第17話 清楚ちゃんは徹夜する
二十畳ある優愛の部屋にて。
「お嬢様。如月恵奈が橘碧斗と接触しました」
「メイド?そんなこといつもの事よ。『どうせ学校で話していた』とかそんな話でしょ?せっかく現実を見ないようにしているのに、どうしてくれるの?」
「申し訳ございません」
優愛はため息混じりに言うと、メイドは床に頭をつけて謝罪する。
普通のお嬢様であればここは、大丈夫ですわ。顔を上げてください、とでも言うところだろう。
しかし現状はメイドの頭をグリグリと踏んでいる。──普通のお嬢様とはなんだ?
「し、しかし……。D級によると、あの二人がデートをしていたという情報が……」
「今なんて?」
メイドの頭から足を離し、優愛は鋭い眼差しで聞く。
「学校から一番近い書店にて──」
メイドは頭を床につけたまま話し始める。
「そう。わかったわ」
話を最後まで聞くと、優愛は今まで座っていたふかふかの高級チェアを立つ。そしてその勢いで金色に輝くカーテンの元まで行く。
「誰にだって過去は変えられないわ。だけどね、未来なら……。メイド、話があるわ──」
窓ガラスに写る優愛の口角は少し上がっていたのだった。
◆
「碧斗さん。おはようございます」
昨夜。メイドを踏みつけていた時とは似ても似つかない穏やかな微笑みを浮かべて優愛は言う。
「優愛か。おはよう」
(「優愛か」ってなに……!恵奈さんや白石先輩だったら良かったの!?──じれったいよぉ)
「碧斗さん。『ゴブ転』をご存知です?この頃アニメ版を観たのですが、物凄くハマってしまいまして……。碧斗さんも観てるならお話したいな、と思いまして」
「まじで!?優愛も『ゴブ転』を観てたのか!」
嬉しそうに目を見開く碧斗の前で、優愛は心の中でガッツポーズを決める。
(私の勝ちね!わざわざ徹夜して観てきた甲斐があったわ……!)
そう、昨夜優愛が考案した作戦。それは碧斗の趣味を利用し、話の内容を作り出すという作戦だ。メイドからの情報により、碧斗が『ゴブ転』をこよなく愛していることは知っている。
小学卒業を最後に、アニメを卒業した優愛はこのためだけにサブスクの会員となった。眠い目を擦りながらシーズンワン。全二十五話を二倍速で、五時間で観たのだ。
「最後にヒロインが生き返るシーン。最高だったよな」
「え?」
「だから!最後にヒロインが生き返るシーン。最高だったよな」
「……」
「優愛?」
優愛は立ったままフリーズする。それも無理もない。優愛が観たのは《《シーズンワン》》だ。しかし碧斗が話しているのは《《シーズンツー》》。
寝不足のせいで授業にも集中出来なかったくらいだ。それなのに全てが水の泡のように感じて、視界が揺れる。揺れて揺れて、ついには真っ暗になる。
◆
目を覚ますと、目の前に広がるのは粒々の穴が開いた白い天井。
いずれ佐倉グループを継ぐ者として鍛えぬかれた優愛は、目が覚めてすぐだと言うのに頭の中には一切のモヤがかかっていない。
しかし目は死んでいる。努力が無意味になったことを痛感しているのだ。
(天井の粒々の名前。なんだったっけ。あっ、トラバーチン模様だ……。よく見てみると意外と綺麗ね)
優愛は必死に現実から目を背ける。
その時だった。保健室のベッドを囲うように吊るされているカーテンが開かれたのは。
「優愛!大丈夫か……!?」
顔を真っ青にした碧斗が心配そうに聞く。
「大丈夫ですよ」
出来る限りの微笑みを見せる優愛に、碧斗は安堵の息を吐く。
優愛が倒れて約一時間。授業の終わりと同時に碧斗は保健室まで飛んできたのだ。
それから二人は少しだけ話し、授業が始まる数分前に碧斗は保健室をあとにした。
「佐倉さん。実はあなたが倒れてからここまで運んできてくれたのは橘くんなのよ。また会ったらお礼を言っておくといいわ」
カーテンの隙間から養護教諭が顔を出して言った。
その瞬間、胸が早くなる。熱でもあるかのように顔が熱くなる。
言われてみれば制服から微かに碧斗の匂いがしなくもなくもない。
この制服は一生洗わない、と頬を朱色に染めながら心に誓う優愛だった。
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