驚くハヤトそして
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
夕暮れ時、ハヤトは汗でぐっしょり濡れたシャツのまま宿の扉を開けた。手には、今日稼いだばかりの小さな銀貨の袋。足取りは重く、膝も笑っていた。
「ただいま……姉ちゃん、今日も無理しないで――」
言いかけて、ハヤトは目を見開いた。
ベッドに寝ているはずのマスリナが、椅子に腰をかけ、本を片手にこちらを見ていた。包帯は巻かれているが、顔色は良く、肩も普通に動かしている。
「おかえり、ハヤト」
「な、なんで!? 動いちゃダメだって……! 治療師さんが、一週間は絶対安静って!」
慌てふためく弟に、マスリナは肩を軽く回して見せる。
「大丈夫。ほら、もう痛くない」
驚愕と安堵が入り混じった声を漏らすハヤト。
「うそだろ……?」
「嘘じゃないよ。ちょっとね、工夫しただけ」
詳しくは語らない。魔法薬学で無理をして作ったポーションのことは秘密にしたまま、マスリナはただ微笑んだ。弟を安心させるように。
「だから、もう一人で頑張らなくていい。これからは、また二人でやっていこう」
「……うん!」
その夜は久しぶりに笑い合いながら食事を取った。二人分の重荷を背負う必要がない――そのだけで、ハヤトの心は軽くなっていた。
◇
翌日、二人はそろってギルドへ向かった。
「……えっ!? もう来たの?」
受付嬢は目を丸くする。彼女だけではない。周囲にいた冒険者たちもざわついた。
「この前の傷、重かったはずだろ……?」
「一週間は寝込むって噂だったのに」
ひそひそと声が交わされるが、マスリナは動じない。淡々と掲示板を見上げ、紙を一枚引き抜いた。
「ゴブリン討伐、受けたいんですけど」
受付嬢が慌てて制止する。
「ちょっと待って! 病み上がりでそんな危険な依頼……!」
「もう平気です。大丈夫」
強気な口調に、ハヤトは胸を張った。
「僕もいます! 二人でなら、できます!」
やり取りを横で聞いていた一団が、クスクスと笑った。三人組の冒険者。年の頃はハヤトやマスリナと変わらないが、装備はきちんと揃えられていて、顔つきにはどこか余裕がある。
「へぇ、子供がゴブリン退治ね」
その中の短髪の少年がにやりと笑う。
「俺たちも同じ依頼を受けに来たところだ。……競争するか?」
仲間の少女が肘で突っつく。
「やめなよ、リオ。からかわないの」
しかし少年――リオと呼ばれた彼は引かない。
「いいだろ? どうせ同じ依頼なら、どっちが先に片付けるか試してみようぜ。冒険者ってのは、力で示すもんだろ」
ハヤトは一瞬たじろいだが、マスリナが代わりに一歩前へ出る。
「望むところよ。ただし、ゴブリン相手に油断して大怪我しないでね」
挑発を挑発で返す。その落ち着きに、リオが一瞬言葉を詰まらせる。だがすぐに笑った。
「おもしれえ! じゃあ決まりだ」
こうして、初めて同年代の冒険者との出会いが始まった。
ゴブリン討伐――それはただの依頼にとどまらず、姉弟にとって新たな人間関係と試練の幕開けでもあった。




