正妻の余裕、なんてあるわけねぇだろ!
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朝のHRが始まる前、ある程度のクラスメイトが自身の席近くまで集まっている中、
「あんたらさぁ、流石にそれはやりすぎじゃないか?」
私、空風星乃がそう声をかけた先には、
「すーくん、ふぁい、あーん♡」
「あーん」
仲睦まじく〇ッキーゲームに興じるバカップルの姿があった。
その席はバカップルの男側である草薙蘇芳の席であり、草薙自身は普通に席に座っている。
問題はバカップルの女側、瀧浪汐浬の格好である。草薙の膝の上に向き合う様にまたがっている瀧浪。校則で許されるギリギリのライン、いやそれをちょっと超えるくらいに短くされたスカートから伸びる脚は、草薙の胴部を捕まえるように回されている。それと同じように両腕も草薙の首に回されているので、二人の体は完全に密着している状態だ。明らかに学校でするような恰好ではないだろう。
私の苦言は届かなかったようで、瀧浪は自身の豊満な胸部に挟むように保持している細長い袋から口で器用に〇ッキーを取り出すと、引き続き草薙へと差し出した。草薙も若干恥ずかしそうにしながらも、瀧浪の体温により若干溶けた〇ッキーを受け入れ、両側からはむはむと食べ進めるバカップル。
流石に恥ずかしかったのか、草薙が途中で顔をそらしたことで〇ッキーは二人の中ほどで折れた。
「もう、すーくんは恥ずかしがり屋なんだから」
「いや、どう考えても教室でやるようなことではないだろ」
そんなことを言いながら自分側に残った〇ッキーを食べきる瀧浪に、思わずツッコミが止まらない。
「いいか?そういうのは節度を持ってやるから楽しいのであって、人に見せびらかすようなもんじゃないだろ?」
「えー、わたしは楽しいよ?すーくんも楽しいよね~?」
「あはは、ちょっと恥ずかしいけどね」
私の持つ常識とはかけ離れた倫理観を持つ瀧浪と、それを良しとする草薙。
こいつらは出会ってからずっとこうだった。
高校の入学式の後、自分のクラスに集められた時には既に瀧浪は草薙の膝の上にいた。
当然ながら担任から注意を受けてはいたのだが瀧浪は一切引かず、むしろ担任を言い含めてしまった。
それからというもの何かと理由をつけて常にべったりの二人。各教科担当の先生方も既に諦めモードで、この学校において二人を隔てる壁はもはや何一つないのだ。
明らかに無法状態のバカップルだが、それを許される理由がある。
ひたすらにスペックがいいのだ、こいつらは。
草薙と瀧浪はどちらも狙おうと思えば県内トップクラスの進学校に行けるほどの学力を持ち、どちらも陸上競技の強化指定選手という、文武両道という言葉すら生ぬるい程の超人っぷり。更には爽やか醤油顔イケメンの草薙とふわふわ系天然美少女である瀧浪と、天に二物も三物も与えられた完璧人間、それがこのバカップル共なのだ。
しかし、それでも一言言ってやらなければ気が済まない訳で、今日も今日とて無駄だとわかっている苦言を呈している訳である。
「ちょっとは慎みってもんを持つべきだと思うけどね、私は」
「でもでも、誰にも迷惑かけてないよ?ねぇ?」
「それはちょっと同意できないかも…」
「すーくん!?」
「だって汐浬、体育の時間も男に混ざって授業受けてるでしょ?その、みんな結構気を使ってるみたいで、ほら、目線とか」
「え、なんで?」
本気で理解できていない様で首を傾げる瀧浪。助けを求めるように草薙がこちらに目線を寄こしてくるが諦めろと首を振る。
この瀧浪汐浬という女、彼氏に向けられる好意には敏感なくせに、自身へとむけられるそれには全く気づかない、いわゆる鈍感属性の持ち主なのだった。
多少考える素振りを見せていた瀧浪だが、やっぱり理解できなかったようですっきりしない表情のまま口を開いた。
「でもね、わたしがこうしてないとすーくん大人気だから、とられちゃうよ」
「いやとられねーよ」
「とられるよっ!」
「とられねーよ!もうお前らがくっ付いてること学校中の人間が知ってるわ!」
こっちが納得しないとこれまた不満げに頬を膨らませる瀧浪。これだけアピールしておいて草薙にアプローチする女がまだいる訳がないだろうに。
そんなことを考えていると、膨れっ面のまま瀧浪が立ち上がる。
「じゃあいいよ、見せてあげる。その代わり今日一日すーくんのことお願いね、星乃ちゃん」
「は?」
「すーくん、寂しいかもしれないけど、今日は一人で授業受けてね?わたしも頑張るから」
「え、あぁ、うん」
草薙の下を離れて自分の席に座る瀧浪。初めて本来の席に座ったことで周囲の生徒は珍獣を見るような目で瀧浪を見ている。
「…まじか、言ってみるもんだな」
「ああ見えて汐浬は結構素直な子なんだよ。友達には自分のこと信じてほしいんじゃないかな」
「そんなもんかね?」
訳知り顔で瀧浪の方を見続ける草薙の表情は穏やかだった。
まぁ、何はともあれ今日は珍しいものが見れるらしい。楽しみにしておこう。
◇
一限目を告げるチャイムが鳴り、それと同時に先生が教室に入ってきた。先生は教卓に資料を置いて教室を見渡したところで急に動きを止めた。
信じられないものを見る目のまま十秒フリーズ。動き出したと思ったら眼鏡を拭いて二度見。更に十秒フリーズ。
いや、そんなに信じられないか。まぁ、入学から頑として草薙の膝の上から動かなかった女が自分から降りたのだから、瀧浪に苦労させられてきた先生にとっては一大事なのだろう。
「先生、わたしの顔に何かついてますか?」
「…あ、あぁ、いや、何でもない。日直、号令を」
瀧浪に話しかけられてようやく再起動した先生が日直に指示を出す。
その後の授業中もどこか気の抜けた雰囲気のまま進んだ。普段はそこまで騒がしくしないうちのクラスだが、あちこちからひそひそと話し声が聞こえてくるし、先生もそれに対して注意もせずに普段と違う位置にいる瀧浪に意識を割かれているようだった。
(まじか、そんな効果もあるのか)
思ってもいない現象に思わずほくそ笑む。もしかしたら今後の授業もこんな感じになるのだろうか。そうであれば今日一日は本当に楽しいことになりそうだ。
「(ねぇ)」
ふと、草薙の方ではない隣から呼びかけられた。
そちらを向けば何やらそわそわしているクラスメイトの女子がこちらに手を伸ばしている。指に四つ折りにされたノートの切れ端を摘まんだ状態でこちらに差し出されている。これを受け取れということだろうか。
ひとまず受け取ると、そっちに回してと言わんばかりに草薙の方を指さすクラスメイト女子。
「こらそこ!何をやっている!」
と、流石に派手に動きすぎたようで、クラスメイト女子は先生から注意を受け、板書されていた問題を解くために前へと呼び出されていった。
どうやら私が彼女から手紙を受け取ったところは見られなかったらしい。ほっと胸をなでおろす。
さて、手元に残った紙切れだがこのまま草薙に回すのも面白くない。折角だし少しのぞかせてもらおう、と四つ折りにされたそれを開いて中を覗く。
(あん?)
そこには『良かったら!』という添え書きと共に英数字の羅列が書かれている。恐らくSNSのIDだと思うのだが、わざわざ手渡しするようなものだろうか。
このクラスにはクラス専用のグループチャットがある。そこには当然草薙も隣のクラスメイト女子も参加していて、そこから自分で追加できるはずだ。それをわざわざ紙に書いて渡す意味があるように私には思えない。
クラスメイト女子の思惑を不思議に思いつつ、とりあえず要望通り草薙の机の上に紙切れを放る。
草薙が何か反応を見せる前に顎で『お前のだ』と示す。怪訝そうな表情で紙切れを開いた草薙は、苦笑したのちに机の上に戻した。
その後、その紙切れは二度と開かれることはなく、授業終わりに草薙によってゴミ箱へと捨てられていた。
◇
二限目開始前、何やら草薙がそわそわとしていた。
「草薙、どうかしたか?」
「空風さん、良かったら今日一日教科書を見せてくれないかな?」
「珍しいこともあったもんだな。初めてじゃないか?お前が忘れ物なんて」
普段(瀧浪が絡まなければ)まじめで忘れ物も全くしない優等生然とした草薙にしては珍しい失敗だなと軽くいじると、草薙は何とも複雑そうに苦笑した。
「いや、実は…」
「なんだよ」
「さっきちょっと席を離れて帰ってきたら教科書全部なくなってたんだ」
「は?」
どういうこと?いじめか?
「いや、そんなに深刻な話じゃなくて、代わりにこれが机の中に入ってた」
何とか喉元でせき止めた言葉はどうやらバレバレだったらしく、そういって草薙が差し出してきたのはさっき私の回した手紙に似た、どこにでもあるノートの切れ端が数枚。
一枚受け取って開くと、中には『ごめんなさい!お借りします!』と可愛らしい丸文字で書かれていた。
「なんだこれ?」
「あはは…、前にも似たようなことはあったんだけど、まさか全部持っていかれるとは思わなくて」
草薙曰く、中学の頃にもこうやって教科書が勝手に借りられていくことがあったらしい。もちろんその日のうちに戻ってくるので今まで特に問題にしていなかったとのことだが。
「お前、大物だな。こんなことあったらもう少しうろたえるだろ」
「そんなでもないよ。これでも結構びっくりはしてる」
「普通びっくり程度で済まねぇよ」
「汐浬と一緒にいるとこうはならないんだけどね」
「…あいつの影響力もいうておかしいな」
規格外が過ぎるぞ、このバカップル。
「まぁ教科書見せるくらいいいけどさ」
草薙の方に机を寄せて教科書をその中心に置く。
その瞬間、後頭部にとんでもない数の視線を感じて、教室内の気温が一気に下がった、ような気がした。
あまりの圧力に身震いをする。
「…大丈夫?」
「まぁ、何とか」
二限目以降、草薙に教科書を見せ続けたわけなのだが、頭部への視線から感じる圧が増すことはあれど減ることはなかった。
尚、私に突き刺さった視線のうち一つが瀧浪のものだったのは、言うまでもないだろう。
◇
三限目の体育は男女別なので、着替えた後に集合場所へと移動した、のだが。
「あー、瀧浪。初めてこっちに来てくれて先生嬉しいぞ」
「はい」
女子体育担当の先生は私たちの前でわなわなと震えている。
それは今までずっと男子の体育に混ざっていた瀧浪がこちらに来たのに感動したから、ではない。
「それで…、お前ら以外はどこ行ったんだよっ!!」
私と瀧浪以外の女子生徒が全員集合場所にいないことへと怒りから来た震えなのだった。
先生の叫びが空しく響く。それと対照的に男子が体育をしている方からは黄色い歓声が聞こえてくる。
「…あー、あっちにいるっぽいですね」
「あ~い~つ~ら~!授業を何だと思ってるんだっ!」
般若の如き相貌で走り去る先生。
残された私と瀧浪は顔を見合わせると、とりあえず準備運動をするのだった。
◇
その後も草薙の周囲では様々なことが起きた。
草薙が廊下を歩けば、目の前で女子が転んだり。
草薙が階段を上れば、上から女子が降ってきたり。
草薙が学食に行けば、周囲の席が女子で埋まったり。
事あるごとに女子絡みの事件が草薙を中心に発生しては、周囲の人間に猛烈な疲労感を残していった。
◇
そして放課後。
「はぁ、疲れた…」
なんだかんだ草薙の横について回った結果、その周囲で起きた珍事件に巻き込まれ続け、まさしく疲労困憊、満身創痍とはこのことだろう。
一日バカップルが離れるだけでまさかここまで波乱が起きるとは。
「瀧浪には悪いことをしたな、明日会ったら謝らないと」
軽くため息をついてさて帰るかと前校門へと足を運ぼうとしたところ、ふと気になる背中が目に入った。
「ん?草薙?」
今日の台風の目である草薙が一人で校舎裏へと向かうところだった。手には何やら手紙のようなものを持っているように見えたが、誰かから呼び出しを受けたのだろうか。
「…一応、様子を見に行くか」
今日一日で起きた事件のことを考えれば、このまま帰りたいところではあったが、瀧浪によろしくと言われてしまったし、私が生み出した火種と言えなくもないので無視するわけにもいかない。
ばれないように後をつけると、薄暗い校舎裏には既に草薙を呼び出したと思わしき生徒の姿があった。
お約束通り呼び出したのは女子、しかも三人。全員が三年生の男遊びが激しいと噂のギャルたち。
ギラギラと着飾った姿は同性の私でも気圧されるくらいにはインパクトがあった。
「えっと、それで話とは何でしょうか、先輩方」
そんなギャルたちからの呼び出しに、流石の草薙もうろたえている様子。
ギャルたちは草薙を取り囲むと壁に追いやるように距離を詰める。
「聞いたよ~、草薙ちゃ~ん。今フリーなんだろ?」
「それだったらさぁ~、お姉さんたちと遊ぼうぜぇ~?」
「一回で夢中にさせてやっからよ、一緒に気持ちよくなろうじゃん?」
「いや、その…」
絶対性別逆だろ、と思えるような下卑た言葉と共に草薙へと手を伸ばすギャルたち。
相手が女子なこともあり、草薙は手を出せずに後ろへと後ずさることしかできない。
そして、一人のギャルの手が草薙の服に触れようとした、その時、
「だめぇぇぇええええええ!!!!」
私の後ろからとてつもない大声が聞こえた。
振り向く間もなく草薙へと駆け寄っていく小柄な姿は、ギャルたちを押しのけて草薙へと抱き着いた。
そして、間髪入れず草薙の唇を奪う。
堪能するように唇を交わした後、走り寄ってきた女生徒、瀧浪はギャルたちの方に涙目のまま振り向いた。
「すーくんはわたしのだからっ!とっちゃだめっ!!」
それを見てギャルたちはぶつくさ言いながら去っていった。
「えぐっ、ずーぐんっ!ごべんねぇぇっ!ごんなごどになるだらずっどいっじょにいだのに~っ!」
「僕の方こそごめん!いつも迷惑かけてばっかりで!こんな僕に一緒にいてくれてありがとう!」
残された二人は一日離れていた反動だろうか、その場にへたり込み抱き合っている。
完全に二人だけの世界を作り上げてしまっているが、このまま放置するわけにもいかないだろう。
私は一歩近づいて、声をかけた。
「その、すまん…」
◇
「はい、すーくん。あーん♡」
「あーん」
次の日、いつも通り隣の席でイチャコラしているバカップル。
「にしても、このイチャコラに意味があるなんてな」
規格外ともいえるほどのパーフェクトイケメンである草薙蘇芳。それを一日フリーにするという事実を甘く見ていたようだ。女子の群がり具合の方が異常だった気もするが、まぁ意中の相手を前にした人間は目の前が見えなくなるなんてよくある話だろう。そうに違いない。
そう強引に納得しようとしていたところ、ふと瀧浪がこちらを向いた。
「そういえば、なんで星乃ちゃんはすーくんにメロメロにならなかったんだろ?」
首を傾げて不思議そうにしている瀧浪。
「そりゃそうだ。私、お前が好きなんだし」
「へ?」
呆けた声を出して固まった瀧浪。
そう、意中の相手を前にすれば目の前のことなんて見えなくなる。
だから私には草薙なんて眼中にないし、瀧浪は私の目線に気づかない。
固まったままの瀧浪の耳元に顔を寄せ、これまたあほみたいに口を開いている草薙に一瞥くれてやる。
このまま順調に交際なんてさせてやらない。
正々堂々真正面からぶつかって瀧浪の彼女の座を奪い取る。
それが私の恋愛だ。
「他人の正妻だろうが関係ないからな?絶対落としてやるから、覚悟しておけよ」
正妻の余裕、なんてあるわけねぇだろ!