指をかけられた引き金
少女の暗き過去と未来に光を
霧間、岩國、藍川の三人はできたてのカレーをほおばっていた。
楠原がトイレに駆けていったあとしばらく待ったのだが、かれこれ十五分以上たってももどってこなかったため、霧間たちは少しフライングさせてもらったのだ。
いや、彼らがフライングしたのではなく、楠原深月が遅れをとっている、と言ってもおかしくはない。
むしろ、霧間たちは十五分以上も待たされた被害者、の方が正しいかもしれない。
「なあ、深月ちゃん何してんだ?」
カレーをスプーンで口に運びながら、岩國が言った。
「朝から元気だったし、腹痛じゃねぇだろ。きっと俺に変えられた髪型でも直してるんじゃねぇのか?」
笑ながら返した霧間。
「っていうか、深月ちゃんって麻人君に何か言われると、すぐに顔が赤くなるよね?何でなんだろう…。」
藍川が会話に新たに質問を投げ入れた。
「澪美ちゃん、きっとこれだよこれ。」
岩國はその疑問に対して、隣にいる藍川には見えて机のむかいにいる霧間には見えないようにハートマークをつくった。
「あ、あぁ…なるほど。」
ポッ、と顔を赤める藍川。
「な、なんだよ!俺の方見てニヤニヤして!これって何なんだよ!」
霧間は全く状況が読めていない。
しかも楠原の話をしていたのに、自分の顔にカレーがついているんじゃないか?といった感じで、しきりに顔を手で探索している。
「…浩也君、もしかして麻人君って………。」
「あぁ、こういうことに関しては驚くほど鈍感だな。」
「…これは深月ちゃん、苦労しますね。」
ハァ、とため息を漏らす二人。
霧間は不安になったため、とにかく話題を変えようと発言をした。
「そ、そう言えば深月のこと忘れてないか!?」
今まさに深月ちゃんのことを言ってたんだよ、お前込みでな、と言いたげな岩國。
藍川が返した。
「わ、私見てきましょうか?」
岩國がそれに対して、良い考えだ、と頷く。
霧間は、とにかく自分に何かあるんじゃないか?という不安から脱け出せたことにホッとしていた。
こんな全く違う様子の二人だが、共通して思っていることがあった。
藍川がいつものように完全に戻ったことだ。
コロシアムを出たときはどうなるかと思っていた二人だが、ときが進むにつれてそんな不安は徐々に消えていった。
そして今この瞬間、心のひっかかりは完全に消滅したのだ。
「じゃあ藍川さん、よろしく!」
霧間はニコッと微笑んで言った。
「もう、澪美でいいって言ってるでしょ?」
軽く頬っぺたを膨らませた藍川。
岩國は、それをまるでハムスターのように見て笑っていた。
藍川は女子トイレにむかうべく席を立った。
いまだに食堂は学生たちでにぎわっている。
霧間は岩國と二人で何を話そうか、などを考えていた。
いや、むしろ話す内容は決めていたので、どう話そうかを考えていた。
内容はもちろん、先ほど岩國と藍川が話していたことについて。
霧間はやはりそれがどこか気になって仕方がなかったのだ。
藍川が椅子をひいて、トイレに足を進めた。
そして少し距離が生まれたとき、霧間は思いきって岩國浩也に切り出した。
「あ、あのさ、浩也、さっきは藍川さんと何を…」
しかし、その言葉を遮り、霧間の背後から声がした。
「おい、落ちこぼれのGランク二人組。」
霧間は声の主のほうを見て、岩國は目線を上げた。
そこにいたのは、背が少しだけ小さい、メガネをかけたいかにも『優等生』といった雰囲気の少年と、ガムをクチャクチャと噛んでいる、岩國ほどではないが金髪の男がいた。
「なんの用だよ。」
金髪の男にむけて霧間は言った。
霧間はこの二人を知っている。
もちろん、『友達』なんて関係じゃない。
メガネをかけた少年は、Fランクの『氷使い』の佐川、金髪の男はFランクの『炎使い』、三宅という。
この二人、主に三宅は、以前霧間にケンカをふっかけたことがあった。
もちろん、ケンカと言っても命がけのものなのだが。
そのときは、たまたま通りかかった楠原がいたため、結局騒動はおこらなかった。
「他でもねぇ、俺と勝負しろや霧間麻人。」
三宅が用件を話した。
もちろん、霧間はそれに噛みつく。
「上等だよ。場所はどこだ?体育館裏か?学校の外れか?コロシアムか?」
「ずいぶんと強きじゃないか。よし、場所はコロシアムだ。…まあ、俺が女に守られてる奴に負けるとは思えないがな。」
霧間に皮肉を言う三宅。
『女に守られてる』というのは、前回ケンカが始まる前に楠原が来たことを指す。
挑発とわかっていても、カーッとなってしまうような言葉だが、霧間は鼻で笑って言った。
「その『女が来た瞬間に逃げ出した』のはどこのどいつだったかな?三宅くん?」
そして、逃げんなよ、と言ってコロシアムにむかった霧間。
「お前っ…!後悔させてやる!」
三宅は軽く舌打ちをしたのち、霧間の後を追った。
嵐が去ったような現場に取り残された、岩國と佐川。
なかなか動こうとしない佐川に岩國は言った。
「なぁ、お前は行かねぇのか?」
それに対し、佐川はすべてを見透かすような瞳を岩國にむけて言った。
「行きますよ。…『計画』ってものがあるんでね。」
そして佐川は不敵に笑い、どこかへ行ってしまった。
岩國がふと横を見ると、そこには藍川澪美の姿があった。
「ご、ごめんなさい、気になったからつい立ち聞きしてました…。」
彼女は岩國に近づき、申し訳なさそうに言った。
「あぁ、それは別にいいんだが…。」
「はい…私も少し不安です…。」
二人の考えは一致していた。
きっとあの男たちのせいで、霧間麻人に何かがおこる、ということだ。
少し考えたのち、口を開いたのは藍川だった。
「わ、私、後ろをつけて見てきます!」
「じゃあ俺も行くぞ!?」
席から立ち上がろうとする岩國。
しかしそれは藍川によって防がれた。
「ダメですよ!相手に顔を見られてる浩也君が行ったら、確実に警戒されます!もしそれで敵の数でも増えたら大変です!私はさっき、顔を見られない位置にいたので、私なら大丈夫です!」
藍川は珍しく大きな声を上げた。
それにたいして、クスッと笑った岩國。
「お前もそんなしっかりしたこと言えるんだな。」
「余計なお世話です!」
藍川が顔を赤めて言い返す。
が、すぐに真顔に戻し、言葉を続けた。
「絶対に深月ちゃんには言っちゃダメですよ?深月ちゃんが麻人君の方にむかったら、また『前みたいな印象』を与えますから。」
前みたいな印象、とは前回の霧間と三宅が対面したときに、楠原が来た際、三宅がもった霧間の印象だ。
「わかった、何かあったらすぐに連絡してこいよ!あと携帯のバイブレータは切っとけ。もしも音がして相手にバレたら元も子もないからな。」
岩國も納得した。
藍川はそれを確認すると小さく微笑み、そして小さな体をくるりと反転させて出口にむかおうとした。
しかし、
「澪美ちゃん!」
岩國がそれを呼び止めた。
「…?何ですか?」
首を傾げる藍川。
岩國には、二人だけだからこそ聞ける質問をした。
「…深月ちゃんほど深くきくわけじゃないけど……契約相手って、何なの?」
それを聞いた藍川は、やはり戸惑った表情を見せ、そして苦しそうな笑顔で言った。
「…いずれ、嫌でもわかりますから、今は待ってくれませんか?」
そう言われた岩國は別にひねくれる様子もなく、ただ、
「わかった。ごめんな、無理言って…。じゃあ、麻人を頼んだ。」
と言った。
それを聞いた藍川はニコッと微笑み、再び足を進めた。
岩國は彼女の小さな背中を見つめながら、あの先ほど見せた表情を忘れられないでいた。
茜空と超能力シャ の閲覧、ありがとうございます。
黒崎千叉です。
更新が遅くなってしまい、読んでくださっている読者の皆様、すみません。
なるべく更新できるように努力します。
はい、
もう8月も中旬ですね。
梅雨明けだと思ったらもうこんな時期、早いですね。
宿題、終わらさないと…。
はい、本編の方ですが
ここから物語は動き始めます。
これからの展開にも期待していただければ幸いですし、その期待をこえられるように努力します。
それでは体調管理に注意して元気に過ごしてください。
これからもよろしくお願いします。
それでは。
黒崎千叉