幽冥の月に見初められし者_012
胸が早鐘を打つ。
苦しいくらいの胸の痛みに身体が熱くなる。
なのに神狩尊は構わず首筋や肩口に沿うように舐るようベロリと舌を這わしてきた。慣れない感覚に背筋がゾクゾクとしながらも、抵抗できない以上、堪えるしかないと息を噛み殺した。
『やはり味が濃いな』
「あ、じ……? 私を、食べるの?」
『まさか。そんな勿体ないことなどするものか』
ニヤリと口の端を歪に歪めて嗤う。
『怨み、辛み、嫉み、僻み――お前の魂魄には負と死の味がじっとりと染み込んでいる』
とても美味だ、と神狩尊は囁く。
「そ、そんな……こと」
『ククッ、認めたくないか?』
「私は、誰のことも……」
『憎んでいない、と? ククッ、忘れているだけ――否、目を背けているだけだろうよ。でなければこれ程まで甘美な匂いを放つ魂魄にはなり得まい』
クイと顎を上げられ、無理やり視線が交わる。
冥一郎さんとは違う、冷たい光を宿した深紅の瞳が三日月のように細められた。
『幽冥の月に見初められ、死の轍の上を歩み、〝此処〟に来るべくして辿り着いたのだからな。よほど酷い目に遭って来たのであろう?』
「…………」
神狩尊の問いに、言葉が詰まる。
そんな私の様子にいっそう気を良くしてか、神狩尊は低く嗤う。




