嫌われモノに近づくモノ達
少女の暗き過去と未来に光を
霧間と岩國は教室の端にある掲示板に来ていた。
数人の学生がいたのだが、二人が近づくとすぐに散っていったため、遮るものなく見ることができる。
霧間にとって、それは嬉しいのか悲しいのかわからないのだが。
「一限目、クリーチェスト・サイエンス、二限目、異世界史、そしてそのあとは自習か…。」
霧間はボソッと本日自分が受ける科目を呟いた。
一般的な高校生にとって、これらはかなりおかしな授業だろう。
しかし、ここ榊山高校の学生にとってはいたって普通であり、何の違和感もない日常なのである。
『クリーチェスト・サイエンス』とは、クリーチェストの体の構造や種類、そして人間との関係について勉強する教科。
そして『異世界史』は、字のとおり異世界の歴史を学ぶ。
ただ、一般的な高校で学習する世界史や日本史などと違うところは、つい最近おこったことも学習するということだ。
異世界は広い。
そんな世界でおこった出来事を隅から隅まで把握する現実世界と異世界の力は、まさに科学と超能力の結晶と呼べるだろう。
自習は、生徒各々が自らのランクをあげるために自分自身でプランを組み、行動することだ。
勉強する者もいれば、『実戦棟』に行って生徒同士で戦ったりする者達もいる。
もちろん、学校に一つだけ存在する『歪み』から異世界に行ってもよい。
「いやぁ、今日もいつもと変わらねぇな!」
大きな欠伸をしながら声を出したのは岩國だ。
「そうか?少なくとも先週の金曜日は異世界史が二限連続であったはずだが…。」
霧間は自分の記憶をたどりながら質問をした。
「いや、俺はいっつも寝てるからさ、授業がなんだろうと関係ねぇんだわ。」
「…思い出した俺がバカだったよ。」
へらへらと笑って言う岩國浩也に霧間麻人は呆れた感じで返答した。
そしてこれが、岩國がGランクでいる理由だ。
岩國浩也は、彼の契約相手『クレイズ・ゴーレム』から、その能力を『転送』してもらうことができる。
ゆえに、最低でもFランクになれるのだ。
しかし、問題は筆記テスト。
勉強を強く嫌う岩國は、テストが始まった瞬間、まっさきに寝る。
彼は終了時間までその状態のため、霧間同様、最初の問題の解答欄が空白になっているのだ。
そしてそれはGランク確定を意味する。
せめてそこさえ書けば上のランクにいける、と霧間は言うが、お前と一緒の方がおもしろいから、と岩國に書く気はさらさらない。
そんな彼を、霧間は根っからのバカというが本心は嬉しく思っている。
楠原のように素直じゃないわけではないが。
二人は授業開始のチャイムを耳にしたため、席についた。
同時に、前のドアを開けて教室へと入り、教卓に構えた白衣の男教師。
クラス全員が教科書など、授業を受ける準備を始める。
クリーチェスト・サイエンスの緑色の分厚い本は一年生からの持ち上がりであるため、折れたりしてボロボロになっている。
霧間はそんな教科書とノート、筆箱を机の上に出し、授業を聞く姿勢に入った。
一方、隣では霧間とは真逆に机に伏して寝ている岩國がいた。
―――こいつは卒業できんのか?
霧間はそんなことを思いながら前を向いた。
先生が出席を確認し終わり、教科書を開ける。
クラスが静まり、先生が話し出そうとしたまさにその時、バンッ!っと後ろのドアが大きな衝撃音を出して激しく開いた。
同時に、
「遅れました!ごめんなさい!」
背の低い水色のショートヘアーをした少女がそう叫びながら教室へと飛び込んできた。
「また遅刻か!何度したら気がすむんだ藍川 澪美!さっさと席に座れ!」
「ごめんなさーい!」
教師に怒号をとばされた少女、藍川澪美は精一杯の返事をし、席へと走り出した。
向かう先は、熟睡中の岩國浩也の隣。
彼女もまた、岩國のように霧間が慕う親友の1人なのだ。
藍川澪美は榊山高校ではかなり有名な生徒だ。
名が上がる要因の一つとしては、普通に可愛いから、ということが言えるだろう。
しかし、理由はそれだけではない。
「くぅっ…。」
走っていたはずの藍川がこのように痛そうな声を漏らしたのは、机の足で小指をぶつけてしまったからだ。
さらによろめき、開いていた鞄からはバサバサと乾いた紙の音がして教科書類がばらまかれる。
「ご、ごめんなさい!」
痛みによる涙目をしながら、彼女は終始おどおどしていた。
名が上がる最大の理由は、このように学校一のドジなのだ。
それが愛くるしさを高めていると言えば嘘ではないが、少し度が過ぎている。
そんな彼女がGランクでいる理由は、霧間も岩國も知らない。
いや、学校で知っている者は誰もいない。
しかし一部では、かなり強力な魔力をもったクリーチェストと契約していると噂されている。
藍川は慌ただしく熟睡中の岩國の隣に座り、授業の用意をする。
霧間はそんな彼女を見て、クスッと微笑み、そして黒板に目を移した。
巨大な黒板の左上には、『融合時の覚醒と暴走』と書かれている。
「いいですかみなさん。今解説したように、クリーチェストと融合しているときに『なんらかの作用によってクリーチェストと完全に一体化すること』を『覚醒』と言います。覚醒中は今までとは比べ物にならない力を得ることができます。」
今、教師が話したことが覚醒についてだ。
なんらかの作用とは、個人によって違う。
死の直前になったとき、大切な人を失ったときなどと様々だ。
そして、次に教師はもう一つの話題について話を始める。
「覚醒と紙一重といえるのが『暴走』です。これは、『なんらかの作用によって、クリーチェストの能力に理性をとばされた』ときに発生します。暴走中は意識がなくなり、ただ暴れまわるだけの獣のようになってしまいます。みなさんも、もし融合できるほど成長したときにはこれらのことを忘れないでください。あ、ちなみにAランクに満たない者が融合をすると、確実に暴走するか即死するかのどちらかとなるのでやめておいてくださいね。」
―――この中にAランクになるやつがいるのかねぇ。
霧間は教師の言葉を聞いて思った。
現実的に考えて、GランクからAランクに上がるのは不可能に近い。
今日のAランクの人数の少なさが、上位ランクの人間でもAに上がるのが難しいことを示していた。
不意に、霧間はチラッと隣を見る。
楠原とは違い、いびきをかいて眠る岩國がいた。
―――こいつはまあ無理だな。
そんな彼を見て、霧間は本心からそう思い、苦笑いを浮かべた。
そんなとき、そのまた隣に座る藍川澪美に目が移る。
彼女は前髪を指先でくるくる巻いて弄りながらボーッとしていた。
藍川澪美の行動を見ていると癒される、というのは全校生徒に共通しているだろう。
もちろん霧間も例外ではない。
今も、彼はまるで小動物を観察するような目付きで藍川を見ている。
「…深月こんなキャラとか、ありえねぇだろうな。」
霧間は思い付いたことをボソッと口にした。
その直後、癒されている筈なのに背筋が何者からの殺気によって凍りついたのはいうまでもない。
50分におよぶの授業が終わり、クラス全員がガサガサと動いて数人でグループを作り雑談をはじめる。
霧間麻人の前には、肩にかかるくらいの水色の髪をした藍川澪美がいた。
「おはよ!麻人くん!」
藍川は微笑みながら霧間にあいさつをする。
「おはよう、藍川さん。」
「もう、澪美でいいって言ってるでしょ?」
彼の発言が気に入らなかったのか、藍川は頬っぺたを膨らませている。
「ごめんごめん、なんか照れくさくって…。」
こんな会話を、二人は一年生から何度しただろうか。
周りは慣れた目でそんな二人を見る。
当然、男子からは嫉妬の目があるが霧間は一切気にしない。
「もう、いつか呼んでもらうからね?って、次は異世界史じゃん!準備しないと…。」
そう言って自分の席に戻る途中、飛んでいた虫に驚いて壁に頭をぶつけた藍川を霧間は苦笑いで見ていた。
50分後、異世界史が終わり、次の授業は自習という名の放課後になる。
時刻はお昼時。
教室では弁当を広げたり雑談したりする学生でかなりざわついていた。
霧間が寝ている岩國を起こそうとしたその時、バンッと音を立てて教室のドアが開き、場の空気を一瞬にして静める人物が教室に入ってきた。
「麻人!勝負しましょ!」
Aランク、校内ランキングトップ、そしてトップクラスの美少女、赤茶色のツインテールをなびかせる霧間の幼なじみ、楠原深月だ。
「お前、最下位ランクをいじめて楽しいのか?」
「おっす!深月ちゃん!」
「こんにちは〜。」
霧間、岩國、藍川は口々に発言した。
楠原は霧間以外の二人に軽く微笑むと残った彼にむかって言った。
「アンタの実力は最下位ランクじゃないでしょ?ほら早く!」
「えーっ。」
そう言いながらもフラフラと楠原に近づく霧間麻人。
心底嫌なわけではないようだ。
「やる気満々じゃん!ほら、行くわよ!」
そう言うと深月は霧間の手をひいて走り出した。
「おま、急に引っ張るな!腕がとれる!」
彼も遅れないよう足をこいだ。
「澪美ちゃん、俺らも見に行こっか。」
「そうですね、行きましょう!」
残された岩國と藍川も同じ方向へ進みだした。
茜空の閲覧ありがとうございます、作者の黒崎千叉です。
今回登場しました藍川さん。
澪美の読み方は れいみ ではなく れみ なのでよろしくお願いします。
個人的には藍川さんより深月ちゃんの方が好きですね。
きっと僕のリア友もそうでしょう。
では夜も深いのでこれにて。
みなさん良い日々を。
ps. 次回は楠原深月のプロフィールを書きます。