第二章:七不思議・音楽室の幽霊 4
週が明け、音楽室の件は、表向きには「幽霊騒動の終息」として落ち着いた。
例の中等部の少年――**南條奏太**くんは、音楽の先生のはからいで、放課後の練習を“正式に”許可されることになったそうだ。もちろん、夜間の無断立ち入りは禁止されたままだが、それでも奏太くんは満足そうにしていた。
「これで堂々と、ピアノを弾けます」
そう笑って話す彼の顔からは、あの夜の怯えた影がすっかり消えていた。
九条――いや、かすみはというと、例によって「事件解決ノート」なるファイルに何やら記録をまとめていた。僕がそのページを覗き込もうとすると、彼女はさりげなくページを閉じる。
「助手くんには、まだ見せない」
「なんでだよ」
「大人になったら教えてあげるわ」
「お前何歳だよ……」
と、いつものようなやりとりを交わしながらも、僕の中では、あの事件のことが、妙に心に残っていた。
幽霊はいなかった。でも、ピアノの音には、たしかに“何か”が宿っていた。
それは、過去の記憶だったり、誰かへの思いだったり、あるいは――失われた時間への執着かもしれない。
七不思議。
僕たちはそのひとつを“解いた”わけだけれど、あの音が人の心に残した何かまでを否定してしまうのは、ちょっと違う気がした。
「ねえ、助手くん」
かすみが、少し真面目な声で僕を呼んだ。
「うん?」
「あなたは、思い出って、どこに残ると思う?」
唐突な問いだった。
「……心の中とか?」
「それもある。でも、人はときどき、“場所”に思い出を置いていくことがあるの。誰かといた教室とか、よく歩いた廊下とか。音楽室も、きっとそのひとつだったのよ」
彼女の横顔は、どこか遠くを見ていた。
「……九条、お前……」
呼びかけて、僕はふと口をつぐむ。
いま、このタイミングで“九条”と呼ぶのが、少しだけ引っかかった。
「……かすみ」
名前を呼ぶと、彼女がこちらを見て、少しだけ目を丸くする。
けれどすぐに、いたずらっぽく笑った。
「ようやく呼び方、変えたわね。合格」
「別に、お前が決めることじゃ……」
「助手くんがそう言うなら、ま、許してあげる」
なんだそれ、と呆れながらも――その呼び方が、すとんと胸の奥に馴染んでいくのを感じた。
彼女は立ち上がり、廊下の方に顔を向ける。
「あ、ちょうどいいわ。図書委員の子が困ってるみたいよ。あの子、先週も“借りた覚えのない本”が返却されて困ってるって……」
「それ、また事件扱いする気か?」
「当然でしょ?」
かすみは楽しげに笑いながら、図書室の方へと歩いていく。
こうして僕は、またしてもかすみに巻き込まれることになった。
幽霊の次は、嘘の記録――図書室の不思議な貸出記録。
日常の中に潜む小さな謎。それは、ただの偶然か、それとも誰かの仕掛けか。
まるでその答えが、かすみ自身に関わっているような、そんな予感すら抱きながら、僕は彼女のあとを追いかけた。




