未来予知で婚約者を守って来た聖女ですが、もう知りません。
この世界には遥か昔、神からの寵愛を受けた聖女という存在がいたらしい。
聖女は人の怪我や病を癒す力や未来予知の力を持っていた。
そしてそれは本来の聖女としての力の効果を徐々に弱めながらも長い時の中、子孫に受け継がれ続けてきた。
そして……私もその中の一人。
とはいえ聖女の子孫として有名な家柄からは非常に遠縁であり、我が家が聖女後を引いているという事は当事者である私やその家族くらいしか覚えていない。
また、家族が引いている聖女の力は非常に微々たるものであるのに比べ、私は『未来予知』の力をしっかりと引き継いでいた。
先祖返りともいえる程に明確な聖女の力。
その効果は伝承の初代聖女とは比べ物にならず、十秒先の未来が見える程度のものだが、それでも案外便利だったりするものだ。
これを公にすれば私に取り入ろうとしたり利用しようとする者が増えるだろう事から、この事実は秘匿しているが……その結果。
「――クラリッサ! お前との婚約を破棄する!」
……私は婚約者である伯爵令息デイヴに婚約破棄を突き付けられていた。
「家柄以外何にも優れていないようなお前は、俺の婚約者に相応しくない!」
同じ伯爵家の子供ではあるが、政界における私達の家の立場は大きく異なっていた。
私の家は伯爵家の中でも大きな影響力を持つ一方、デイヴは賭け事好きの前当主の借金を背負わされ、年々赤字を抱えるような家。
その立場を脱却する為にも、彼の両親はデイヴと私を婚約させたというのに、どうやら彼はそんな事も分からなくなってしまったようだ。
「お前のような愚鈍で何一つ優れていないような女との結婚など願い下げだ! 俺は真実の愛を知ったんだ。俺は……ダーラと生きていく!」
「はぁ」
デイヴは声高らかに宣言しながら愛らしい女性と腕を組んでいる。
ダーラ様。男爵家のご令嬢だ。
因みにこの婚約破棄が行われているのは王立学園のど真ん中。
騒ぎを目の当たりにした周りは『何を言っているんだこいつは』という視線をデイヴへ送っている。
当然である。
滅茶苦茶な言い分……それも恐らくは両親に許可もとっていないだろうに婚約解消を一方的に告げる常識知らず。
おまけに私の代わりに選んだ婚約相手ではデイヴの家の財政問題は全く解決しない。悪化するばかりなのだ。
仮に私が家柄だけの女だとしても、この場で婚約破棄を告げる選択はあまりに悪手だった。
しかし……それはあくまでデイヴ側の都合。
私には関係ない。
「分かりました。後から撤回はなしですよ。この場に居る方々が証人ですから」
「ハッ! 誰が撤回などするものか! ああ、せいせいした。これでお前という呪縛から解放される!」
そんな事を言っている彼に一礼だけして、私はさっさとその場を後にする。
そして騒ぎから充分に離れた頃合い。
「慰謝料はどれだけもらうんだ?」
不意に、背後から声がした。
振り返れば、赤髪の男子生徒が立っている。
彼は侯爵令息のジェラルド。
「何一つ優れてない、だってさ」
「揶揄いに来たの?」
幼い頃から友人として付き合いがあった彼は少々意地が悪い所がある。
どうやら先程の騒ぎを聞いていたらしい彼の言葉に私は小さく息を吐く。
「まさか。馬鹿にしに来たんだよ」
「貴方と友達でいるの、やめようかしら」
「違う違う、君じゃなくて……デイヴの奴をさ」
そういうとジェラルドは私の横髪を指で掬い上げながら顔を覗き込んでくる。
「君の良さなんて、両手じゃ数え切れないくらいあるのにな」
「またそうやって揶揄って」
「嘘じゃないぞ。何なら証明してやろうか」
「勘弁して」
私は知っている。彼が私を慕ってくれている事を。
だからこそ彼が『証明』出来る事を悟っているし、私はそんな彼の言葉に翻弄される未来が見えているからこそ、それを避ける。
……私の力については彼にも伝えていない。
けれど、聖女の力だとかそんなものがなくても、ジェラルドは私を慕い続けている。
そんな彼に私は、幼い頃から救われてきたのだ。
「それで。あの場であっさり引き下がったのは慰謝料を貰う為だろう?」
「それもあるわ」
戻された話題に私は頷く。
「という事はそれ以外もある?」
「ええ。そもそも私、彼と婚姻するのは出来る事なら避けたかったもの」
「だろうな。好都合だったという訳だ」
「それに」
「それに?」
「……折角だから、ちょっとくらい報復しても許される事実を作っておきたかったのよ」
私が悪戯っぽく笑えば、ジェラルドは目を丸くした後、釣られるように笑みを深めた。
「俺は君のそういう、可愛げのない事を言うところも好きだぞ」
***
「……可愛げなくなりきれないところもな」
数日後。
ジェラルドは私の隣に立ちながら目の前で起きている騒ぎに目を細める。
図書館の中。目の前ではデイヴが頭上から落ちてきた本の角に頭をぶつけて悶絶している。
「ぬかるみに足を取られて転ぶ。バルコニーからひっくり返ったバケツの水を被る。濡れ雑巾が顔に飛ぶ。……本が頭から降って来る」
ジェラルドが話しているのは、ここ最近、デイヴのみに起こった事ばかりだ。
彼は元々そそっかしかったし、不注意で事故を招きかける事が多かった。
そんな彼を私は婚約者時代に未来予知でさりげなく救ってあげていたのだが……彼はそんな私を『何もできない女』として切り捨てた。
ついでに、婚約を申し出た側でありながらその約束を無下にした。これは我が家を蔑ろにしたと判断しても差し支えないだろう。
だから、ただ手を貸さなくなったのではなく……少しだけ、事故を誘発させる事にしたのだ。
簡単な話だ。本が落ちる場所やぬかるみ……小さな事故が起こるような場所に誘導してやればいい。
それだけ。
勿論、大怪我をしない範囲……私の良心が痛まない範囲に留める。
本当にくだらないいたずらのようなものだが、デイヴからすれば急に不幸が降り掛かり続ける状況。
彼は恐ろしくて仕方ない様子だった。
最近成立した婚約解消と共に突き付けられた多額の慰謝料請求や両親からのお咎め。
家にも社交界にも居場所を失い、おまけに破産一直線となった家の悩みを抱えているのだ。
「もう……勘弁してくれよぉぉぉっ!!」
泣きっ面に蜂も良い所だった彼は、精神をすり減らして、情けなくわんわんと泣き始めた。
因みにダーラはそんな彼にドン引きし、婚約破棄の二日後にはさっさと彼の傍を離れている。
とんだ薄っぺらい真実の愛である。
また、はたからは「婚約破棄などという恩知らずで罰当たりな事をしたのだから当然だ」「きっと神に見放されたのだろう」「呪われたのかもしれない」などと好き勝手に言われる始末。
巻き添えを恐れ、誰もがデイヴには近づかなくなった。
「驚いたな。悪戯の魔法でも使えるのか、君」
「偶然よ」
「どうだか。……というか、君の言う報復はこんな事でいいのか」
私達は涼しい顔で泣き喚くデイヴを遠目に見つめている。
ジェラルドの言葉に私は頷きを返した。
「ええ。想像以上に効いているみたいだし、それに……」
私はジェラルドの顔を覗き込む。
「私は誰かを不幸にするよりも、誰かと一緒に幸せになる方が嬉しいわ」
その言葉の真意に気付いたからだろうか。
ジェラルドは瞬きを繰り返した後……フッと目元を和らげた。
「それは……口説いていると捉えるが、いいのか?」
「それ以外の解釈があるなら聞いてあげるけど?」
「全く。……そら」
ジェラルドは私に手を差し伸べる。
不思議に思ってそれを見つめていれば、ジェラルドが続ける。
「授業も終いの時間だろう。改めて君のご両親と話をしないとな」
「随分気が早いのね」
「ったく、人の気も知らないで」
酷い泣き声を背に、私達は手を繋いで歩き出す。
私の力では十秒先までしか知れない。
けれど、こういう想定外ならば……あり寄りのありね、と。
ジェラルドに手を引かれながら、私はひそかに笑うのだった。
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