第三章:図書室にいた嘘つき 2
「そもそも、なんで貸出記録を手書きのままにしてるんだろうな」
僕はぽつりと疑問を口にしながら、開架棚の並ぶ通路を歩いた。
「電子管理にすると、静かじゃなくなるからじゃない?」
かすみが言った。
「静かじゃなくなる?」
「バーコードをピッて読み込む音、意外と響くのよ。あと、カウンターの前で渋滞が起きるのも煩わしいでしょ」
「……妙に詳しいな」
「名探偵は図書室の生態系にも通じているのよ」
軽く言って、彼女は棚の端に並ぶ文庫本の列へ手を伸ばした。指先で背表紙をなぞるその動作は、まるで本の中に手がかりを探しているようだった。
「で、問題の本ってどれなんだ?」
「これよ」
かすみが取り出したのは、表紙が色あせた文庫本。タイトルは『街角のピアノ弾き』。
「……前の章からのつながりが、地味にあるな」
「ピアノの幽霊事件と、記録の改ざんが、実はゆるく繋がっている――なんて素敵でしょ?」
「そういうメタ的な話は、ちょっと……」
中を開いてみると、貸出カードが差し込まれていた。名前が縦に書かれている。その中に、件の“二重線”を引かれた名前と、新しく書かれた別の名前が並んでいた。
「新しく書き直された名前……『白石奈央』って書いてあるな」
「でも、実際にこの本を返却したのは、図書委員の水谷さんだったの。白石さんとは別人よ」
「ん? それってつまり……水谷さんが“代理で返した”ってことか?」
「普通に考えればそう。でも水谷さんは“借りた覚えも、預かった覚えもない”って言ってる」
貸してない、でも返ってきた。しかもその返却が、誰にも記憶されていない。
それはつまり、**“本が勝手に戻ってきた”**かのような状況だった。
「でも、戻ってくるものって、忘れ物が多いでしょ?」
「……忘れ物?」
「うん。忘れ去られた気持ち、忘れたふりをした記憶。そういうのが、本になって返ってくることもあるのよ」
また難解なことを言い出した、と思いながらも、僕はかすみの目線を追った。
彼女は“嘘”というより、“何かを隠そうとした気配”を感じ取っていたのだ。
ただのミスじゃない。これは、誰かの“記憶のすり替え”かもしれない。
「この白石奈央って生徒……今も学校にいるのか?」
「ううん。三月に転校してる」
……転校生。
何かが繋がりそうで、繋がらない。でも、だからこそ気になる。
この本を最後に読んだ“誰か”が、なぜ嘘をついたのか。なぜ、記録をごまかす必要があったのか。
その先に、過去の“何か”が隠れている気がした。




