今日のわたし
……ラノーシャ姉様。
実の弟であるマルクスは母と父にべったりでめったにわたしのことなんて呼ばないから、とても久しぶりに姉様という言葉を聞いた。
それに恋しいアイゼン殿下にそう呼ばれるのは、やっぱり少しくすぐったい。
いえ、でも今のわたしは「義姉」だものね。
アイゼン殿下を恋い慕う気持ちは、一旦置いておき、家族のように慈しむ。
「ふふ、アイゼン殿下はとても可愛らしいですね」
「可愛い?」
「はい」
アイゼン殿下は、顔を隠していた腕をのけ、わたしを見つめた。泣いたせいで赤くなったアイゼン殿下の瞼を、わたしら人差し指で、そっと拭った。
「男相手に可愛いとか……」
「だって、今のわたしは姉ですもの」
姉からしたら、弟は可愛いものだもの。マルクスは、あんまりわたしを慕ってくれないけど、可愛いとは思っている。
「……ならいっか」
納得したように頷いて、アイゼン殿下は目を閉じた。
「ねぇ、ラノーシャ姉様」
「はい、どうしましたか?」
「もっと……撫でて」
「もちろん」
——わたしは、アイゼン殿下が満足するまで、その頭を撫で続けた。
その後、両親たちがやってくるまでの間、2人で穏やかな時間を過ごした。
◇◇◇
——数日後。王城の一室で、アイゼン殿下と向かい合う。
「おはようございます! アイゼン殿下」
「……あ、うん。おはよ」
アイゼン殿下は、なぜか戸惑った顔をしている。
? どうしたんだろう?
「いかがなさいましたか、アイゼン殿下」
「いや、その髪……どうしたのかなって」
「あぁ、髪ですか! ご安心を。ちゃんと長いままですよ」
ほら、とかつらを脱いで、束ねていた髪を解く。
「……よかった」
「よかった、ですか?」
「うん。君の、茜色の髪は……その綺麗だと思っていたから。切るのは、勿体無いなって」
アイゼン殿下! 綺麗!? 綺麗っておっしゃいましたか!? すっごく嬉しい!
いますぐ叫びたい気持ちをおさえて、咳払いをする。
「ありがとうございます、アイゼン殿下」
落ち着いた声でお礼を言い、わたしがかつらを被ると、アイゼン殿下は不思議そうな顔をした。
「それで、そのかつらはどうしたの、ラノーシャ嬢」
「今日のわたしは、アイゼン殿下の親友です! ぜひ、ラノとお呼びください」