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遺伝子の調律  作者: さんご
1章 火の竜王の救済
4/27

森の牙

数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。

この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。

もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。

なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。

 配達仕事で町中を駆けずり回った翌朝、ハヤトは全身が鉛のように重かった。足を上げるだけで筋肉が悲鳴を上げる。

 「昨日は……もう走りたくない」

 呻くように言うと、マスリナは肩をすくめた。

 「じゃあ今日は薬草採取にしよう。私の魔法があれば楽だし」


 その言葉に救われるように、二人は再び森へ向かった。陽射しの柔らかい朝、森の中はしっとりとした土の匂いに包まれている。


 「サーチ・ハーブ」

 マスリナが唱えると、木々の根元や茂みの奥に淡い光が点々と浮かび上がった。それを追うように二人は夢中で草を摘み取っていった。依頼で求められる量などとっくに超えている。


 しかし――夢中になるあまり、気付けば森の奥深くへと踏み込んでいた。木々は鬱蒼と茂り、空の光も届きにくい場所。そこは明らかに人の気配が薄く、静けさが張り詰めていた。


 「……お姉ちゃん、ここ、少し変だ」

 ハヤトの声に、マスリナも辺りを見回した。次の瞬間――低い唸り声が背筋を凍らせる。


 茂みから現れたのは、灰色の毛並みを持つオオカミだった。それも一匹ではない。二匹、三匹。牙を剥き出しにし、円を描くように姉弟を囲んでいく。


 「……ナワバリに入っちゃったんだ」

 マスリナが唇を噛む。


 町で聞いたことがある。森の奥には狼の群れがいて、迂闊に近づけば襲われると。だが今さら後悔しても遅い。


 「ハヤト、下がって」

 姉が前に出て、両手をかざす。淡い光が指先に集まっていく。しかし、オオカミたちも待ってはくれなかった。


 ひときわ大きな一匹が飛びかかる。マスリナの光弾が直撃し、体を弾き飛ばす。だが傷は浅い。すぐさま立ち上がり、低く唸り声をあげる。


 「くっ……硬い!」

 マスリナが苦悶の声を漏らす。


 ハヤトの心臓は激しく脈打っていた。全身が恐怖で固まり、足が動かない。だが――姉一人に背負わせてはならない。そう思った瞬間、無意識に声が出た。


 「光弾!」


 ハヤトの放った魔法が、二匹目の狼の足を掠めた。決して大きな威力ではなかったが、動きを止めるには十分だった。その隙を逃さず、マスリナが二撃目を叩き込む。狼が苦痛にうめき声をあげ、後退した。


 しかし残る二匹が同時に襲いかかる。マスリナが一匹を迎撃し、ハヤトはもう一匹に狙われる。鋭い牙が目の前に迫る。


 「う、うわあああああっ!」

 必死に光弾を放つ。爆ぜた光が狼の鼻先を焼き、突進が逸れる。そのまま地面に転がったハヤトを、マスリナが抱きかかえた。


 「大丈夫!?」

 「……っ、なんとか」


 姉弟は肩を寄せ、息を合わせた。恐怖に震えながらも、必死に魔力を絞り出す。連携というより、ただ生き延びたい一心の共闘だった。


 数分後――最後の一匹が呻き声を残して逃げ去った。森に静けさが戻り、二人はその場に座り込んだ。


 「……生きてる」

 「うん……でも、危なかった」


 体は傷だらけで、息も荒い。それでも、確かな実感があった。

 ――自分たちは恐怖に飲まれず、立ち向かえた。


 握りしめた手のひらに、かすかな震えが残る。その震えが恐怖なのか、あるいは高揚なのか、ハヤトにはまだ分からなかった。


 けれど、この日。姉弟は初めて「命を賭ける」ということを知った。冒険者という道が、決して生易しいものではないことを思い知ったのだ。

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