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幽冥の月に見初められし者_014

『そこまでして己を殺すとは、愚かしいものよ』

 神狩尊はそっと耳元で囁く。

『だが、よく吾が袂に来れくれた。それだけあの屋敷から逃げ出したかったのであろう』

「…………」

 そうだ。私は――私は、あの屋敷から逃げ出した。

 屋敷の役に立てていない事実に――その不安から逃げ出した。

 幸せを享受していたい。

 なのに屋敷の様子をただ見ているだけだと、役立たずな自分を再認識させられる。

 頭の奥底にこびり付いた記憶が、嫌な感情だけを掬い上げてしまう。

 そんなこと思いたくはない筈なのに、グルグルと感情が渦巻いてしまう。

『怨めしいのだろう』

「…はい」

『憎らしいのだろう』

「……はい」

 一つ一つ、私の中に蓄積された負の感情の欠片を、神狩尊は丁寧に掬い上げていく。

 言葉という形で、顕現させる。

『それでいい。自己を殺す必要など何一つない。その感情も、おまえの一部なのだから』

「でも、それじゃあ嫌われてしまう……そんな私を、見せられない」

『ククッ、嫌われるか。なら、今まで己を押し殺していた結果はどうだ? 何も変わっていないだろう。嫌われ、疎まれ、損な役回りばかりしてきていたのではないか?』

 神狩尊の言葉に、胸が痛む。

 何一つ、間違っていない。まるで私の記憶を読んでいるかのように、嫌な記憶すら掬い上げていく。

『泣け。喚け。叫べ。そのすべてを吾が受け止めてやろう。受け止めて――救い出してやろう』

 無理に正しくある必要などない、と神狩尊は囁く。

 自分の負の感情に正直であれ、と神狩尊は甘美な言葉を囁いてくる。

「本当……に?」

 すべてを曝け出しても嫌わないのだろうか。

 怨み辛みのすべてを言葉にだしても、構わないのだろうか。

『そうだ。そのために、吾が傍にいる。幽冥の月の花嫁よ』

 神狩尊の長い指が、目元を拭う。

 他者に嫌われる不安――そんな不安が一切ないなんて、なんて甘美な誘惑だろう。

 それなら――。

「私のすべてを、受け止めてください」

 神狩尊の手に、そっと私は手を重ねた。

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