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作者: 荒錦

駄文極まりないですが、もしも読んで頂けたら批判・感想をいただきたいです

 当の本人は転ばないと言っていたと記憶しているが、実際の所、転べないと言った方が正しかったのだろうか。彼が転ぶところを見たことがある者を私は知らない。

 歩きにくそうな皮靴を履いた二十代前半の彼は、身のこなしが軽いようには見えなかった。転ばないことが特技と主張する男の言葉に私は耳を疑った。彼に二度も同じ内容を語らせることを強要してみたが、どうやら私の耳は間違ってはいないようだった。軽く笑いながら再度同じことを聞き返す私よりも「そのままの意味です」と言いたげな彼の態度は堂々としていた。ただ転ばないというだけだったが、趣味が音楽鑑賞の我の強そうな男に比べればどちらを採るかは考える必要もなかった。

 二年も経つと彼の特技は忘れ去られ、誰も本気で信じてはいなかったが、たしかに彼は転ばなかった。だからといって彼が特別なわけではない。転ぶところを人に見せたことがない人ごとき探せばいくらでも出てくるだろう。その中に彼のような信念を持つ者がいるかはわからないが。

 入社十数年目の梅雨の影響が残る日のことだった。彼は入社時から履き続けたボロボロの革靴を履いて、私に連れていきたい場所があると誘った。何も言わずについていくと、しばらくして全体の半分にツタが蔓延っている古びた建物の前で彼は止まった。よく見ると看板が立ててあり、何かの店のようだが、ツタに覆われていて何が書いてあるかは分からなかった。彼に促されるがままにツタを払いながら錆び付いた扉をくぐると、棚に並べられた靴が目に入った。靴屋のようだ。棚に無造作に並べられた黒い革靴はどれも同じように見えた。店主が座るべき場所に座る老人となにやら話してから、私の所へ来て、黄ばんだ箱を差し出した。店を出ていく間、終始戸惑った表情を浮かべる私を無遠慮に凝視する店主がなにやら不気味だった。数分ぶりの青空がひどく懐かしく感じた。

 履き心地はお世辞にも良いとは言えなかった。足の形に合わないのだろうか、履いていると小指が特に痛んだ。サイズは合いすぎているのか小さいのか、私の足を拒絶しているようだった。私は文句を並べたが、彼は少し笑ってから自分のお気に入りだと主張するだけだった。よくよく見れば、なるほど彼がずっと履いていた革靴と同じモノのようだ。もっとも、彼のそれはひどくくたびれていたが。一度履いてしまえば痛みは消え、むしろ足にぴったりと馴染むようで、不思議と気に入ってしまった。ふと彼の革靴に目をやると、もう傷んでほとんど使い物にならなくなっているようだった。私がそれを伝えても、彼は軽く笑みを浮かべるだけだった。

 唐突に彼が歩きだした。私が付いてくるのも気にならない様子で、私が何を言っても聞こえていないようだった。彼がいつも通る坂道に差し掛かったとき、横切る車が私と彼を遮った。車に悪態をつきながら彼のほうを見ると、今まで転んだことがなかった彼が倒れているのが目に入った。私は動揺しながら駆け寄って、救急車を呼んだが手遅れだったそうだ。

 私には彼が何故転んでしまったのかわかるような気がした。

批判・感想をいただいたら

今後の糧としたいと思います

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