表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

たかしシリーズ

勇者タカシの母でございます

作者: 紫炎

 みなさま、お久しぶりです。

 勇者タカシの母でございます。久方ぶりではありますが、本日良いお知らせがありましたので筆をとらせていただきました。


 タカシが異世界に送られてから早一年。もう随分と昔のことのようにも思えますし、あっという間に過ぎていったようにも思えます。


 この一年は色々とありました。


 学校帰りにタカシが行方不明になり、捜索の甲斐なく見つからぬ日々が続き、それから一ヶ月後に唐突に訪れたお役所の方から告げられた異世界トリップの言葉。悪夢でした。


 そして、続くタカシの親権の譲渡。異世界に行った人間は例外なく不可思議な力を手に入れて戻ってくるそうで、それはともすればテロリズムに利用されることもあり、外国から強制的に拉致されるケースも相次いでいると教えられました。そうした問題を解決するために保護プログラムがあり、タカシもそうしたものを受ける必要があるとのことでした。


 とはいえ私も親です。一方的な通知にはい、そうですかと従えるはずもありません。そういう思いでお断りをしたのですが、断れば強制的に親としての権利を剥奪されるどころかタカシと二度と会えないだろうとまで言われました。


 受けざるを得ませんでした。


 それから一ヶ月が経ち、神様を名乗る方がお役所の方と一緒に家に参りました。私たち夫婦を見ると神様は玄関前で土下座をしてきました。タカシを異世界に送ったのは自分だと告げて、謝罪をしてきたのです。


 夫は神様を殴りました。謝られたところでタカシが帰ってこないのでは意味がないと夫は何度も何度も神様を殴りました。泣き叫んで謝る神様はなんとも弱々しい方で、なおさらに夫はそれが許せないと泣いていました。私も泣きました。


 後ほど知ったのですが、あの神様という方は、ああしていつも謝ることを生業としているそうで、謝りはしても決してこちらの願いを叶えることはないそうです。

 そしてお役所の方は、それでも私たちは運が良い方だとおっしゃいました。タカシが異世界に送られた方法はトラック転移と言うものだったそうです。

 そのトラック転移というのは大凡おおよそ、5割程度の確率で異世界にトリップをする前に轢かれて死亡し異世界転生になってしまうそうです。そうなってしまえば、もう別の世界の人間に生まれ変わってしまいます。つまりは私たちの世界の人間ではなくなり、私たち夫婦の子供でもなくなってしまうそうです。

 だから、子供がこちらに戻ってこれるかもしれない私たちは運が良い方だとお役所の方は言ってきたのです。

 本人はおそらく良かれと思っての言葉だったのでしょうが、なんと言いましょうか。その、馬鹿にしたお話でしょう?

 気が付けば私は叫んでいました。ふざけるなと。タカシを返せと。もっともそれでタカシが帰ってくるわけもありません。お役所の方もペコペコと頭だけ下げて去っていきました。空しさだけが心に残りました。


 それからでしょうか。私の意識が少し変わったのは。


 私はこのまま待つだけでは駄目なのではないかと思ったのです。

 国が神様と何かしらのやり取りをしているのは明白でした。彼らは独自の情報網を持ってタカシと連絡を取ってもいました。私たちはその中から検閲された内容の伝言を受け取ることしか出来ません。


 そして、世間様に目を向ければ私のように神様に息子や娘を奪われた親は数多くいました。

 今もまだ子供が異世界にいる方、こちら側に戻ってきた方、しかしもっとも多いのはやはり子供を殺された方々なのです。

 こちらから異世界に行くとチートと言うのですか? 不思議な力を手に入れることが出来るそうです。ですが、それでも危険な生物や乱暴な原住民に殺されてしまう子供は後を絶ちません。

 当たり前です。彼らは未成年で、未開の地で生きるために何かを学んでいたわけではないのですから。


 そうした被害者の親は、自分たちのような人間を増やさないために様々な活動を行っていました。


 その中でも大きな話では、トリップ回避のためのトラック規制が今年の末に国会で通ると聞いています。

 併せて、クラス単位でのトリップ原因筆頭である修学旅行のバス規制については修学旅行自体の是非が検討案件に上がっているそうです。

 集団トリップの温床である電車規制については未だ進んでいませんが、いずれはどうにかしたいとトリップ被害者の会の会長である大貫さんは力強くおっしゃっておりました。

 この大貫さんはお子さまをふたり異世界トリップによって亡くされているそうです。

 血縁であるが故に亡くなった兄に変わって弟まで呼ばれたとのことでした。そして、ふたりとも亡くなったのだそうです。

 大貫さんの話では、こうした事例は他にも多くあるそうで、息子夫婦が揃ってトリップされた方もいるそうです。恐ろしい話です。


 また、大貫さんはロールプレイングゲームを制作しているゲーム会社数社に対しても訴訟を行っていると聞きました。

 実のところ、タカシがいるときにそうした訴訟があることはテレビを通してすでに知っていました。

 そのときはタカシもゲーム会社も飛んだトバッチリだと笑っておりましたし、私も苦笑いをしながら頷いてもおりました。愚かしいことではありますが、他人事だと思っていたのですね。ですが、今はもう笑うことは出来ません。

 考えても見てください。そもそもステータス等と言って数字で人間を測るような行為が、果たして健全と言えるでしょうか?

 スキルなどと馬鹿馬鹿しいとは思えませんか?

 スキル……特技のことでしょうが、それは日頃から努力して修得して得るものであり、何かから急に手に入れたり、奪ったりするようなものではありません。言葉だけで安易に手に入れたと思う行為。そうした認識を持った方々がロールプレイングゲームをやった結果、神様が現れ、タカシが奪われたのかもしれません。そう私が思うのは別におかしいことではないでしょう?


 そして私は、そんな憤りを受け止めてくれた大貫さんの活動に参加させていただくことになったのです。それは現在でも続いております。


 もちろん、異世界トリップを防ぐことも重要ですが、起きた後のことも考える必要がありました。学校教育にサバイバル訓練を加えるように提案し、異世界に行っても対応できるようなマニュアルを作成し、PDFファイルにして無料配信を行ったりもしております。

 それらをスマートフォンなどに保存し、手回し充電器などの携帯も義務づけようとお話も上がっております。勿論、当たり前の話ではありますが、それだけでどうにかなるとは私も思ってはおりません。

 ですが、子供たちが何も分からぬままに殺されるようなことがあってはならないと大貫さんはおっしゃっておりましたし、私もそう思います。そのための努力を怠るべきではないのです。


 そして、そんな活動を行いながら、私は時折寄せられるタカシからの手紙を受け取り、返事を返す日々を送っておりました。


 手紙の内容を見る限り、タカシは元気でやっていられるようでした。タカシのいる世界や国、政治的な問題等は検閲の対象となるため、実際に読める文章は限られてはいるのですが、それでもタカシが生きているという事実だけで私たち夫婦はどうにか平静を保っていられました。


 ですが、それからしばらくするとタカシが性的な利用を目的として女性の奴隷を購入したという噂がインターネットの中で流れました。私はおぞましい話だと思いました。うちのタカシがそんなことをするはずがないのに、インターネットの世界ではそれがまるで確定された事実のように書かれているのです。

 そもそも、国が管理している以上、情報が流出するはずがないのです。それをインターネットの掲示板というのですか? しっかりと文字を打ってお伝えしたのですが、返ってきたのは、聞くに耐えない罵詈雑言ばかりでした。一部で理性的なご返事も頂けたのですが、炎上という行為を行った私にも問題があるとも言われました。

 その頃はタカシからの返事も少なくなり、精神的に参っていた時期でもありました。日々、インターネットを見続けた私は身体の震えが止まらなくなり、ついには病院のお世話になってしまいました。お医者様が言うには私は心の病にかかってしまったそうです。インターネットも見ないようにと言われました。


 そしてお見舞いに来てくださった大貫さんから、奴隷についてのお話をいただきました。タカシがいるような異世界というものは、その多くが中世に相当するような文化レベルだとのことで、そうした奴隷を購入するような行為も罷り通っていることが多いそうです。ただ中世と言われても漠然としすぎて私には分かりませんでしたが、大貫さんは大体そういう感じなのだとおっしゃっておりました。

 そして、仮にタカシが奴隷を購入したとしても、それは郷に入っては郷に従えと申しますでしょう? 決してそれでタカシの人間性がおかしくなったわけではないのだと教えてくださいました。

 実際に戻ってきた子供たちの中にもそういう経験がある子もいるそうです。

 大貫さんは、そうした事情も踏まえて戻ってきたタカシを受け止めてあげる心を持ちなさいとおっしゃってくれました。

 もちろん、タカシが奴隷を購入したなどと今でも私は思ってはいません。ですが、大貫さんの言葉の通りに仮にそうであっても私はタカシを受け止めようと思います。夫も苦笑しながらではありますが同意してくれました。男と女の考え方の違いでしょうか。夫はそれほど気にかけてはいないようでした。


 それからは、私は通院しながら大貫さんの活動をお手伝いする日々を送りました。その間にちょっとした勘違いもありましたが、今となってはそれも笑ってしまえる話です。


 タカシが人を殺してしまったと聞いたのです。

 もちろんそれは私の勘違いでした。殺したのは人ではなく魔族だそうです。魔族というのはあちらの世界での害獣だそうで、駆除しても何も問題はないどころか褒められる行為なのだそうです。

 日本でも害獣駆除を行う方々はいらっしゃいます。

 タカシが行っているのはそれと同じことなのです。私もタカシをしっかり頑張れと応援しました。しとめた数は三桁に及ぶそうで、原住民の方々もたいそう喜んでくれたと返事が来ました。


 それからしばらくタカシから連絡はありませんでした。

 実は昨日までありませんでした。


 ですが今日、二週間ぶりにタカシから連絡がありました。

 なんでも酷い怪我を負ったそうで、意識が戻ったのは昨日だったそうです。詳しいことは検閲されておりましたが、自分以外もとても酷いことになったとひとこと書かれてありました。


 そして、もうタカシの左腕はないそうです。私は頭が真っ白になりました。すぐさま、タカシの元に行きたい衝動に駆られましたが、手段がありません。涙があふれて止まりませんでした。


 ですがタカシは成し遂げたそうです。魔王を倒したのだと。

 もうじき家に帰れるのだと。


 それが本日受けた良い知らせでした。

 私がみなさまにご報告したかったのはそのことです。


 また、大貫さんから伝え聞いたのですが、日本政府もついに重い腰を上げたそうです。タカシたちの拉致を正式に認め、神様を拉致事件の容疑者として逮捕に乗り出したとのことでした。


 異世界トリップなどというふざけた名称もなくなります。これは未成年の拉致事件なのです。犯人を放置しておいて良いはずもなく、新たな被害者を生み出さないためにも犯人の逮捕と、対策をとる必要があるのです。

 その思いが実を結びました。良識的な方々のお力でようやく実現となったのです。

 

 タカシの帰還まで後少しです。

 今はただ、生きて帰ってくるだけでいいんです。一年ぶりのタカシの顔を早くみたい。今の私の気持ちはそれだけです。


 そして、タカシが無事帰ってきたときにはまた、こちらでご報告をさせていただきたいと思います。タカシと夫と三人の笑顔の写真とともに。


 勇者タカシの母より

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 異世界に行きたい子どもたちVS絶対に異世界に行かせたくない親たち、ファイッ! 作中のゲーム規制はぶっ飛んでいるように見えてメタ的にはかなりの有効手っぽいのが悲喜劇みありますね(ゲーム内トリッ…
[一言] なかなか思いつかない視点で描かれていて、読んでいて新鮮でした。 残された家族って、こんな感じなんだって。 トラック転移だとか、神様が役所の人とお詫びにくるだとか、もう楽しく読ませていただきま…
[一言] トラック規制とか実現されたら日本の経済終わるよなーと 物流は経済の動脈 毛細血管も動脈も担えるトラック規制ならコンビニはじめたいていの店にモノを輸送できないし、工場からの出荷もできない よっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ