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開く距離は想いと共に

少女の暗き過去と未来に光を

教員棟は学園のほぼ中心にある。

レンガ造りの建物で、新しい学校のはずなのに何故か年期を感じさせる雰囲気を漂わせる。

玄関は職員用の一箇所しかないため、その大きな建物からは少し違和感を感じさせている。

見たものはその印象から忘れることはほとんどないだろう。

 



「…と言う訳なんです。」


霧間麻人が自分の見たものを話したのは、二階にある『第二学年担当教員室』の会議室だ。

職員室に入り、一番近くにいた教師に話しかけたところ、ここに連れてこられたというわけだ。

入学してから間もなくのころ、最初に連れられたときは麻人も少し挙動不審だったが、今となっては慣れたもので堂々としている。


ネクタイの横に見えるネームプレートに、横谷、と書かれたその男性教師が霧間に言う。


「なるほど、つまり被害者は二人、そして殺したと思われる本人は不明。というわけですね?」


彼はコクリと頷く。

ただ、シューズの跡の件と携帯電話の件について、彼は何も言わなかった。

もしも藍川澪美が…というわけではなく、そういったことはもう専門家に任せよう、と少し前の騒動で感じたからである。


霧間は、後はよろしくお願いします、と言って席を立ち去ろうとした。

慣れてはいるものの、この部屋の空気が何故か苦手だったからだ。


しかし、その瞬間に会議室の重いはずのドアが、弾けるように開いた。


「麻人!大丈夫!?」


慌てて飛び込んできたのは、榊山高校2年Aランク、楠原深月だった。

顔には焦りの色が見える。

そしてその後に続いて部屋に入る金髪の少年、岩國浩也。

ふと目があう霧間。

そして岩國は霧間の周りを目だけで見ると、なぜか下を向いていた。


―――?


霧間がそんな彼の行動に疑問を持っていると、ふいに楠原が霧間に駆け寄り、そしてバッと彼の手をとった。

彼はさすがに驚きをかくせられない。

普段は強がったりして、きつい言葉を言ったりする彼女だからなおさらだろう。


「な、なんだよ深月、いきなり…。」

「いきなりはこっちのセリフよ!バカ!なんで何も言わないで行っちゃうのよ!せめて一言くらい言ってもいいじゃない!浩也君は浩也君で何も教えてくれなかったし!」


吐き出すように叫ぶ楠原。

霧間はふと、彼女と目が合った。

彼の目が映した彼女の目には、涙が溜まっていた。

それがよほど心配していたことを物語っている。

いくらプライドのために言わなかったとはいえ、霧間麻人には『一人の少女を傷つけた』という罪悪感が生まれた。

彼は、普段とは全く違う楠原への驚きなど忘れ、視線を斜め下に落としながら、


「…悪かったよ。」


楠原だけに聞こえるほどの大きさの声でそう呟いた。

彼女はいまだに霧間の手を離そうとはしない。

霧間はそんな彼女の手がかなり小さなことを実感していた。

Aランク、学年トップクラスほどの実力、強力な魔力の持ち主。

社会からはそう見られている彼女も、今、彼の前では少し強がりな女の子。

まだ十六歳の女の子なのだ。


「…ばか……心配したんだからね………。」

 

楠原もまた、彼にだけ聞こえるほどの消えていくような声で呟き、そしてそっと寄り添った。

幼なじみで、ずっと隣にいたわけだが、今は違う距離の近さを感じている。


そして、


―――守ってやりたい。


霧間麻人の心に、初めて楠原に対するそんな気持ちが生まれた。




「…えぇと、お取り込み中のところ悪いんだが…。」


声を発したのは、同じ部屋にいるはずなのにすっかり置き去りにされた岩國だった。

寄り添っていた楠原は顔を真っ赤にし、そして霧間からすぐさま距離をおいた。

そして軽く咳払いをし、


「何よ?」


普段通りに答えた。


「いや、深月ちゃんじゃなくて、麻人に用があるんだけど…」

「…え?俺?」


いきなり話を向けられて少し驚く霧間。

彼には先ほどの彼女との行為に対する羞恥心は無いようだ。

が、霧間とは対照的な楠原は、恥らう気持ちを抑えて返答したのに、用件の対象が自分ではなかったことについて新たな羞恥心が生まれていた。

その場にいられなくなったのか、すっかり部屋の隅で体育座りをしている。


「…まぁ、深月ちゃんは置いといて……麻人、大事なことを聞いていないんだが…」

「ん?何だ?」


一瞬訪れた和やかな雰囲気を一変させる二人。

岩國がゆっくり口を開いた。


「…澪美ちゃん、見なかったか?」

「……え?」


少しだけ、霧間の顔が青ざめる。

彼は岩國に疑問を投げ返した。


「お前らといなかったのか…?」

「実は…」


岩國はその場にいた彼女が霧間がいなくなった後、密かに彼を尾行したことを説明した。

それを聞いた霧間は顔を青ざめさせた。

そして、ゆっくりと自分が見たもの、そして自分がとった行動、すなわち『藍川澪美の携帯電話に発信した』こと、そして彼女の携帯電話はなんのアクションも起こさなかったことを話した。


…が、霧間の話を一通り聞いた岩國は苦虫を噛み潰した。


「なぁ麻人…大事なこと忘れていないか?」

「な、何だよ…」


不安が大きくなる霧間。

そして、岩國は不安そうな目をして言った。


「澪美ちゃんは…電話に出たのか?」

「…!!」


霧間の体から冷や汗が染み出した。

そう、彼は本能的にわかったのだ。

『まだ安心はできない』と。


音も、バイブレーションさえも切っていれば、電話に出れなくてもおかしくはない。

しかし、彼女はすでに目的、そう、『霧間麻人の尾行』という目的を終えているはずだ。

ならば、着信履歴から霧間にかけ直すというのが普通だろう。

しかし、霧間の携帯電話は着信どころか、ここ数時間光さえも放っていない。

そして、安心できない最大の理由は『藍川澪美の行方がわからない』ということだ。


「浩也、深月……藍川さんを探そう」


彼は少し焦りながら、その場に立ち尽くしていた二人に言った。

二人は決意に満ちた、しかし不安で覆われた目で霧間に同意した。


しかしそのとき、部屋のドアが不意に開いた。

入ってきたのは、学校の職員と思われる男だった。

しかし、着用しているのはスーツなどではない。

まるで宇宙服のような、ごわついたモノを着用している。

そう、この服を着ている人間こそ、死体などを処理したりする係りの担当なのだ。

衣服がごついのは、もしも処理の最中に『対象』を襲った人間がそばにいて、攻撃をうけると危険だからだ。いわば防護服のようなものといえる。


その男は、霧間が事情を話した教員に言った。


「実戦棟の遺体二名の処理、完了しました」

「そうですか、ご苦労様です」


そう言って、男は去ろうとした。

彼は自分の仕事が完了したことの報告に来ただけで、他にようはないようだった。


…が、


「ま、待ってくれ!」


霧間麻人によって呼び止められた。

男は体を反転させ、そして彼に尋ねる。


「なんだい?」

「あんた、『現場』に行ったんだろ!?なら、携帯電話が落ちてなかったか!?」


霧間は敬語を使うことも忘れて一心不乱に言った。

それを聞いた男は見えない顔を歪ませ、


「別になかったと思うよ?」


そう言った。

その言葉は今の三人を動かせるのに十分すぎるものだった。


「浩也!深月!」

「おう!」

「さっさと行くわよ!」


三人は嵐のように男の横を駆け抜け、そしてその部屋から姿を消した。


一瞬静まり返ったその部屋の静寂を破ったのは、書類の整理をしていた教師、横谷だった。


「…遺体はどんな様子でしたか?」


恐らく、報告所を書くために聞いたのだろう。

普通なら作業の序盤のステップに過ぎず、たいしてこれといったことではない。


しかし、防護服を外した男は顔を明らかにしかめた。


「『case.ナイトメア』ですよ…」


そしてそれを聞いた横谷もまた顔をしかめ、まずいな、と呟いて俯いた。







「とれない、とれない!とれない!!とれない!!!」


場所は榊山高校体育館裏。

とある少女、藍川澪美はそこにある水道に自らが着用していた服を、ひたすら春のまだ少し冷たい水の中でこすっていた。

彼女の服装は、上がシャツ一枚と下着、そして彼女の太ももをあらわにするほど短いズボン。


ただ、そのズボンは真っ赤に染まっていた。

そして水音をたて、彼女の手を包んで踊る服も、赤い痕跡が見える。

この血痕は、


「私は………殺した……また…………あ…」


実戦棟で殺された少年たちのものだった。


そして、精神状態が全く安定していない彼女に忍び寄る『外部からの』影。


「あれれ?何をしているのかな、お嬢さん?」


近づいたのは男子学生3人。

それも、Bランクだ。


彼らはニヤニヤしながら藍川に近寄る。

目的は一つしかないだろう。


「そんな格好しちゃって、誘ってるの?」


藍川に体よりもさらに近寄る男の腕。

しかし彼女は男たちに見つかってから一瞬目を見開いたきり、俯いてしまっていた。


このとき、すでに彼女は『藍川澪美』ではなかった。




「ぎゃあぁぁあぁぁぁぁ!!!」


腕を伸ばした男子学生の悲鳴が轟いた。

彼の腕からしたたるのは、まるで滝のように流れる。

たちまち血液を失った男は、自分の流した血に沈み、動かなくなった。


あまりの出来事に動揺する残りの二名の男子生徒。

なぜなら、死んだ男の腕からは血が流れるものの、『腕はしっかり繋がっていて外傷ひとつなかったから』だ。


そんな彼らの不安を増加させるかのように、


「…ァハハ…………」


少女の声が『血』を這って響いた。

顔を引きつらせ、後ずさる二人。

そんな二人を見るかのように、少女は顔を上げた。

その眼の中心には、『赤い球体』がゆらゆらと揺れていた。

そして、


「…ねぇねぇ!遊ぼうよ!!君たち、強いんだよね!?アハハ!!」


狂った笑みのTシャツ姿の『少女』が叫ぶ。


「………鬼ごっこ、スタートだよ!!!」

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