第四章:五年前の写真 4
翌日。
放課後、かすみは僕を再び校舎裏にある渡り廊下へと誘った。目的地は、もう分かっていた。
「美術室、じゃなくて……美術準備室?」
僕がそう確認すると、かすみは「当然」と言いたげに頷いた。
「絵を描いてた人なら、作品や画材を保管してたはずよ。準備室なら、生徒の目に触れにくい場所だし……なにより、神野優くんが“見つかっていないもの”と言ったのなら、それは“まだ見つかってない場所”にあるのよ」
なるほど、と感心したい気持ち半分と、どうせ誰もいない部屋をのぞき込んで終わるんじゃないかという予感半分。
だけど、足は自然とその扉に向いていた。
美術準備室のドアは、鍵がかかっていなかった。ギィ、と重たい音を立てて開ける。
「……暗いな。電気、あるか?」
「こっちにスイッチが」
パチン、と音がして、蛍光灯が徐々に白く光を帯びていく。
部屋にはイーゼル、古びた石膏像、画材用のキャビネット、そして積み上げられたスケッチブックの山。埃がうっすらと積もっている。
僕たちは言葉を交わさず、手分けして棚の中を探り始めた。
数分後――
「……見つけたかも」
かすみの声に、僕は駆け寄った。彼女が開いていたスケッチブックの表紙には、黒インクで「Y.K.」の文字が記されていた。
「“Y.K.”……優くんのイニシャル?」
彼女は無言で頷く。
ページをめくると、そこには――
誰にも見せたことがないような、内面がにじみ出た作品が並んでいた。
風景。教室。誰かの背中。そして、窓の外を見つめる自分自身の横顔。
「これ……全部、優くんが描いたのか?」
「たぶんね。記録に残ってないのは、彼がこの部屋に隠してたから。もしかしたら、先生にも見せてなかったのかも」
かすみは、あるページで手を止めた。
それは、一枚のスケッチだった。
中央に描かれているのは、制服姿の男の子。だけど、その顔は消しゴムで削られ、ぼやけていた。
「……これ、僕に似てないか?」
「ううん、“優くん”に似てるんだと思う。でも、どこか“今の君”にも重なる」
僕は黙った。
どこかで、自分がこのスケッチに見覚えがある気がしていた。でも、思い出せない。
ふと、スケッチブックの裏表紙に、手書きの小さなメモが貼られているのに気づいた。
「また、ここで会えたらいいな。
――未来の、僕へ。」
まるで、未来の誰かに宛てた手紙のようだった。
「優くんは、自分の作品を“残す”ことで、誰かに届くことを願ってたんじゃないかな」
「……それが、僕だった?」
問いかけた僕に、かすみは答えず、ただ穏やかに笑った。
「たぶん、“君でよかった”って思ってると思うよ。彼が残したものを見つけてくれたんだから」
その言葉を聞いたとき、胸の奥で何かがほどけるような感覚がした。
優――
たしかに、その名前に心が動く理由があった気がする。
血のつながりか、ただの偶然か。まだ分からない。
でも、僕はこの瞬間、たしかに**“彼の続きを見ている”**と感じていた。




