静かな時間と小さな決意
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
ギルドでの報告を終えた二人は、日が沈む前に治療院へと足を運んだ。白壁に囲まれたその建物は町の外れにあり、薬草の香りが漂っている。
「お願いします……姉を診てください」
受付で声を震わせるハヤトの姿に、治療師の中年女性はすぐさまマスリナを治療室へと案内した。
肩に深々と残る牙の痕を見た女性は眉をひそめる。
「かなりの裂傷ね……感染しなくてよかったわ」
消毒の匂いと共に淡い光が彼女の手から流れ出し、傷口をなぞる。マスリナの苦痛の表情が少し和らぐ。
やがて治療師は手を止め、きっぱりと告げた。
「縫合と癒しは済んだけれど……完全に治るには一週間は安静が必要。無理をすれば、再び開いてしまうわよ」
「一週間……」
ハヤトの心臓がずしりと重くなる。冒険者としてはまだ駆け出し。宿に泊まれる余裕もない。オオカミ討伐の報酬は計算や処理に時間がかかり、支払われるのは数日先だとギルドで告げられていた。
「宿代、足りるかな……」
小声で漏らすと、マスリナが苦笑した。
「無理でしょ。二人で泊まったら一晩で終わりだよ」
分かってはいた。だが、口にすると余計に現実味が増す。
「……じゃあ、どうするんだ?」
「どうするもこうするも、今は動けないし……。あんたが、頑張るしかないでしょ」
冗談めかした声色だったが、その目は真剣だった。
治療院を後にした二人は、とりあえず一泊分だけ宿を借りた。木造の簡素な部屋。狭いベッドに横たわるマスリナの寝顔を見つめながら、ハヤトは拳を握りしめる。
「……そうだ、僕がやるしかない」
次の日の朝。マスリナは宿のベッドで安静に。ハヤトは一人でギルドへ向かった。まだ子供のように小柄な身体が、背中の荷袋を背負うと余計に大きな影を落とす。
「お姉ちゃんを休ませている間、僕が頑張らないと……」
掲示板に並ぶ依頼書を食い入るように見つめる。危険度の高いものは当然無理だ。けれど薬草の採取や町中の雑用なら、一人でもこなせる。
「……これなら」
小さな薬草束の配達、家畜の世話、荷物運び。報酬は少ないが、やらないよりはましだ。
受付嬢が心配そうに声をかけてくる。
「一人で大丈夫?」
「大丈夫です。……姉が治るまで、僕が稼がなきゃ」
その瞳の真剣さに、受付嬢は小さく微笑んで依頼書を手渡した。
ハヤトは町を駆け回った。重い袋を背負って石畳を走り、家畜小屋の掃除で汗まみれになり、草原で薬草を探して泥だらけになった。子供の足では辛い仕事ばかりだ。何度も膝を擦りむき、息を切らしながらも、彼は倒れなかった。
「……これくらい、全然平気だ」
夕暮れ、稼いだ小さな銀貨を手に宿へ戻る。扉を開けると、ベッドの上のマスリナが目を覚まし、弱々しく微笑んだ。
「……おかえり」
「ただいま。今日はちょっとだけど……お金、稼げたよ」
銀貨を握りしめる弟の姿を見て、マスリナの瞳に光が宿る。
「立派になったね、ハヤト」
その言葉に、ハヤトは照れ臭そうに笑った。
こうして二人は束の間の静かな時間を手に入れた。けれどその裏で、ハヤトは初めて「自分が姉を支える側になる」ことを強く意識したのだった。




