第9話 お姉さんは強がりちゃん
「──っ!」
目を覚ますと、下着は汗で湿っていた。
瞼には、涙が透明な砂となってこびりついている。
碧斗はすぐに「自分は悪夢を見ていた」と気づく。
あの夢、東京に来てからは見てなかったのにな……。 どうして思い出したんだろ。
遠い昔の、楽しくて悲しい思い出。
あの頃は毎日呼んでいたあの子の名前。 時の流れと共に風化し、いつしか記憶から消えてしまっていた。
頭の中にモヤがかかっているが、急に起き上がり強制的に吹き飛ばす。 そして学校に向かう支度を始めた。
◆
学校から碧斗の自宅の間にある公園に、由佳里はいた。 雨上がり、濡れたブランコに腰を下ろしている。
頭には、木から雨の雫が一滴一滴垂れている。
話しかけるか迷った末、碧斗は「白石先輩、濡れてますよ」と言って由佳里の隣のブランコに腰を下ろす。
「あ……」
声をかけられるまで碧斗の存在に気づかなかったからか、頭に雨の雫が垂れていることに気づかなかったからか、驚いたような表情をしている。
すぐに以前会った時のような優しい笑を浮かべる。
「こんにちは。 碧斗くん」
「えと、こんにちは」
いきなり雰囲気が変わったため、碧斗はなんと返せばいいのか、戸惑ってしまう。
「白石先輩」
「な〜に〜?」
真面目な顔で名を呼ぶ碧斗に、由佳里はいつも通りの表情を浮かべる。
「俺、白石先輩のその表情嫌いです。 昔の俺にそっくりなんで」
「え……?」
いきなり「嫌い」と言われ、由佳里の表情は崩れる。
「白石先輩、なにか辛いことがあるなら話してください。 もちろん話したくないことは話さなくてもいいです。 でも話したら楽になることもきっとあるはずです」
「……」
由佳里は地面をジッと見つめて黙り込む。
「やっぱり今のな──」
「私の──」
碧斗が先程の言葉を取り消そうとしたのと同時に、由佳里は口を開く。
「──私の両親は私が中学に上がる時に離婚したの。 原因はお父さんが浮気をしたから」
「えっ!?」
想像よりも重い話だったため、碧斗は間抜けな声を出してしまう。
「私はお父さんのことを元々よく思っていなかったから、その事は別にどうでもいいの。 でもね、先月くらいから毎日家に知らない男の人がいるの……」
「それって……」
「うん。 碧斗くんの思っている通りだよ」
どうやら由佳里の家は相当訳アリのようだ。
「それでね──」
長かったので簡単にして伝えよう。
由佳里の家に来る知らない男は、毎日異なっているらしい。 由佳里の母親は若く、美しいため、たくさんの男が寄ってくるらしい。
それに嫌気がさした由佳里は、今朝母親と口喧嘩をしてしまい、家に帰りにくくなったという。
「俺が家までついていきましょうか?」
「いや、いいよ……!」
由佳里は両手を胸の前で振って遠慮をする。
「一人で帰っても心細いですよね? 『赤信号みんなで渡れば怖くない』って言いますからね。 それに家に帰れないなら俺の家に泊まってもいいですよ」
「と、泊まり!?」
いきなりものすごいことを口にする碧斗に、由佳里は「あわわ」と焦ったような表情を浮かべる。
その後、「なんもしませんよ?」と真面目に言われ、由佳里の表情はすぐにいつも通りに戻る。
◆
結局由佳里が引き、二人で由佳里宅に向かうこととなる。
その道中、「カッコつけなければよかった」と碧斗は後悔する。
女子の家なんて、昔遊んでいた《《あの子》》以来だ。 正直心臓がバクバクだが、必死にポーカーフェイスを貫く。
由佳里宅は高級マンションの一室で、部屋の前に着くと碧斗は少し引いた場所にいた。
「ただいま……」
鞄から鍵を取り出し、由佳里は部屋に入っていく。
中からは激しく罵倒するような声は聞こえてこない。
約十分後。 部屋から顔を真っ赤にした由佳里が顔を出す。
「どうだった?」
「お母さんが謝ってくれたの。 だから私も謝れたよ。 私、碧斗くんがいなかったら勇気を出せず、ここに帰ってくることも出来なかったよ。 会って間もないのに、ありがとね」
由佳里は今日初めて、作り笑いではない自然とでた笑みを見せる。
それを見て碧斗は安心したのか、「俺のようは済んだようなのだ帰りますねー」とだけ言い、マンションを去った。
小さくもう一度「ありがと」と言い、由佳里は先程まで碧斗の居た場所を見つめる。
「あおくん、ありがと」
最後に呟いたこの言葉は、碧斗の耳に届くことはなかった。
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