隠された秘薬
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。
なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
翌朝。宿の小さな窓から差し込む陽光で、マスリナはゆっくりと目を覚ました。肩に巻かれた包帯はまだ重々しく、腕はほとんど動かせない。けれど昨日まで全身を覆っていた鉛のような怠さが嘘のように消えていた。
「……やっぱり、母さんの血を引いてるのね」
唇に笑みを浮かべ、ベッドの横に置かれた小さな布袋を手に取る。中には昨日採取して、まだギルドに納めていなかった薬草がいくつか残っていた。だが、それらは血で汚れている。普通の冒険者なら価値なしと判断し、廃棄するだろう。
マスリナは違った。
「血は……魔力を含んだ“痕跡”でもある。うまく浄化すれば、むしろ薬効を強められるはず」
母が何度も語っていた言葉を思い出す。――“薬草は死んだものじゃない。魔力を注げば、再び命を吹き返す” と。
ベッドから慎重に起き上がり、小机の上に薬草を広げる。小さなナイフで根を削り、葉を揉み、血を丁寧に拭き取る。指先から淡い光が零れ、薬草の内に染み込むように流れ込んでいった。
「――〈浸透〉」
母直伝の魔法薬学の初歩。けれど彼女が注ぐ魔力は尋常ではなかった。昨日一日分の魔力を惜しみなく注ぎ込み、傷んだ草を甦らせていく。
やがて、薬草は淡い緑の輝きを放ち始めた。香りも変わる。乾いた草の匂いが、清涼な生命の息吹に変わっていた。
「……いける」
即席の小瓶に薬草を潰して抽出液を注ぎ込み、さらに呪文で効能を固定化する。こうして生まれたのは、黄金色に近い液体――回復ポーションだった。
「これなら……」
マスリナは瓶を傾け、一気に飲み干した。体内に温かい奔流が広がり、肩の奥深くに眠っていた痛みを溶かしていく。包帯の下で肉が結び直されるような感覚。思わず呻き声を漏らすほどの激しい再生作用。
――数分後。
試しに腕を動かすと、ほとんど痛みが消えていた。完全に元通りではないにせよ、昨日までの激痛が嘘のように消えている。
「……やった」
小さく息をつき、椅子に腰を下ろす。安静にしていれば一週間かかるはずの傷を、たった二日で治す回復――。母譲りの魔法薬学が生み出した奇跡の成果だった。
「でも、ハヤトには内緒ね」
窓の外を見やる。弟はきっと、今頃また小さな依頼を抱えて町を駆け回っているのだろう。痩せた体で重荷を背負い、汗を流しながら。
昨日の夜、あの子が「僕が頑張らないと」って言っていた顔を思い出し、胸が熱くなる。
「……ずっと一人に背負わせるわけにはいかない。姉として、私だって支えなきゃ」
そう呟くと、マスリナは肩の調子を確かめながらゆっくりとベッドに戻った。回復の反動で魔力はほとんど空になっている。今日はまだ無理はできない。けれど――明日には、弟の隣に立てる。
その確信が、眠りにつく彼女の口元に微笑みを浮かべさせた。




