追い詰められた鼓動
数ある物語の中から、本作を手に取っていただき、心より感謝申し上げます。
この小さな物語が、あなたの日々にほんの少しでも彩りを添えられますように。
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なお、全く別ジャンルの物語も公開しております。気分転換に違う世界を覗いてみたいときは、ぜひそちらもお楽しみください。
ゴブリンリーダーが咆哮を上げた。
その声に応じるように、周囲のゴブリンたちが一斉に動きを揃える。さっきまで散発的だった攻撃が、まるで軍勢のような規律を帯び始めた。
「くっ……なんだこいつら、さっきと全然違う!」
リオが剣を振るい、迫る一体を切り伏せる。しかし次の瞬間、左右から二匹が挟み込む。
「リオ、避けて!」
弓を引いていた少女が叫ぶが、彼女自身も背後から襲われて矢を放つ余裕を失う。短剣を抜いて必死に応戦するが、防戦一方だ。
リオのパーティーの最後の一人、防御魔法を操る少年もまた悲鳴を上げる。
「盾が……! 数が多すぎる!」
その声に焦りが滲む。
――ゴブリンたちはもはや群れではない。統率された兵団だ。
◇
一方、ハヤトとマスリナも苦境に立たされていた。
「はあっ!」
ハヤトが短剣で一匹を突き倒すが、その背後からすぐに二匹が飛びかかる。
一手二手と次第におくれる。
「ハヤト!」
マスリナが魔弾を放ち、かろうじて弟を守る。しかし彼女の顔は青ざめていた。
肩の包帯。完全に癒えたはずの傷――その痛みが蘇るのを恐れているのか、彼女の動きは精彩を欠いていた。
「(また、あの時みたいに……動けなくなったら……)」
脳裏に浮かぶのは、オオカミとの戦いで自分が倒れ、弟を危険に晒した光景。
同じことが起きると思うと足がすくむ。
その迷いが、攻撃を一瞬遅らせる。
「うっ!」
ゴブリンの棍棒が彼女の腕をかすめた。再び赤い血が滲む。
「姉ちゃん!」
ハヤトが駆け寄ろうとするが、前に立ちはだかる敵が行く手を遮る。
――守りたい。だが、力が足りない。
歯を食いしばりながら戦うハヤトの耳に、再びリーダーの咆哮が轟く。
その瞬間、周囲のゴブリンたちが一斉に動きを変えた。
狙いは――リオの仲間。特に弓を持つ少女。
「しまっ――」
リオが駆けるが遅い。少女の背に、巨大なゴブリンが刃を振り下ろそうとしていた。
「やめろぉぉぉ!!!」
思わずハヤトの喉から叫びが迸った。
次の瞬間、彼の体を光が包み込む。
鼓動が速くなる。胸の奥で破裂しそうな脈動が暴れ、血は沸騰し、骨の髄まで灼けるような震えが走る。
視界がぐにゃりと歪み、木々も獣も、まるで紙細工のように脆く見えた。
「これは……!」
マスリナが息を呑む。弟の身体から噴き出す光は、ただの魔力ではなかった。空気を焼き、森の匂いを焦がし、まるで異界の裂け目がここに口を開けているかのようだった。
ハヤトの全身に浮かぶ血管が、黄金の炎で線を描いたように輝く。
熱い。だがそれは力の歓喜であり、痛みではなかった。
――もっと。もっと放て。
耳の奥で、誰のものでもない声が囁く。
「僕は……守るんだ!」
叫んだ瞬間、瞳が金色に爆ぜた。だがその光には、慈悲だけではなく狂気が混じっていた。
ゴブリンたちは怯え、吠え声を上げる。だが少年の眼差しは敵だけでなく、傍らの姉さえ射抜くほどの烈しさを帯びていた。
そして、弓を持つ少女を狙うゴブリンを瞬殺する。
ハヤトの尋常じゃない狂気を目の前にして
「ハヤト……やめて!」
マスリナの声が震える。弟を止めなければ――だが近寄れば自分さえ呑み込まれる気がした。
光はさらに膨張し、夜を裂く雷鳴のように轟いた。
その中心にいるのは確かに弟。けれど、今この瞬間だけは、まるで別の存在にすり替わったかのようだった。
――遺伝子の調律が、再び始まろうとしていた。




