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異変の前夜の星は輝いて

春の少し冷たい風が首筋をなぞる夜道で、霧間麻人は家へとゆっくり足を進めながら、楠原に説教をうけていた。


題材は、『アンタ(霧間)が死にかけたこと』について。


「まったく!なんでアンタはいつもそうやって一人で物事を解決しようとするわけ!?」


楠原の怒りの声が飛んだ。


それに対してただ黙ってうつむき、よたよたと足を進める霧間。


正直なところ、クリーチェストとの戦いで体力を使い、最終的に死の淵に立たされてかなりの精神力を使ったため、霧間は限界だった。


本当なら、彼はなぜ今日このような状況になったのかを、家に着いてからゆっくりと話すつもりだったのだ。


しかし楠原深月はそれを許さず、榊山高校を出たとたんに原因の説明を霧間に求めた。


彼はため息をつき、おぼつかない足取りをしながら、楠原に真実を伝えた。


ただストレートに、「放課後、体育館裏へ来い。とFランクの男に言われた」、と。


しかしそれを聞いた楠原は怒って先ほどの激を飛ばしたのだ。


「何よ!なんとか言いなさいよ!」


うつむくだけの霧間に対して、楠原はさらに追い立てる。


―――…と、とりあえず、少し休ませてくれ……。


そう返答したいが彼の体は言うことをきかない。

歩くだけで精一杯なのだ。


そんな霧間に対して、楠原の怒りのボルテージは上がっていく。


ツインテールがふわふわと揺れ始めたことで、霧間もそれに気づいた。


そして肩をワナワナと震わせ、唸る拳を顔の前に持ってきた楠原。


霧間から見た楠原深月の顔は、前髪がかかって目のところが影になっており、口元だけが見えている。


それだけで今の彼には十分過ぎるほどの恐怖があるのだが、怒りでその口元がピクピクと微笑んでいるため、さらなる恐怖心を霧間に与える。


彼は悟っていた、いや、体が覚えていた。


こうなった深月から次にくるのは、霧間の数倍の威力を持つキック、ということを。


それも、ミドルやローではなく、側頭部をとらえるという紛れもない『ハイキック』なのだ。


今の霧間がそれを喰らえば、最低でも気を失ってしまうだろう。


「麻人ぉぉぉぉぉ!!」


霧間の予想通り、鬼と化した楠原深月の足が降り上がった。


それは美しい半円を描きながら、ロックオンした箇所へと迫る。


―――くそ…避けなきゃ、避けなきゃ、避け…。


「…へ?」


蹴りを止め、先ほどとは対象に、間抜けな声を漏らしたのは楠原だった。


それもそのはずだろう。

霧間は彼女の足が直撃する前に、疲労で立っていられなり、倒れたのだ。


突然、目の前の人間が自分が攻撃する前に地面に伸びたら当然驚くだろう。


楠原は大きな目をぱちくりさせ、そしてうつ伏せに倒れる霧間のもとへしゃがみこんだ。


そして、彼にささやく。


「意識は?」


彼女の問いに霧間は右手を上げて返答する。


「立てる?」


次の質問に霧間は、肘から先を地面と垂直に立て、そして手首から先を横に振った。

NOだ、と言いたいのだろう。


「…しかたないわね。」


楠原はそんな彼の右腕を自分の肩に回し、そして霧間ごと立ち上がった。


身長差があるため、楠原は少しよろけてしまう。


霧間も少し負担が少なくなったため、支えられながらもしっかりと立っている。


余裕ができたためか、彼は楠原に言った。


「…しんどくないか?」


楠原は霧間を横目でチラッと見て、「大丈夫よ。っていうか自分の心配してなさい。」

と言った。


霧間は彼女に小さくありがとうと呟き、肩を借りながら家に向かった。


そしてそれから数分間、夜風の音しかしないというしばらくの沈黙が続いたが、それは楠原によって破られた。


「…何で呼び出されたって私に言ってくれなかったの?」


前を見たまま少し悲しそうに言った楠原の質問に対して、霧間も前を向いたまま、


「……ごめん。」


そう呟いた。


それに楠原が続ける。


「麻人はFランクの奴らから嫌われてるのよ?…ってこれは何度も言ったわね。私は麻人が死にかけたことを怒っているんじゃくて、麻人が何にも私に教えてくれないことに怒ってるの。わかるでしょ?」


霧間麻人は小さくうなずいた。


楠原が言った、彼がFランクの人間に嫌われている、というのには、れっきとした理由がある。


簡単に言えば、『妬み』なのだ。


七段階ある評価の中で、Fランクとは実に下位の中途半端な実力といえる。


契約しているクリーチェストも下級のモノばかり。

一つ上のランクに行こうとしても、『凡人以下の壁』が邪魔をして進むことができない。


そして進むことはできないが、最弱ランクのGランクに落ちることは簡単なのだ。


Fランクの人間は、基本的に自分達の下を見て笑うことで、優越感に浸っている。


逆の意味で考えれば、Fランクの人間にとってGランクに降格するというのは、最大の屈辱なのだ。


そして、Fランクにとどまる者達にも、Gランク以下の屈辱感を与える人間、それが霧間麻人なのだ。


その霧間麻人というのは、彼の実力を知らない世間一般から見れば、まさにGランクの落ちこぼれ。


しかし、記された実力と実際の力は違う。


実際の彼は、一つ上のFランクでクリーチェストから武器を借りた男達を、能力を使わずに倒せるほどの強者なのだ。


Gランクの人間に倒される、というのは社会的に見てかなりの屈辱と恥と言える。


そしてその屈辱と恥を霧間によって植えつけられるFランクの人間。いや、実際は彼らが霧間に勝手に喧嘩をふっかけ、返り討ちにあっているだけである。


そしてそこに残るのはそれなりの評価。


早い話、自爆なのだがその評価を撤廃しようとFランクの人間は霧間を狙うのだ。


その結果、今日のようなことは頻繁に起こり、彼は毎日死と隣り合わせと言える。

「せめて一言でも言ってくれればいいのに…。もう『前』みたいに途中から参戦したりはしないからさ…。」


ふと何かを思い出すように話す楠原。

そしてなんとも複雑な表情をする。


気まずくなってしまった霧間は話題を変えた。


「…そういえば、今日一人『死んだ』よな。」


そう、クリーチェストを召還した男についてだ。


「あぁ、そうね。私が来たときにはすでに殺されてたかしら。まあ、自業自得よね。」


彼の言葉に対して、楠原は当然の如く言った。


そう、当然のように言ったのだ。


考えていただきたい。

普通、人が死んだら、せめて誰かに報告すべきではないだろうか。

そしてその後は取り調べ、事情徴収があってもおかしくない。


しかし彼らは今、平然と家に向かっている。

まるで、何事もなかったかのように。


彼らがこうしていられるのは、日本が特例で出した『法律』と、榊山高校の『校則』があるからだ。

内容は単純、日本が出したのは、『日本の従来の法による支配は貴校(榊山高校)にはおよばない』とするもの。


そして榊山高校の校則は基本的には日本の法律に基づいて作られているものの、決定的に違う点として、『命の保証はなく、命に関与するすべての事例は無視する』というものがある。


わかりやすく言えば、『殺されても何も文句は言えず、殺しても何の責任もない』ということだ。


なぜこのようなことを定めたかという理由ははっきりとしていない。


しかし、まだまだ明確でない異世界との交流も行っているこの高校で、命の保証をするということは極めて難しいだろう。


故に、クリーチェストと契約している生徒は、少し感覚がおかしいのだ。


だから今日みたいに、目の前で人が死んでいても何とも思わないのだ。


「まあ…明日は俺が死んでいてもおかしくないんだよな…。」


ハアッとため息をついて言葉を吐く霧間。


そんな彼の背中を回している手でバシッと叩いた楠原。


「…ぐふぅっ!?」


ダメージを負ってる体に一撃を受け、霧間は苦しげな声を漏らした。

かまわず楠原は言葉を発する。


「なぁに言ってるのよ!あんたは十分強いでしょ?今日みたいに油断することなければ大丈夫だって!」


…油断しなければねぇ、と霧間は明るく言った楠原に対して暗いネガティブな態度で接した。


ムスッとする楠原。


「もう!自信持ちなさいよ!あんたは強いって学年トップクラスの私が言ってるのよ!?」


「トップクラス…ねぇ…。」


霧間は不思議なものを見るような目を楠原深月に向けた。


幼なじみのせいか、彼は楠原がそんな素晴らしい人間とは未だに思えないのだ。


実際に力を見せられたときはそれを実感するのだが、そのとき以外はただの素直じゃない女の子にしか見えない。


ハアッと再度ため息をつく霧間。


そんな彼に、楠原は大きな声を出した。


「あーもうっ!いつまでウジウジしてるの!?その口閉じるわよ!?」


明らかにお怒りの楠原。

ツインテールはゆらゆらと揺れ、何よりも目がいつもと違った。


そんなとき、ふと霧間に良からぬ考えが浮かんだ。


―――この状態のときにからかったらどうなるんだろう…。


霧間はもうキックを受ける覚悟はできていたので、開き直っていた。


そして、どうせ受けるなら何かして新しい発見でもしてみたいという好奇心が開いた心に侵入したのだ。


そして彼は近くにある楠原の顔を見て、真顔で言った。


「どうやって閉じるんだ?キスでもしてくれるのか?」


次の瞬間、楠原の足取りが止まった。

肩を借りている霧間の足も当然止まる。


そして楠原はボーッと霧間を見ている。

その顔は街灯に照らされ、赤くなっていることが霧間にも容易にわかった。


そして数分後、楠原深月の時は動き出した。

当然、やるべきことは決まっている。


楠原は顔を真っ赤にしながら、霧間を突き飛ばした。


よろけて後ろの塀にもたれる形となった霧間。


そして、


「ばかぁぁぁぁぁぁ!!!」


夜だと言うのに迷惑の一つも考えず、ただ恥ずかしい気持ちを抑えたい一心で叫びながら、楠原は霧間にハイキックを喰らわせた。


「ぐふっ……。」


霧間は力なくその場に倒れた。

気絶をしたのは言うまでもないだろう。


春の夜風が彼の傍らで立つ少女の火照った頬を撫でた。


「…そんなこと……ダメなんだから…ばか。」


そんな言葉を乗せて、風は二人を残し、雲一つない夜空へと吹き上がっていった。


小説の閲覧ありがとうございます、茜空と超能力シャの作者の黒崎 千叉です。


明日は晴れるみたいですね。


梅雨もおわりです。


さらば、じめじめ感。





はい、本編の方なんですが。



なんだか始まりがいきなりバトルってことで暗い感じだったので、少しコメディ要素を入れました。


少しは麻人君と深月ちゃんの関係を知っていただけたでしょうか?




それと榊山高校の校則を書きました。


そして簡単にですが、そこの生徒の様子も。



明らかに現実世界とは違いますよね。



自分としては、学生の読者さんに、学生という点においては近いところはあるこど、やはり決定的に違うところがあるってことを思ってほしかったです。



それと、校則についてわからない点があれば感想の方にお願いします。



簡単に言えば、榊山高校では生きるか死ぬか、ということです。






あ、それとなんですが。



今回で序章的なものは終わりです。



ひとまずここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。




次回からいよいよ第一章に入ります。



第一章の題は


「ある少女の過去と闇」


です。



いよいよ学園ものとして書けることに喜びを感じています。



少しでも興味を持たれた方、是非読んでください!




それではこれからも 茜空と超能力シャ をよろしくお願いします。


皆さん良い日々を。




黒崎千叉


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