第三章:図書室にいた嘘つき 1
放課後の図書室には、独特の静けさがあった。
図書委員の足音と、ページをめくる小さな音。
その間に流れる空白のような沈黙を、僕――神野蓮は、少し居心地悪く感じながら歩いていた。
窓から差し込む夕日が、長い影を棚に落とす。
古い本の背表紙が、そこに記されたタイトルごと過去へと沈んでいくようだった。
「助手くん、こっち」
声がして振り向くと、例のごとく“名探偵”を自称する転校生――かすみが、書庫の奥から顔を覗かせていた。
彼女は白いカーディガンの袖をまくり上げながら、ひとつの机に広げられた貸出記録簿を指差した。
「見て。ここ、名前が二重線で消されてるの」
「……ほんとだ。しかもそのあとに、違う名前が書き直されてる」
「でも、筆跡が全然違うでしょ?」
「そりゃまあ……」
違和感は確かにあった。
誰かが、記録をごまかした――その可能性が濃厚だ。
「問題は、この“消された名前”よ。たぶん、本当の借主」
「じゃあ、間違ったのを訂正したんじゃなくて……誰かが“借りたことにされた”ってこと?」
「か、誰かが“借りたふりを隠した”のね」
どちらにしても、嘘がある。
それがただのミスなのか、意図的な改ざんなのか――そこに、かすみは強くこだわっていた。
「……ねえ、助手くん。図書室って、何を隠すのに一番向いてると思う?」
「え、本?」
「違う。“静けさ”よ」
冗談めかして笑ったかすみの声すら、紙に吸い込まれるように静かだった。
図書室という空間。
そこには、人の“気配”をかき消す力がある。
だからこそ――誰かの小さな嘘が、簡単に埋もれてしまうこともあるのだろう。
その日、図書委員のひとりが提出したのは、「返却された覚えのない本」のリストだった。
借りた記録がある。けれど本人に確認すると、そんな本は「借りていない」と言う。
しかもその記録のいくつかには、書き換えられた痕跡が残っていた。
「借りたのに、借りてないと言う人がいる。借りてないのに、名前が残っている人もいる。そして――」
「記録を書き換えた人がいる」
「嘘が、嘘を塗り潰してるのよ」
事件、と呼ぶには些細だ。
でも、かすみにとっては十分だった。
「さあ助手くん。調査開始よ。図書室の“嘘つき”を、見つけ出すの」




