第四章:五年前の写真 5
その日の夜、僕はずっと眠れなかった。
スケッチブックに残されていた数々の絵、そして裏表紙に貼られた短い手紙。
あれはたしかに、誰か――神野優が、未来に託した“思い”だった。
「また、ここで会えたらいいな」
その一文が、何度も胸の中で響いた。
自分に兄がいたなんて、聞いたことがない。
でも、それが事実だとして、なぜ家族は隠してきたのだろう?
僕は、翌朝、かすみに言った。
「確かめてみたいんだ。家に、何か残ってるかもしれない」
彼女は、うなずいた。
「うん。助手くんなら、そう言うと思ってた」
その日の放課後。僕は自室の押し入れを開け、奥にしまってあったダンボールをいくつか引っ張り出した。
小学校の教科書や、古いアルバム、なぜか仕舞い込まれていた学級通信。
そして――底のほうに、一冊の黒いノートを見つけた。
表紙には、何のタイトルもない。
でも、開いた瞬間、それが誰のものか分かった。
「神野優」と書かれたページの冒頭には、こう記されていた。
『ぼくには、弟ができた。まだ名前も決まってないけど、きっと元気に育つと思う。
ちゃんと、家族になれるといいな。』
次のページには、病室の窓から撮ったような風景のスケッチ。
そして、さらに数ページをめくると、日付が急に途切れていた。
僕はそのノートをそっと閉じた。
「……やっぱり、いたんだ」
僕は、優に“出会った”のだ。
写真の中で、絵の中で、言葉の中で――彼の“思い”に触れた。
その週末、かすみと一緒に、再び美術室を訪れた。
立花先生に報告するためでもあるし、何より、優に“返事”をするためでもあった。
「残されたものって、やっぱり誰かに届くんだね」
かすみがつぶやいた。
「うん。僕……少しだけど、分かった気がするよ。
あの人が、僕に見つけてほしかったもの」
「なに?」
「――“僕自身”かな」
言葉にすると、なぜか涙が出そうになった。
優が描き残したもの、それを通して、僕は少しだけ自分を知った。
なぜ、自分がこの学校で、こんな風に毎日を過ごしていたのか。
なぜ、かすみに出会って、こんなふうに“謎”を追っているのか。
全部、つながっていたのかもしれない。
「ねえ、助手くん」
かすみが、いつもの口調で言った。
「じゃあ、次は私の番ね。――私が、この学校に来た理由を、話す」
「……え?」
「優くんの話を追いかけていけば、きっと辿り着けると思ってた。だから、君と一緒にいたの」
それは、突然すぎる言葉だった。
「君が優くんの弟だって知ってたから――じゃない。
私は、ただ、“優くんの物語の続きを書きたかった”の。
誰かに見つけてもらえるように。私自身のことも、ね」
彼女は、どこか寂しそうに、けれど誇らしげに笑った。
「……つまり、“本当の謎”は、まだ終わってないってこと?」
「当然。これは、始まりにすぎないわよ。
助手くん、次の事件もよろしくね」
そう言って、かすみは僕の肩を軽く叩いた。
いつものように、唐突で、勝手で、でもなぜか――
その“名探偵(自称)”の言葉を、僕は信じたくなるのだった。




