幽冥の月に見初められし者_013
スルリと冷たい指が肌を滑り、座っていた椅子のような何かから糸ごと私を引き剥がす。
そしてそのまま――まるで赤子でも抱くかのような優しさで私をその腕の中へと収めた。
『幽冥の月に見初められた者の真の意味すら、彼奴等から教わっていないのであろう?』
『真の、意味……?』
『そうだ。――お前は本来、吾の花嫁になるべき女だ。負と死に染まった魂魄こそ、吾の傍に在るに相応しい……』
(負と死に染まった魂魄……)
その言葉に、胸の内がゾワリと粟立つ。
何故だろう。
改めて言葉にされて今初めて――私は、感情を押し殺していたことを自覚する。
怨み、辛み、嫉み、僻み――おおよそ負の感情に分類されるそれらすべてを、一度に知覚した。いや、違う。知覚させられたのだ。目の前の男、神狩尊の言葉によって……。
「……っ」
瞬間、胸が詰まる。
言葉にならない言葉に、息ができなくなった。
「……!」
気づけば、頬は濡れ大粒の涙が両目から溢れ出ていた。
(なんで、泣いてるの……?)
それは、神狩尊の言葉が事実だからだろう。
苦しかった……人と同じラインに立てないことが。
悲しかった……愛しい家族を亡くしたことが。
辛かった……人から疎まれることが。
寂しく、そして他人が妬ましかった。
そんな感情の波が押し寄せては、幸せだと自覚していた筈の偽りの感情を押し流していく。




