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第18話 清楚ちゃんはぶつかる

「ぐぉらァ!メイドォォォ……!!」


「申し訳ございません。申し訳ございませんっ。申し訳ございませんっっ──」


 ──ここは優愛の部屋の隠し通路と繋がる拷問部屋。

 メイドは体中を有刺鉄線で縛られ、天井から吊るされている。


「メイドぉ……。私、制服は洗わないでって言ったよね。聞いてなかったの?」


「申し訳ございません。忘れていました」


「そう。許さない」


 そう言うと、優愛は手に持った(むち)でメイドを強く叩く。


「──んっ……!んやっ!」


「?」


 めいいっぱい叩いているというのに、決して辛そうな声ではない。表情を見てみると、頬を朱色に染めており、目の端がとろんと垂れ下がっている。

 そして瞬時に優愛は気づく。メイドってドMだったんだ、と。


「ねぇメイド?」


「はい。なんでしょう、お嬢様」


 鞭打ちをやめるとメイドは少し寂しそうな表情を浮かべている。


「あまり女性に聞くのは良くないと思うのだけど仕方がないね。メイドって……、ドえ──」


「──お嬢様ッ!!」


 優愛が最後までいい切る前に、メイドの大きな声によってかき消されてしまう。どうやら本人はドMであることを認めたくないようだ。


「あらメイド。私の話を遮るなんて……、随分と偉くなったね。お仕置よ──はっ!」


 もう一度鞭打ちを始めようとしたその時。またしても優愛は気づいた。ここで鞭打ちをすると、メイドにとってはご褒美になってしまうということを。

 そしてスケバン生活で鍛えられた嫌がらせ能力が花開く。優愛は鞭がメイドに当たるスレスレで引くようにした。


「お、お嬢様!どうして罰を与えてくれないのですか?私はしてはいけないことをしてしまったのです。ですのでしっかりと罰を、罰を与えてください……!」


 見ているこちらまでも悲しくなるような表情。

 これでいいんだ。と優愛の胸がジーンと暖かくなるのを感じる。

 優愛はメイドに対し、ドMだなコイツ、と思っているが、その優愛はドSなのである。案外この二人は意気投合しているようだ。


「お仕置はおしまい。メイド、今すぐ碧斗さんと仲良くなるための作戦を考えるわよ」


 あれから何度も寸止めを繰り返し、存分に楽しんだ優愛はメイドに言う。

 その瞬間──鉄が砕けるような音とともに、メイドが地に足を着ける。その肌は有刺鉄線で縛られていたと言うのに、綺麗ですべすべもちもちだ。

 メイドは本気を出せば有刺鉄線などいとも簡単に引きちぎることが出来る。

 しかしあえて引きちぎらずに優愛のお仕置を食らっていたのは、メイドがドMだからなのか。はたまた主人への敬愛の証なのか。それは優愛ですら知りえないことなのだった。


 ◆


 登校後、廊下にて──。


「碧斗さん。おはようございます」


「おはよう。……体調はどうだ。大丈夫か?」


「大丈夫ですよ。保健室まで運んでくださった碧斗さんのお陰ですよ」


 そう言って優愛はにこっと笑う。もちろん可愛さを追求し、作られた笑顔だが。


「そ、そっか」


「「……」」


 いきなり可愛らしい笑顔を向けられ、碧斗は照れてしまう。

 しかし二人の間に沈黙が訪れてしまう。

 しまった、と思った優愛は制服の袖に密かに仕込まれている超小型スイッチを押す。


「──きゃっ!」


「ごめんなさい!」


 優愛の背後を走りながら通った女子生徒がぶつかり、奇跡的(?)に優愛は碧斗の胸の中に包まれる形となる。


(メイドはよくやったよ。帰ったら臨時ボーナスをあげないとね)


 そう。先程優愛とぶつかった女子生徒はメイドだったのだ。

 メイドの本名は鳴咲月(めいさつき)。優愛とは同い年であり、同じ学校に在学している。

 昼は花のJK(女子高生)、夜はドM(メイド)なのである。

 そして今ぶつかったのはわざとだ。

 碧斗は恋愛に鈍感であっても、一人の男子高校生だ。今を生きる女子高校生の体を触り、意識させるという作戦なのだ。


「ゆ、優愛っ!?」


 碧斗は顔を林檎のように真っ赤にして、当たりを見渡す。《《奇跡的に生徒が一人もいない》》。

 ほっと安堵の息を吐きたいところではあるが、今回はそれどころではない。

 なぜなら胸の中に上目遣いで顔を覗き込んでくる優愛がいるからだ。


「……優愛。て、照れるから離れてもらえるとありがたい」


「へ?」


 想像以上に効果があったからか、優愛は間抜けな声を出してしまう。そして思考がノイズまみれとなる。


 碧斗さんとの距離近っ!碧斗さん、いつ見てもかっこいい!碧斗さんの手が、私の体にっ……!

 私の体に……?私の体……。


 その瞬間、優愛の脳裏に由佳里や朝陽の魅力的なボディーラインが写る。

 それに比べて自分の体は何も無い。俯いてみると、簡単に爪先が見えてしまう。


 だんだん、自分の体なんか、と暗い気持ちになり顔を上げるのが怖くなる。


「す、すいません。私用事があるのを思い出しました……!」


 俯いたままそう言うと、優愛は廊下を足早に去っていった。


「まったく、なんだったんだ?」


 面倒くさそうに呟いているが、胸は早く顔が火照っているのがわかった。

 元カノの瑠花でさえ、頑張って手を握れたくらいだ。しかし優愛が倒れてきた時、支えるために抱きしめるように触れてしまった。


「これは意識してしまうだろ」


 恋愛感情としては、どうか分からない。

 だが今の碧斗の頭の中には優愛で埋め尽くされているのだった。

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