顔合わせの日、もしくは一目惚れをした日
リグノア公爵家の長女として生を受けた、わたし。けれど両親はわたしに無関心だった。すぐに生まれた跡継ぎである弟に夢中になったからだ。
だからか、わたしには感情というものが希薄だった。
面白い、楽しい、好き、愛しいなどという感情を理解はできる。でも、それを自分が抱くことはなかった。
――今日までは。
今日はわたしの婚約者になる、嫌われ者の第一王子アイゼン殿下との顔合わせの日だ。
王城の一室で、向かい合うわたしとアイゼン殿下。
あとは、お若い二人でごゆっくり……というよりは子供たちに興味がないお互いの両親はさっさと席を外している。
「……初めまして」
手短な挨拶でこちらを見つめてくる黒の瞳。せっかく、綺麗な瞳をしているのに、長い前髪で隠されていて勿体ないわ。
「綺麗……?」
思わず、心の声を口に出してしまった。
一般的に綺麗なもの、というものを理解はできる。でも、わたしの心のうちから「綺麗」と思えるものは、今までなかった。それなのに。
自分の未知の感覚に驚いて、固まってしまう。そんな私にアイゼン殿下は不思議そうな顔をした。……そんなお顔も、素敵だわ。……素敵? 誰が? アイゼン殿下が。
「ラノーシャ嬢?」
「は、はイ!」
声が裏返ってしまった。だって、初めてアイゼン殿下に名前を呼ばれたんだもの。
ああ、アイゼン殿下はそんな風に、わたしの名前を呼んで下さるのね! ……って、え? わたしは、名前を呼ばれたくらいで動揺するような人間じゃなかったはずなのに。
「……僕は君の婚約者だけど、僕のことは構わなくていいから」
「……え?」
構わなくていい?
「君は恋人でも愛人でも自由に作っていい、ってこと」
アイゼン殿下の言葉を頭の中で復唱する。
その瞬間、何か、がはじけた。
「僕は見ての通り、黒髪だから王位は継げな――」
ソファから立つと、向かい合わせに座っていたアイゼン殿下の前に跪く。
「……っ、なにを」
「愛人、恋人? そんなの――冗談じゃございません」
「!? ああ、婚約を解消したいってことなら……」
「婚約解消などするはずがありませんわ。……アイゼン殿下」
この距離だと、綺麗な瞳がさっきよりもよく見える。そのことに満足して、思わず笑みが浮かんだ。
「……なに?」
「わたし――アイゼン殿下に一目惚れをいたしました」
「………………………………は?」
いつもお読みくださり、誠にありがとうございます!
もしよろしければ、ブックマークや☆評価をいただけますと、今後の励みになります!!