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遺伝子の調律  作者: さんご
1章 火の竜王の救済
7/27

静かな時間と小さな決意

数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。

この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。

なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。

 ギルドでの報告を終えた二人は、日が沈む前に治療院へと足を運んだ。白壁に囲まれたその建物は町の外れにあり、薬草の香りが漂っている。


 「お願いします……姉を診てください」

 受付で声を震わせるハヤトの姿に、治療師の中年女性はすぐさまマスリナを治療室へと案内した。


 肩に深々と残る牙の痕を見た女性は眉をひそめる。

 「かなりの裂傷ね……感染しなくてよかったわ」

 消毒の匂いと共に淡い光が彼女の手から流れ出し、傷口をなぞる。マスリナの苦痛の表情が少し和らぐ。


 やがて治療師は手を止め、きっぱりと告げた。

 「縫合と癒しは済んだけれど……完全に治るには一週間は安静が必要。無理をすれば、再び開いてしまうわよ」


 「一週間……」

 ハヤトの心臓がずしりと重くなる。冒険者としてはまだ駆け出し。宿に泊まれる余裕もない。オオカミ討伐の報酬は計算や処理に時間がかかり、支払われるのは数日先だとギルドで告げられていた。


 「宿代、足りるかな……」

 小声で漏らすと、マスリナが苦笑した。

 「無理でしょ。二人で泊まったら一晩で終わりだよ」


 分かってはいた。だが、口にすると余計に現実味が増す。


 「……じゃあ、どうするんだ?」

 「どうするもこうするも、今は動けないし……。あんたが、頑張るしかないでしょ」


 冗談めかした声色だったが、その目は真剣だった。


 治療院を後にした二人は、とりあえず一泊分だけ宿を借りた。木造の簡素な部屋。狭いベッドに横たわるマスリナの寝顔を見つめながら、ハヤトは拳を握りしめる。


 「……そうだ、僕がやるしかない」


 次の日の朝。マスリナは宿のベッドで安静に。ハヤトは一人でギルドへ向かった。まだ子供のように小柄な身体が、背中の荷袋を背負うと余計に大きな影を落とす。


 「お姉ちゃんを休ませている間、僕が頑張らないと……」


 掲示板に並ぶ依頼書を食い入るように見つめる。危険度の高いものは当然無理だ。けれど薬草の採取や町中の雑用なら、一人でもこなせる。


 「……これなら」

 小さな薬草束の配達、家畜の世話、荷物運び。報酬は少ないが、やらないよりはましだ。


 受付嬢が心配そうに声をかけてくる。

 「一人で大丈夫?」

 「大丈夫です。……姉が治るまで、僕が稼がなきゃ」


 その瞳の真剣さに、受付嬢は小さく微笑んで依頼書を手渡した。


 ハヤトは町を駆け回った。重い袋を背負って石畳を走り、家畜小屋の掃除で汗まみれになり、草原で薬草を探して泥だらけになった。子供の足では辛い仕事ばかりだ。何度も膝を擦りむき、息を切らしながらも、彼は倒れなかった。


 「……これくらい、全然平気だ」


 夕暮れ、稼いだ小さな銀貨を手に宿へ戻る。扉を開けると、ベッドの上のマスリナが目を覚まし、弱々しく微笑んだ。

 「……おかえり」

 「ただいま。今日はちょっとだけど……お金、稼げたよ」


 銀貨を握りしめる弟の姿を見て、マスリナの瞳に光が宿る。

 「立派になったね、ハヤト」

 その言葉に、ハヤトは照れ臭そうに笑った。


 こうして二人は束の間の静かな時間を手に入れた。けれどその裏で、ハヤトは初めて「自分が姉を支える側になる」ことを強く意識したのだった。

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