第三章:図書室にいた嘘つき 5
放課後の図書室に差し込む光は、まるで本の紙面を優しくなぞるように柔らかかった。
水谷玲奈はしばらく何も言わなかった。でも、それは答えを探しているというより、思い出を取り出すための静けさだった。
「……私が、嘘をついたの」
玲奈はそう呟いた。かすみはうなずきながら、彼女の言葉を待った。
「白石さんとは、そんなに仲が良かったわけじゃない。でも、ある日、彼女が珍しく話しかけてきたの。“本を返せなくなりそうだから、預かってくれる?”って」
「それって、転校することが決まってたから?」
「ううん、たぶん……それより前。彼女、自分のこと、うまく話せる子じゃなかったから……たぶん、そのときにはもう、学校に来づらくなってたんだと思う」
「来づらくなっていた、理由は?」
「直接は聞かなかった。でも、なんとなく、空気で分かることってあるじゃない?」
静かな子にありがちな、“目立たないけど、狙われやすい”という空気。
本人が何も言わなくても、避けているように見える瞬間が、いくつかあった。
「私、預かったその本、ずっと持ってた。渡されたとき、“もし返さなかったら、誰にも気づかれない気がする”って思って」
誰にも気づかれない――。
それは白石奈央という存在の“薄さ”のようで。
でも、それでも玲奈は、ある日ふと気づいたのだという。
「このまま、なかったことにしたら、彼女の“最後”がどこにも残らないって……だから、返したの。名前だけ、書き直して」
「なんで、自分の名前じゃなくて……白石さんの名前に?」
「私が返したことにしたら、彼女が“いなかった”ことになる気がして。だから、記録には残してあげたかったの」
たった一冊の本。
けれどそれは、玲奈が白石奈央にできた、たったひとつの“贈り物”だったのかもしれない。
「でも、筆跡が違うってことは、誰かに気づかれると思わなかった?」
「気づかれてもいいと思ってた。……もしかしたら、誰かが思い出してくれるかもって」
かすみは何も言わなかった。ただ一歩前に出て、玲奈にそっと一礼した。
「あなたの“嘘”は、誰かの居場所を残すためのものだったのね」
「……うん、そう思いたい」
玲奈が静かに笑った。
その顔には、ほんの少しだけ涙のあとがあったけれど、それは責められるべきものではなかった。
* * *
帰り道、夕暮れの廊下を歩きながら、僕はかすみに問いかけた。
「なあ……あの本、結局誰も読んでなかったのかな」
「いいえ、私は読んだわよ。昨日、読み終えた」
「えっ」
「助手くんも、読むといいわ。きっと、“誰かの声”が聞こえると思う」
かすみはそう言って、図書カードの写しを僕に手渡した。
そこには最後の名前――“白石奈央”と書かれたその下に、うっすらと誰かの字で、こんな言葉が書き添えられていた。
「ありがとう。また、読んでね」
その一言が、図書室に残された“嘘”の本当の意味を語っていた。
第四章:図書室にいた嘘つき
図書室の貸出記録に残された不自然な訂正。
そこに隠されていたのは、名前を“借りた”静かな友情の記憶だった。
そして、次なる舞台は――
音もなく時が止まる、一枚の“写真”。
放課後の美術準備室に届いた無記名の封筒。
中に入っていたのは、五年前の古い集合写真。そして、写っているはずのない人物が――
次回、**「第五章:五年前の写真」**へ続きます。




