幽冥の月に見初められし者_016
符と呼ばれる紙切れを受け取ると、目を瞑る。
すると嫌でも記憶の奥底から浮かび上がってきた。
私を蔑ろにしてきた人達の顔が、言葉が泡沫のように浮かんでは弾け、消えてゆく……。
「……お願い……」
符を握る手に力が籠もる。
他力本願と言われてしまえばそれまでだ。
でも、力もなにもない。
何も生み出せず、何の成果を上げられない。
結局のところ、他人を憎むことが私が自分自身を赦す一番の近道なのだろう。
(上辺だけの優しさなんて……無意味なのかもしれない)
そんなことを思っていても、何故だろう。
(冥一郎の顔が、屋敷の皆の顔がチラつくのは……どうして}
現世にいた人達よりもずっと優しかった人達。
幽世で初めて出逢った、優しい人の笑顔が黒い感情を塗り潰そうとしてくる。
「……っ」
「どうした?」
「なんでも、ないです……」
「憎い奴らの顔は浮かんできたか」
「はい……」
(本当に、いいの……?)
自分自身に問いかける。
取り返しの付かないコトにならないか。
初めて、自分で選び取る道は正しいのか。
そんな不安に身体が震え出す。
けれどそんな私を後押しするかのように、神狩尊は私の手に手を重ねると囁いた。
「ならば疾く」
「……は、い」
(もう、どうなってもいい……)
「私の憎しみを、形にして……」
目を開くと、両手で握った符に言葉を刻んだ。直後、
「あ……んっ、ぐ……!」
私の魂魄という名の魂そのものを引き裂くような痛みが、全身を貫いた。




