血の抱擁
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
もし気に入っていただけましたら、ブックマークや感想をお寄せいただけると、作者にとって大きな励みとなります。
なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
ハヤトの放つ光はますます強くなり、森全体を焼き尽くさんばかりに膨れ上がっていた。
リーダーを守ろうと群がるゴブリンたちは次々に消し飛び、もはや敵よりも、味方の冒険者たちが光に巻き込まれる危険の方が大きい。
「ハヤト……!」
マスリナは弟の姿を見据える。
父と母から授かった奇跡の力――調律。
しかしそれは、未熟なハヤトには制御できない。理性を食い破り、ただ破壊の衝動だけを残す化け物と化してしまう。
「……止められるのは、私しかいない」
彼女の脳裏に母が言っていた言葉がよみがえる。
“血の繋がりこそが、絆の繋がりこそ奇跡の唯一の錨になる”――と。
マスリナは決意した。
まだ癒えていない肩の傷口が疼く。しかし構っている暇はない。
「ハヤト!」
彼女は光の奔流へと踏み込んだ。
灼熱のような魔力の波に、肌が焼ける。
押し返されそうになるが、それでも一歩、また一歩と近づいていく。
「姉ちゃん……? 近づくな……俺は……!」
ハヤトの声が一瞬だけ混じった。しかしすぐに濁り、再び獣の唸りに変わる。
「大丈夫。私がいるから」
マスリナは震える腕で弟を抱きしめた。
その瞬間、彼女の傷口からにじんだ血が、ハヤトの光に触れた。
――カッ。
耳をつんざく轟音とともに、奔流が一気にしぼんだ。
暴走するDNAの調律が、姉の血によって再び整えられていく。
「……あ……れ……?」
ハヤトの瞳の赤が消え、黄金の輝きが静かに収束していった。
震える声で、彼はようやく自分を取り戻した。
「姉ちゃん……俺、また……」
「もういいの。戻ってきてくれた。それだけで十分」
マスリナの声は優しかった。
◇
静寂が訪れる。
しかし、まだ一匹だけ残っていた。
ゴブリンリーダー。
瀕死の体を引きずりながらも、その目には執念が宿っている。
「ギ……ギイイッ!」
最後の力で棍棒を振り上げる。標的は、血を流し弟を抱くマスリナ。
「やらせるかッ!」
今度は迷いなく、ハヤトが立ち上がった。
光はもう暴走していない。
調律によって強化された肉体と魔力、その一瞬の輝きをすべて拳に込める。
「うおおおおおッ!!!」
轟音とともに振り下ろした拳が、ゴブリンリーダーの胸を貫いた。
巨体が後ろへ吹き飛び、地に崩れ落ちる。二度と動くことはなかった。
◇
荒い呼吸の中、ハヤトはゆっくりと姉を振り返る。
「……俺、怖かった。自分が自分じゃなくなるみたいで」
「でも、あなたは帰ってきた。だから大丈夫」
マスリナの笑みは、どこか母に似ていた。
その笑顔を見て、ハヤトはようやく膝をつき、力尽きたように倒れ込んだ。
光の余韻だけが、静かに森を照らしていた。




