ」

「……魔獣を生み出すんですか? ……でも、魔獣なんて生みだして、何の役に立つんです? むしろ、魔獣なんて危険極まりないじゃないですか」

「エレノアは勘違いしているみたいね。別に魔法生物と魔獣は違う存在よ。魔獣は、魔属種がこの世に実態を持ち、知能を失い、凶暴化した存在なの。けれど魔法生物は、普通の動物の魔印を弄くることで、私達に都合のいい能力を付加した生き物なのよ」

「ふむんふ、ユノンの言う通りだね。例えば、この町の周りに放牧されているウシやヤギが、魔法生物なんだよ」

「え? そうなんですか?」

 前にも説明されたはずなのに、驚いたような顔をするユノン。自分には関係ないと思って聞き流していたのだろう。

 リドリーは呆れたようにため息を吐く。

「ウシやヤギを練成術で変質させることで、乳がいっぱい取れるようにしているんだ。軍用馬もまた、体を頑強にする為に弄られていると言うし、君の好きな樹液を出すコゼットの木も、樹液を取り易いようにと練成術で生まれた木なんだよ」

「な、なんですと! 練成術のおかげで、コゼットパンが食べられるのですか?」

「ああ、そうだな」

「ある意味、神の創った摂理を壊しているのかもしれないけれど、練成術は人の役に立つ技術よ。このケースに居る魔法生物だって、人の役に立つ魔法生物として、生み出されたのかもしれないのよ」

「そうなんですか。お前達は偉い奴なんですねぇ」

 そう言って、優しくケースを撫でるエレノア。そんなエレノアの様子に、カーギルの顔が曇る。触られた事が嫌だったのだろうか? 神経質が過ぎると思う。

 リドリーもケースの中の生き物を見る。この生き物が本当に人間の役に立つのかはわからない。練成術はとても難しく危険な魔法だという。生き物の根源を変えるのだから、当然だ。

 例え根源の文字を弄ろうと、思った通りの生き物になる可能性は限りなく低く、たいていは変質して息絶える。なので、上手く行くまで何度でも何度でも、実験を繰り返すしかない。

 数多くの命を犠牲にして、神を冒涜するように、生き物を変えていくのだ。

 ここは、人が豊かに生きる為に犠牲となる、暗部なのかもしれない。

 リドリーは胸糞悪さを覚える。知らない方が幸せという言葉があるけれど、呑気に微笑むエレノアを見ると、その通りかもしれないとも思う。

 とりあえず、事件の捜査という本来の目的の方に集中しようと、部屋全体を改めて見回す。

「ここは、事件のあった時のままなのかい?」

「ああ。さすがに死体は運び出したけれど、その場所も印をしてある」

 カーギルは頷き、地面を指差す。確かにそこには、人の下半身を模したような線が引かれている。つまり、そこにペギルが倒れていたのだろう。

 何故か下半身だけだが、何となく理由はわかる。

 上半身があったであろう場所は、床の石畳ですら溶けていた。おそらく、超高熱で焼かれたのだろう。残っていたとしても、炭くらいか。それなのに、下半身は全く焼かれていないという状態。つまり、その場だけに超高熱の炎が留まっていたと言う事だ。

 確かに自然ではあり得ないだろう。普通なら延焼している。

「……魔法……か」

 言われた通り、それしか思い浮かばない殺され方だ。

「……しかし、気になるのはこの血だまりかな?」

 ペギルの遺体があった場所から、二、三歩離れた所の地面に、血が広がっている。今は乾いてしまって、床にこびりついているという感じだけれど、かなりの量だ。これだけの血を流せば、人は簡単に死ねる。

「その血は、ペギルの血よ」

 ユノンが教えてくれる

「ペギル氏の?」

「ええ。この血の魔印は、彼の魔印の構成と酷似しているの。だから、双子でもいない限り、彼の血で間違いないわ」

 ユノンは何気なく言ったけれど、魔印の構成で、誰の血かを調べることができるようだ。

「ふむんふ。魔印術はそういうこともわかるんだね。とても便利だ。……ちなみに、ペギル氏に双子は?」

「いないわよ」

 なら、この血はペギルの血で間違いないだろう。しかし、ならば何故、彼の血なんてあるのだろうか?

 燃やされた遺体の辺りには、血なんてない。

 契約魔術を使える者は、魔法に耐性があると言う。だから、刺して弱らせてから魔法で焼いた?

 けれど、血の量から見て、刺しただけで死んでいるだろう。死んだものをわざわざ焼く意味がわからない。

 ……しかし、実際は焼かれていると言う事は、それだけの意味があると言うことだ。

「ユノン。契約魔術の魔法の耐性って、どのくらい機能するのかな。例えば、いきなり炎の魔法をくらっても、耐えきれるものなの?」

「契約魔術は、そこまで万能でもないわ。攻撃されると知覚していれば、耐性も生まれるだろうけれど、急に襲われれば、そうもいかないわ。契約魔術を使うには、何よりも平常心が必要なのよ」

 見回しても、争ったような跡もない。ペギルは不意打ちのように刺されたのだと思われる。焼き殺す必要があるのなら、最初から炎の魔法を使えば良かったのだ。それでも、そうはしなかった。

「……例えば、準備をしていれば、炎の魔法が得意でなくても、ペギルを焼いたような強い炎の魔法を行う事はできるのかな?」

「……まぁ、時間があるのならできると思うけれど、……何かわかったのかしら?」

「ふむんふ。色々と思い浮かぶものはあるけれど、……まぁ、ユノンが犯人である可能性は限りなく低くなったかな」

「ば、馬鹿な」

 愕然と呟くエレノア。

「……いや、なんでそこでエレノアが驚くのよ。あなたは本当に、私が嫌いなのね」

「そりゃ、もちろんそうですよ。綺麗だし、出るとこ出てて、引っ込むとこは引っ込んでいて女の人らしいし。しかも魔術師ってことは、収入だって相当じゃないですか。なんですかこの人。妬ましいったらないですよ」

「……そんな堂々と妬まれても」

「ふむんふ、清々しいまでに自分に正直でしょ」

「……清々し過ぎるわよ」

 頭痛でもするのか、ユノンは頭を押さえる。

「それより、リドリー先輩。ユノンさんが犯人じゃないって、どういうことですか」

「限りなく犯人じゃないっていったわけで、犯人ではないってわけではないよ」

「それでもです。どういうことですか?」

「できれば私も知りたいわね」

 エレノアとユノンが問いかけてくる。カーギルも、少し離れた場所で興味深そうな視線を向けて来ている。

「ふむんふ。そうだね。僕が気になったのは、この血だまりだ。これから想像するに、ペギルは魔法で焼き殺されたのではなく、刺されたのか斬られたのかはわからないけれど、炎とは違った、何らかの方法で殺されたんだ」

「……そうね」

「では、何故殺された後に焼かれたのかが、わからない」

「……確かに、言われてみれば」

「だから僕は、どうして焼かれたのかを考えて見るべきだと思ったんだ」

「それはただ単に、殺しただけじゃ気がすまないで、殺した後で焼いたんじゃないですか?」

 エレノアが首を傾げながら言った。

「ふむんふ。それだけ憎しみが深かったって事だね。確かに、憎しみは理屈だけでは説明できない行動を起こす事がある。けれどこれは、衝動的な犯罪だとは思えない。冷静に冷徹に、ペギル氏を殺したと思うんだ。あまりにも現場は綺麗過ぎるからね」

「……むぅ。確かに」

 エレノアは頷く。

 衝動的な犯行になると、人はどうしようもなく動揺し、何がしかの証拠を残すものだ。それに気付いて証拠隠滅を図るにしても、ずさんさが見受けられる。けれど、この現場にはそんな様子がない。まるで、自分には辿りつかないと言う自信があるようにも思ってしまう。まぁ、リドリーの勝手な推測だけれど、エレノアも似たような印象を受けるのだろう。

「なら、リドリーはどう考えるの?」

「そうだね。これが用意周到な殺人ならば、遺体を焼いたのは必要なことだったと思うんだ。証拠隠滅の為か、犯人像から逃れるためかはわからないけれど。……とりあえず僕の推測としては、わざわざ遺体を焼くことで、炎を得意とする魔術師に、罪を着せようとしているんじゃないかと思うんだ」

「炎を得意とする魔術師に?」

「そう。そして普通ならば、ペギルと仲が悪く、炎を得意とするオルダーが疑われるはずだった。けれど、偶々第一発見者となった君も、炎が得意だった故に、疑われることになったんだ」

「待て。そうなると、オルダーでもないと、お前は言うのか?」

 カーギルは顔色を変える。

「……つまり犯人は、ペギルとオルダーに恨み持つ者ってこと?」

 ユノンは確認するように聞いてくる。

「まぁ、ペギルの研究成果を狙っていて、オルダーとの仲違いを利用したって可能性も、同じくらいあるけれどね。もしくは、オルダー自身が、誰かが自分に罪を着せようとしていると言うことで、自分は犯人に陥れられた被害者になることで、容疑から外れようという裏がある可能性もあるけれどね」

「でも、そんな事、オルダーは言ってないわ」

 疑わしげに、ユノンが言ってくる。

「はは。それは先に、ユノンが疑われたから、言う必要が無くなったってだけかもしれないじゃないか。まぁ、疑い出したらきりはないね」

 けれど、ユノンの可能性は減っているのは確かだ。もしも、ユノンにペギルを恨むような動機があれば、その可能性はいくらでも変わってしまうけれど。

「……そうね。……血だまりもあるってことは、……事故の可能性はない……か」

「事故?」

「ええ。ペギルの創りだした魔法生物が暴走して襲ったという可能性を、一応は考えていたのよ。でも、魔法生物の姿が今の今まで見つかってもいないし、リドリーの説明から考えて、人為的なものなんだと思えたわ。けれど、凄いわね。現場を見ただけで、こんなに推測を立てられるなんて。正直見直したわ」

「ふむんふ。そう言って貰えると有難いね。でも、偶々だよ」

 リドリーは謙遜しながら、魔獣の入ったケースを見ていく。四足の獣じみた魔獣や爬虫類のような魔獣。また、猿のようなものまで居る。

 その中で、一つだけ空っぽのケースがあった。特に壊れた様子もないので、壊されたというわけでもない。ここから逃げ出したと言う事も無さそうだ。

 その後も色々とペギルの実験室を調べるのだけれど、事件解決の手掛かりになりそうなものは見つからなかった。

 状況から推測するに、犯人は魔術に精通しているということだろう。そして、その容疑はユノンやオルダーだけでは留まらないということだろうか。

 今や、魔術の塔の全ての魔術師が、容疑者になってしまった。

 厄介な事この上ない。ペギルの実験室の操作許可は出たけれど、だからと言って、自由に魔術の塔を捜査できるわけでもない。魔術師たちから、事情聴取する事も論外だろう。協力してくれる者なんて、ユノンの友人くらいだろうか。そしてそうなると、証言はどこまでも偏ってしまう。

「ふむんふ。先は長いね」

 リドリーはこの事件の難しさに嘆息する。

 自由に調べられない事が多過ぎる。

 人間関係を探る事も出来ず、研究内容を聞いたって理解できない。これでどうやって、犯人を絞り出せというのだろうか?

 残念ながら、リドリーが魔術の塔でできる事は少ない。……何も、魔術師たちはずっと、魔術の塔から出ないわけではない。魔術の塔には食堂もあるけれど、酒を飲んで騒ぐ時は外に行くという。そこでならば、少しは情報を集められるだろうか?

「リドリーと言ったな」

 カーギルが話しかけてくる。

「……不本意ながら、お前の言う事には筋が通っている。お前に全てを任せる気はないが、それでも、少しは協力しよう。何か聞きたい事があれば出来る範囲で教えようじゃないか」

 つまり、認められたということだろうか? やはり自尊心があるからか、大分素直ではないけれど。

「それは有難い。では、質問させてもらうよ。あなたがペギル氏を殺した?」

 リドリーが気負うことなくした質問に、カーギルは顔を強張らせ、次にその形相を憤怒に変える。

「……お、お前は、ペギルを私が殺したと言うのか」

 感情を押し殺そうとする声で聞いてくるカーギル。

「ふむんふ。その可能性もあるとは思っている。あなたはどうやら、ペギル氏とは最も仲が良かったようだからね。友情は妬みによって殺意に変わる事もあるあるからね。もしもあなたが、ペギル氏の研究内容を横取りしようと考えていたら、その手にかけたとしてもおかしくないだろう」

 リドリーの説明に、少し冷静さが戻ったようで、カーギルは頷く。……その目の怒りが消えたわけではないけれど。

「……なるほど。だが、それはない。私とペギルの研究内容は違う。僕は魔印術を専門にしている。だから、練成術の研究内容なんて盗み出しても、利用できる事は少ない。そもそも私は、ペギルの不得意としている魔印術のサポートの為に、協力をしたりもしていたのだ。むしろ私は、妬むどころか、彼の研究を応援していたのだ。……そう、私は、あいつの研究を……、くぅ、不愉快だ」

 カーギルはそう言い放つと、実験室から出て行ってしまう。

「……今のは、怒られて当然じゃないかしら?」

「そうですよ、リドリー先輩。今のはあんまりにもあんまりです」

 ユノンとエレノアが意見を一致させて避難してくる。それに対してリドリーは苦笑する。

「はは、そうだな。僕は最低だ。……でも、とりあえず、カーギルには何か思うところがあるみたいだね」

「思うところ?」

「後ろめたさみたいなものさ。僕が聞いた時、彼は顔を強張らせた。人が顔を強張らせる時、それは、どこかにそうなのかもしれないという思いがある時だと思う。つまり、図星を指されたということだ。彼の中にはペギルを殺してもおかしくない動機があるんだと僕は見る」

「彼に動機が?」

「ああ。それも研究に関してだ。最後に彼は、言い淀んで帰って行っただろう?」

 リドリーの言葉に、ユノンはカーギルの様子を思い出そうとする。

「まぁ、だからと言って、犯人と言うには証拠なんてないからね。まだ、断定はできないよ」

 彼の中にある後ろめたさは、もしかしたら、救えたかもしれないのに救えなかった的なものの可能性だってあるのだ。そう考えると、人の中には、自分の性で死んでしまったと考えてしまい、更には、自分が殺したという考えにまで至ってしまう事もある。

 まぁ、どちらにしろ、カーギルはかなり重要な情報を持っている可能性がある。

 そう思うと、もっと話を聞きたい。けれど、完全に怒らせてしまった今、それは難しいだろう。

「……怒らせるタイミングを間違えたかな」

 リドリーは少し後悔するようにぼやいた。


 魔術の塔での情報収集はユノンに任せ、二人は普段通りの警邏に戻ることにする。

「それでは頑張って、通り魔を捕まえに行きましょう」

 やる気を燃やすエレノア。ペギル事件への取り組みとは大違いだ。

「……まぁ、そうだね」

 リドリーは頷きながら、通り魔事件についても考え始める。

 今の所、わかっている被害者は二人。もしかしたら、襲われても泣き寝入りをしている被害者もいるかもしれないので、もう数人、被害が出ている可能性もある。

 少なくとも、被害者二人は襲われた時の事を全く覚えていないと言う。

 被害を受けた者は、あまりの恐怖に真っ白になるのだろう。その時の記憶を失う事は稀にある。けれど、二人ともそうなるというのは、あまりにも出来過ぎではないだろうか?

 目撃者も今の所現れていないし、何の手がかりもない。

 怪しい人を見なかったかと、聞き込みをして回るしかないだろう。

 そんな事を考えながら、魔術の塔を出ようとすると、男に声を掛けられる。

「お前がリドリーか?」

 ぶしつけに人の事を、値踏みするような視線を向けてくる。

 恰幅の良い中年の男。ユノンと同じローブ姿なので、ユノンと同じ魔術師なのだろう。人を見下すことに慣れているようで、魔術師らしく富裕層の人間だと予想できる。

 そう考えると、ユノンにはそう言うのが無かったなとリドリーは思う。値踏みをするような視線を向けられはしたけれど、あれは警戒から来るものだった。決して、人を見下すような態度はとってはいない。……まぁ、馬鹿にしたような視線はしていたけれど。……主にエレノアに。

 リドリーは心の中で苦笑し、男に尋ね返す。

「確かに僕はリドリーだが、あなたは?」

 男は眉を不機嫌そうに動かす。

 敬語を使わなかった事が気に入らなかったのかもしれない。でも、リドリーは基本的には敬語を使う気はない。人に対して、差を付けるのは嫌いなのだ。そして、捜査する者として、全ての人に平等であるべきだとも思うのだ。だから、もしもリドリーが敬語を使うとすれば、全ての人に敬語を使うようになるのかもしれない。それと同じ理由で、リドリーは敬称も使わない。敬称を付けるとしても、亡くなった者くらいだ。少なくとも亡くなった者は、疑う必要が無いから。

 まぁ、それでも、仕事上必要ならば、仕方なく敬語も敬称も使うので、絶対とは言えない部分もあるのだけれど。国王への謁見でタメ口なんか聞けば、最悪、不敬罪になってしまうし。

 少なくとも、今がその必要な時だとも思えないので、リドリーはとりあえず、地のままで良いと考える。

 男は不機嫌そうに鼻を鳴らし、名乗る。

「私の名は、オルダー・バーツだ。お前が無能でなければ、この名前に心当たりがあるだろう」

「……オルダー・バーツって誰ですかね?」

 エレノアが尋ねてくる。

「さぁ?」

 リドリーは首を傾げる。

「……お前達は、ユノンから何も聞いていないのか?」

 眉を寄せるオルダー。

「ふむんふ、冗談だよ。確か、亡くなったペギル氏と仲が悪いと有名なオルダーだよね」

 オルダー・バーツ。確かにこの名前には心当たりがあった。ユノンに続いての、ペギル事件の容疑者。炎の魔法を得意とし、動機があるという理由から、ペギル殺しを疑われている男。

 オルダーは腹立たしそうに、歯ぎしりをする。

「ふざけた男のようだな。……まぁ、良い。それより、お前達に話しがある」

「ふむんふ。事情聴取を、受けてくれるのかい?」

「ふん。私はペギルを殺してなどいない。故に、事情聴取など受ける必要もない」

 オルダーは吐き捨てるようにそう言い切った。

 かなり自分勝手な言い分だけれど、彼からは後ろめたさは感じない、絶対の自信があるようだ。

 それは、自分が殺していないのだと、誰よりも知っているからか、もしくは、殺した事がバレないという確信があるからか。

「では、話しとはなんだい?」

「お前はユノンに言われて、ペギル殺害の犯人を探しているのだな」

「ええ。なので、ペギル氏の死について、何か知っている事が教えて欲しい」

「私は何も知らん。……それより、この件から、早々に手を引け」

 睨みつけてそんな事を言ってくるオルダー。

 彼にとって、真実を知られる事は厄介だと言うことだろうか?

 リドリーはとりあえず、首を傾げて尋ねて見る。ド直球で。

「というと、あなたが犯人だから?」

 オルダーはつまらなそうに鼻を鳴らす。

「ふん。違うと言っているだろう。私にとって、ペギルを誰が殺したかなどという事は、どうでも良い事だ。しかし、奴との仲違いを知っている誰もが、私に疑いの目を向けてくる。正直、今の状況は煩わしいのだ」

 なるほど。疑われているという状況が、煩わしいから、ユノンが犯人ということで、早期解決を図りたいのか。

 オルダーは本心を言っているように思う。もしくは、上手い嘘なのか。

 いずれにしろ、リドリーの答えは決まっている。

「ふむんふ。悪いが、そう言う訳にはいかない。事件の捜査が、僕らの仕事だからね」

 きっぱりとそう言うと、オルダーは深いそうな顔をする。

「ふん。お前達の考えなどわかっている。結局、金だろう? 金が欲しいのだろう? ユノンが提示した、倍、いや、三倍の額を支払ってやる。どうせ、ユノンは貧民の出だ。たいした額も用意できていないだろうしな」

 嘲笑うように言うオルダー。

 貧民とは言葉通り、貧困に喘ぐ民の事だ。

 魔術師の塔は、基本的に富裕層の人間が所属していると、一般的に知られている。だから、ユノンが貧民だったと言うのは、意外だった。

「ユノンは、貧民の出なのですか?」

「そんな事も知らないのか。まぁ、わざわざ自分にとって、マイナスになるような事を知らせるわけもないか。……そうだ。ユノンは貧民の出身だ。腹立たしい事に、稀に領主さまに見い出され、この魔術の塔に入れられる者がいる。ユノンもその一人だ。……ふん。領主さまはわかっていないのだ。魔術は、高貴なる者たちに相応しいと。あんな、下賤な者に、魔術を学ぶ機会を与えるなど、間違っている。……大方ペギル殺しも、あの女が奴の研究成果を得て、金を得ようとでも考えたのだろうさ」

 憎々しげに言うオルダー。

 そんな彼に聞こえないように、エレノアは小声で言う。

「……私には、領主さまがとても良い事をしているように思えるのですけれど」

 まぁ、そうだろう。

 だが、魔術という特権に浸かりたい者にとっては、劣ると思っていた者が、同等の権利を持つと思うと、気に喰わないのだろう。

 残念ながら、大なり小なり、そう言った思いは誰にでもあるのかもしれない。

 リドリーだって、もしもエレノアが、これで後輩じゃなく、同じ立場でタメ口でもされたら、見下しはしないだろうけれど、イラッとはしていたかもしれない。

 だから、オルダーを全面的に否定する気はない。

 まぁ、気分の良いものではないのは変わらないけれど。

「それで、結局。あなたは何を言いたいんだい?」

「察しの悪い男だな」

 オルダーは見下すように言った。

「……むむぅ。察しが悪いのはどっちですか」

 エレノアが小声で文句を言うけれど、オルダーには聞こえていないようだ。むしろ、彼の中では、エレノアみたいな小娘のことなんて、眼中にないのかもしれない。

「ふん。ならば、お前にもわかり易く言ってやろう。金をやるから、この件から手を引け。いや、もしくは、ユノンを犯人しろ。そうだ。それが良い」

 オルダーはそう言った。言ってしまった。

 ああ、本当に察しが悪い。折角わからないフリをしていたのに。

「オルダー・ハーツ。贈賄罪であなたを逮捕する」

「なっ」

 驚くオルダー。警官に賄賂を渡そうとして、逮捕されない方がおかしい。そんなこと許したら、いくらでも冤罪が出来上がってしまう。

「ふ、ふざけるな」

 オルダーが文句を言ってくるけれど、基本的に、犯罪者には容赦しない。とりあえず、縄で腕を縛ろうとすると、彼は起こったように魔法を使い、縄が燃え上がる。

「誰が捕まるものか。お前、私を馬鹿にして、ただで済むとは思うなよ」

 そう言って、彼の手に、赤々と炎が燃え上がり、そして、それを火球にして放って来た。

 リドリーは舌打ちする。これで、彼の罪は更に重くなったのだ。大人しく捕まっていれば、数日の拘留と、罰則金だけで済んだかもしれないのに。

 突如始まった入り口付近での戦闘に、魔術の塔は騒然となっていた。

 魔術の塔の人間は、戦う訓練をしてきた訳では無く、ただの研究者がほとんどだ。こんな事態に慣れていないのだろう。

 だがそれは、暴れるオルダーも同じ事だ。

 レリックに比べれば、その動きは鈍重そのもの。威力はレリックとそれほど変わらないように見えるけれど、正面からの変化のない攻撃の数々。来るとわかっている攻撃など、当たりはしない。

 彼をすぐさま抑えつけるのは、簡単にできそうでもあった。きっと、エレノアにもできるに違いない。でも、だからこそ、これは試すチャンスだと思った。

 リドリーは避けながら、自分の心の中で強く言い聞かせる。

 あの炎は幻覚であると。

 例え熱を感じ、痛みを感じ、周囲の物を焼いていようと、あれは、ただの幻であり、錯覚だ。

 本当に存在する者ではない限り、それは、自らを傷付ける事はない。

 魔術は、強い思いに否定されれば、その効果を減少させると、ユノンは言った。だから、リドリーはそれを実践しようとしていた。

 その為に、自分に対して暗示をかけているのだ。

 そして、向かってくる巨大な火球。

 当たればただでは済まないように思える。死にはしなくても、体中酷い火傷に苛まれるかもしれない。

 それでもたいしたことないと自分に言い聞かせ、リドリーは決意をすると、向かってくる炎を受け止めようとしたけれど、直前で避けた。

「やっぱり、無理だよね」

 例え当たって痛くないと思っても、痛くないと思おうとしている事自体が、気付いてしまっているという事なのだ。

 魔法を防ぐには、元々過小評価しておくか、魔法など気にならない程に、何か他の事に集中していなくては駄目だろう。しかし、避けようとしている今の状況では、そんな事を思えるわけもない。

 魔法対策も考えたいが、とりあえずはオルダーを鎮圧するのが先だ。そろそろ被害がただ事ではなくなってきている。

 オルダーが魔法を放った瞬間、一気に距離を詰めながら火球をかわし、相手の顎を警棒で殴る。

 鍛えていないオルダーは、それだけで昏倒する。

「オルダーを縛りあげてくれ」

 そう言うと、エレノアは素直に縛り上げる。その時、彼女が目を隠しも点けているかを確認する。

 古来より、魔術師の魔法を封じるのは、目隠しが一番だと言う。

 その理由は今までわからなかったけれど、ユノンの魔法の講義を受けて、何となくわかる気がした。魔術師が魔法を使う時、そこには魔印を見るという行為がどうしたって必要なのだろう。

 契約魔術であろうと、意思疎通には魔印術が必要だという。そして、例え契約した後でも、どこかで魔属種と意思疎通は必要だろう。そこが、魔印をも見通す目なのかもしれない。だから、目を封じられ、魔印を見通すことができなくなると、魔法が使えなくなるのかもしれない。

 オルダーを捕まえた。

 これは、とても大きい事だ。ペギルの事について、詳しく聞く機会が転がり込んで来たと言える。

 おそらく、警官の詰所の地下にある留置所でとどめておけるのは、最大で二日。そこを逃すと、罪の判断をする為に、ここの貴族に仕える文官たちが、城の方にあるしっかりした牢獄へと連れて行ってしまうのだ。

 なので、留置所に居る間に、聞ける事は聞き出しておかなければならない。

「エレノア。悪いが、オルダーの尋問を取り急ぎ行う。残念ながら、通り魔事件は、後回しになる」

「……む、むぅ。仕方ありませんね」

 エレノアは不満そうではあるけれど、納得はする。

 未熟ではあろうと警官だ。捕まえたオルダーに話を聞ける期間が、短い事を知っているのだ。


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