第三章:図書室にいた嘘つき 4
翌日の放課後、かすみと僕はふたたび図書室を訪れていた。
目的は、図書委員の水谷玲奈に話を聞くことだった。
水谷は小柄で、眼鏡の奥の目元にいつも疲れたような影を落としている。けれど、その分だけ落ち着いた物腰があり、図書室という静かな世界に、すっと溶け込んでいた。
「白石さんのこと……ですか?」
かすみの問いかけに、水谷は少し戸惑ったようにまばたきをした。
「そう。彼女と、最後に話したのはいつだった?」
「……もう、だいぶ前です。冬休み前くらい。図書室で、少しだけ」
そのとき、かすみは机の上にそっと一冊の本を置いた。
『街角のピアノ弾き』――返却された“はず”の本。
「この本、あなたが返したことになってる。でも、本当に“預かった記憶”はないの?」
水谷のまなざしが一瞬だけ揺れた。
だが次の瞬間には、元の静けさを取り戻していた。
「はい。本当に覚えてないんです。……でも、もしかしたら、私は“渡された”のかもしれません」
「渡された……?」
「ある日、本棚の整理をしていたら、貸出記録にない本がカウンターの上に置かれていたんです。誰が持ってきたか分からなくて、でも中にカードが挟まっていたから、返却されたと思って処理しました」
“返された覚え”はないけれど、“返すように仕向けられた”――そう言ってもいいかもしれない。
「誰が持ってきたのか、見なかったの?」
「……その日は、図書室に誰もいなかったはずです。でも……」
水谷は、しばし躊躇した末に言った。
「その日、誰かがピアノを弾いていた気がするんです。音楽室から、遠くに聞こえてきて……あれが最後だったかもしれません」
「最後って?」
「白石さんの“気配”を感じたのが」
沈黙が落ちた。
それは単なる思い込みかもしれない。けれど、静かな図書室で、ひとつだけ強く残る印象というものが、確かにある。
ピアノの音。それは、白石奈央という生徒を“音”で記憶するための、最後の印だったのかもしれない。
「白石さんは……本当に、本が好きだったんだと思います。でも、最後に借りたこの本は、一度も読まれなかったの」
「なぜそう思うの?」
「……しおりが、最初のページに挟まったままでした」
かすみが静かに言った。
誰かが“借りたふり”をして、読まずに戻した本。
それは、未読のままの気持ちのようで。
あるいは、読みたくても読めなかった想いのようで。
「じゃあ、誰が代わりに返したのか――」
「たぶん……白石さんの、友達だった人じゃないかと思ってる」
かすみが水谷の目を見て、穏やかに言った。
「玲奈さん、あなたでしょ?」
図書室に、もうひとつの沈黙が落ちた。
だけどそれは、誰かを責めるためのものではなかった。




