直霊と禍津霊_002
『主』
思考に没頭していたその時だ。
頭に直接叩き付けられるような声が、白霊獣から発せられた。
『主、これ以上はお身体に障ります……』
「子細ない。このまま進め」
『しかし……』
「くどい! みことを連れ戻すことが最優先だ!」
『……御意』
白霊獣の気持ち。言いたいことは理解できる。
だがそれよりも優先すべきことはみことの安否だ。
苛立ちと急く感情が伝わったのだろう。
グンと更に速度を増した白霊獣の背中を優しく撫でる。
「すまない。今は耐えてくれ……」
謝罪の言葉を告げながら、手の甲に刻まれた徴を一瞥する。
ジワリジワリとした焼け付くような痛みと共に徴が変色していくのを今はただ見つめることしかできなかった。
『主、異様な力を感じます。恐らくは特級の輩かと……』
「この下にいる。みことも」
眼下を見下ろすと、深い澱みの海が渦を巻いていた。
そしてその禍津者の傍に、みことがいることも徴を通じて感じ取れていた。
「――行け」
躊躇うこともなく、臆することもなく。
冷たく命じたその直後、白霊獣は一本の槍のように降下した。すると、
「……!」
暴風のように荒れ狂う澱みの中に、社が鎮座しているのが見えた。
その全貌は中空から見ただけでも分かるほど……清らかな気など微塵もなく、ただただ冷たく腐敗した気が社全体を覆っていた。
「ククッ、ハハ……! 漸く来たか。随分と遅い来賓だ」
「……!」
白霊獣が社の入口に降り立った直後、耳障りな声が耳朶を打つ。
声がした方に視線を投げると其処には忌々しくも一人の男が立っていた。
「……っ、貴様は……冥神」
「俗物が。忌々しきその名を呼ぶな。吾が名を呼んで良いのは、吾が花嫁だけよ――のう、みこと」
その呼び掛けに応えるように、姿を現したその人物に一瞬呼吸が止まった。
白無垢に身を包んだ姿は、本来であれば麗しい筈だ。
だが、肌が露わになっている場所には〝赤不浄〟の紋様が痛々しくも刻みつけられ、言葉すらも発せられないのだと魂魄を通じて感じ取ることができた。
その様はまるで――そう、自分が願っていたこととは真逆の存在へと堕ちていた。
「貴様……、みことに符を与えたのか! 血の穢れを与え続ける〝赤不浄〟の呪符を……!」
「当然よ。吾が花嫁になり得る魂魄の持ち主は他におるまい。脆い〝メ〟などいらぬわ。これこそが呪いを振り撒くに相応しい存在――〝禍津霊〟だ」
「……みことは、そんなことを願いはしない筈だ。ましてや〝赤不浄〟の穢れに保つわけがない」
「ククッ、節穴の眼ほど愚かしいものはないな」
「なんだと……っ」
此方を見据える冥神の眼――それは侮蔑を孕んだ、心底愚者を見る目付きをしていた。




